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2009年10月12日 (月)

神経質礼賛 474.座敷わらし

 先週の日曜日、座敷わらしが出るということで有名な岩手県内の老舗旅館が火事で全焼してしまった。宿の主人は死者が出なかったのは座敷わらしのおかげです、とコメントしていた。何とか再建して、また座敷わらしが戻ってきてくれたらと思う。

 座敷わらしは東北地方に伝わる話に出てくる童子で、夜中に現れていろいろといたずらをする。座敷わらしを見た人は幸せになるとか、座敷わらしのいる家は栄え去った家は没落するとか、大人には見えず子供にしか見えないとか言われていて、旧家ではその家の守護霊として祀られているそうである。かつて東北地方の農村では、たびたび飢饉に見舞われたこともあり、子供を「間引く」ことが行われた。そうした子供の霊をなぐさめようというところから、このような伝説ができたとも考えられている。

 非科学的で馬鹿馬鹿しいと切り捨ててしまえばそれまでだが、目に見えないところにも命が宿っていて、それを大切に扱おうというような謙虚な気持ちはあってもよいのではないだろうか。カネとスピードがすべての世の中になってしまった昨今、座敷わらしがいてもよい。いや、いてくれた方がよい。こころの中には遊びも必要である。機械の歯車だって全く「遊び」(隙間)がなければ動きにくくなるし、無理やり力を加えれば歯車が傷んで壊れやすくなる。自動車のハンドルだって全く「遊び」がなければ走行が不安定になって運転手は絶えず緊張するし乗っている人も車酔いしてしまう。人間も同じである。時には童心に帰って、形を変えながら流れ行く雲に見とれたり、トンボの後を追ったりしてもよい。特に真面目すぎる神経質人間の場合、こころにちょっと遊びが欲しい。

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