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2009年9月11日 (金)

神経質礼賛 464.子を思ふ道にまどひぬるかな

 いつも通勤途中に通りかかるお寺の掲示板。たいてい1、2週間で新しい標語に変わるのだが、ここ1ヶ月以上同じままでどうしたのかな、と思っていたら、先週の土曜日の朝には新しくなっていた。「人の親の 心は闇に あらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな  藤原兼輔」という和歌が書かれている。

 藤原兼輔は堤中納言とも呼ばれた歌人で紫式部の曽祖父にあたる。この歌は後撰集に収録されている。大和物語では、醍醐天皇の後宮に更衣(女御よりも位が下)として入っていた娘(楓御息所)が帝の寵愛を失わないようにと願った歌とも伝えられている。

 いつの世でも子を思う親の心は同じである。子を思うあまり親バカになってしまうことがしばしばある。過保護・過干渉が良くないことは頭ではわかっていても子供のことが心配でついやってしまうのだ。そしてそれが子供をダメにすることもある。「親はあっても子は育つ」という逆説的な坂口安吾の言葉が思い浮かぶ。

 我が家でも、だらしない生活をしている息子に妻が小言がてら感情的に怒りをぶつける。息子もふてくされてますますヒネクレる。親心でいろいろと注意したくなるのはよくわかるが、幼児ではないので、本人が「これではいけない」と自分で変える気にならないことには始まらないし、怒りをぶつけるのは逆効果である。わかっているのに感情的に言われると面白くないからますます言うことを聞かなくなるのである。

 私が息子と同じくらいの時を思い返してみれば、学校の勉強をサボり、生活もだらしない時期があった。そして、ささいなことで親や教師に反発した。今になって、ずいぶん親に心配かけたものだ、と反省している。当時は音楽と電子回路にハマっていたが、もし今のようなゲーム機があったら、私もそれにハマっていたかもしれない。こんな親だから子供が不出来なのは当たり前のことである。注意するのは人に迷惑をかけそうな時だけにして、あとは時間がかかっても少しずつ成長するのを辛抱強く待つことにしている。私も神経質人間だから細かいことを言いたくなるがガマンである。

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