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2009年10月 9日 (金)

神経質礼賛 473.莫妄想(妄想することなかれ)

 昨日はここ数年来の大型の台風18号が上陸し、各地に被害をもたらした。ただ不幸中の幸いで、通過速度が速かったため、風雨の激しい時間は短く、規模の割には比較的被害は少なかったようだ。また、大型台風ということで油断せずに準備したことで被害を最小限に食い止められたということも言えるだろう。

 台風で連想されるのが元寇(文永の役1274年・弘安の役1281年)である。時の鎌倉幕府8代執権・北条時宗は強大な外敵と戦わなければならないことに思い悩んで禅僧の無学祖元に指導を仰いだところ、「莫妄想」、と言われたそうである。つまり、負けたらどうしよう、などと思い悩んでも仕方がない、やるべきことをやっていきなさい、ということなのだ。若い時宗はこの言葉で覚悟を決め、人事を尽くして天命を待つ、という心境になり、可能な限りの迎撃体制を敷いた。その結果、二回とも幸運にも台風で元軍の船団が壊滅的打撃を受けて、侵略を免れることができたということは御存知のことと思う。もし、時宗が不安におびえて悲観的な「妄想」にとらわれて行動が遅れたら、あるいは逆にイメージトレーニング風に「敵は大したことはない。簡単に勝てる」などと都合のよい楽観的な「妄想」に耽って準備が不足したら、どちらの場合も台風が来る前に大軍に上陸を許してしまい、日本が元の支配下になって歴史がすっかり変わっていたかも知れない。

 ここで言う「妄想」は病的で訂正不能な不合理な考えという精神医学用語の妄想とは異なる。不安や焦りなどをベースにした雑念とでもいえようか。「思想矛盾 事実唯真」という森田正馬先生の神経質に対する指導は、無学祖元の時宗に対する指導とよく似ている。われわれ神経質人間はああなったらどうしよう、こうなったら困る、などとありもしない先の心配をしがちである。それは「転ばぬ先の杖」として役立つことも少なくないのだが、不安に振り回され過ぎるとエネルギーを空費して疲れてしまうし、行動のタイミングを逃すこともある。不安や焦りはあっても、とりあえず行動していく、例えていえば自転車のペダルをこいで前に進んでいくことが大切である。こぐのをやめたら自転車は倒れてしまう。走っているうちに周りの景色も変わり、先も見えてくるものである。

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