フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 475.殺人増加は経団連の責任? | トップページ | 神経質礼賛 477.アルコールと不眠 »

2009年10月16日 (金)

神経質礼賛 476.バリアフリーとバリアアリー

 1013日夜、テレビ東京で「逆転発想のススメ! 常識破りで成功した人たちを追いました」という番組があった。過疎地の巨大スーパー、現在よく売れている「消せるボールペン」などを取材したものでどれも面白かったが、その中で特に私の興味を引いたのが「坂階段あり・・・筋トレ&ギャンブル推奨老人施設」だった。この老人施設、以前は普通の老人施設と同様、バリアフリーで上げ膳据え膳、ごく普通のプログラムで運営していた。ところが、利用者の機能は衰える一方で要介護度はどんどん上がってしまう。そこで方針を180度転換して、利用者が単なる「お客様」ではなく自発的に動いてくれるような工夫をほどこした。その一つがバリアフリーならぬ「バリアアリー(有り)」だ。広いデイルームの中に家具が置かれて邪魔そうに見えるし、階段や坂で不自由そうに見えるが、実はこれが機能改善に役立つ。さらにあちこちに筋トレの器具がある。歩行が危ないということで車椅子とエレベーターに頼っていたのでは筋肉は衰え、萎縮していくばかりだ。また、食事の下膳なども利用者にやってもらう代わりにやってくれた人には施設内だけで有効な通貨を渡す。通貨を稼ぐためには施設内の「アルバイト」もある。この通貨はいろいろな遊びに使えるし、花札賭博で楽しむこともできる。利用者たちの意欲や自発性が高まり、要介護度も改善するという成果が出ているとのことである。

 精神科病院はどうだろうか。今ではどこの病院も建て替えてバリアフリーである。さらに転倒事故を減らすために、危険性のある人は車椅子で移動しエレベーターで他の階に行く。確かに事故は減っている反面、60代、70代の人たちの歩行能力の衰えが早いような気がする。「バリアアリー」もある程度必要なのではないかと思う。かつては食事の配膳・下膳や病室の清掃は患者さんたちが当番でやっていたが、「患者さんの使役にあたるので職員がやるように」という県・保健所の指導で、現在は職員が行っており、患者さんたちは「お客様」状態である。以前ならば積極的に当番をやるような人はやがて外勤作業に出て、身寄りがなくても会社の寮に入って退院していった。今は社会復帰施設やグループホームに退院していく人は多くても、寮やアパートでゴロゴロ寝て過ごすようになってしまうケースが増えている。森田療法で入院している患者さんたちの畑作業や室内清掃までもが保健所の指導でいつも問題にされる。「患者さんに労働させるのは人権上けしからん。対価を支払え」というわけだ(29話)。旅館のお客様状態は長期的に見ると、患者さんの生活能力をダメにしてしまうように思うのは私だけだろうか。

« 神経質礼賛 475.殺人増加は経団連の責任? | トップページ | 神経質礼賛 477.アルコールと不眠 »

コメント

先生こんにちは!お元気そうで嬉しいです。先生のおっしゃるとおりですよ。自分自身の身体能力・運動機能を軽視している人があまりにも多いのです。

私が運動量を増やして最も変化したことは何だと思いますか?体はもちろんですが、心の状態が本当に変わりました。説明するのは難しいのですが、前向きというか、良い意味での責任感というのか。「自分の力で生きている」という実感ですね。

自分の専門の研究と同時に、トレーニングについても学会で発表したいなあと(笑)日本の研究者の方々は、もっと身体を動かした方がいいと思います。

 相変わらずお元気に御活躍されているようですね。そちらはもう寒くなり始めたのではないでしょうか。

 心身ともに鍛えぬいた宇宙飛行士でさえ、1ヶ月も無重力状態で筋肉を使わないでいると、筋力がすっかり衰えてしまい、帰還した時には歩行困難になってしまいます。やはり、使っていなければダメということでしょう。楽で便利すぎる環境はかえって体によくないかと思います。

 おっしゃる通りで、体と心は密接に関連しています。森田正馬先生も早くからそこに着目されていたようです。体を動かし、行動しているうちに、充実感あふれる生活になってきます。その時には気分も安定した状態になっています。

 私の場合、体のトレーニングだけでなく、ボケ始めた頭のトレーニングも必要なようです(笑)。

>精神科病院はどうだろうか。今ではどこの病院も建て替えてバリアフリーである。かつては食事の配膳・下膳や病室の清掃は患者さんたちが当番でやっていたが、…患者さんたちは「お客様」状態である。…今は社会復帰施設やグループホームに退院していく人は多くても、寮やアパートでゴロゴロ寝て過ごすようになってしまうケースが増えている。

非常に示唆に富む指摘である。私立精神病院乱立期に建てられた建物は老朽化が激しく建て替えを進めており施設そのものはバリアフリーや人権に配慮した構造となっている。現在は治療に専念させる名目で、生活療法が意味をなしていない。確かに患者を労役に酷使して問題となった病院もあったが、患者にとって大切なのは日常性の獲得でありゴロ寝状態でいることは好ましいことではない。森田正馬の治療は、医療保険制度には馴染まない人間再教育に近いものだったと感じます。

春之介 様

 コメントいただきありがとうございます。

 496話「使わなければ錆びる」で書きましたように、ただ安楽にしているだけでは人間の能力は低下してしまいます。人権はもちろん大切ですが、その人の能力を最大限発揮できるようにする「人の性を尽くす」のが本当の医療ではないかと私は思っています。その点で、森田先生は卓越しているでしょう。森田先生が生きておいでなら、イマドキのお役人様方の「御指導」には激怒されると思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 475.殺人増加は経団連の責任? | トップページ | 神経質礼賛 477.アルコールと不眠 »

最近のトラックバック

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30