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2010年1月30日 (土)

神経質礼賛 510.大原健士郎先生

 去る1月24日、私の恩師、大原健士郎先生が亡くなられた。享年79歳。膀胱がんの再発による多臓器不全だった。大原先生は森田正馬先生と同じ高知県の御出身。慈恵医大で森田先生の高弟・高良武久先生に師事し、自殺、うつ病、森田療法の研究で業績をあげ、浜松医大精神神経科教授になられた。神経症ばかりでなく精神科の入院治療全般に森田療法を応用され、「浜松方式」「ネオモリタセラピー」と呼ばれていた。研究・治療・教育ばかりでなく、数多くのエッセイを書かれ、NHKでTVドラマ化(1992915日放送「家族」)もされた。また、メンタルヘルス岡本記念財団の岡本常男さんとともに中国をはじめ世界中に森田療法を広める活動をされていた。

 私が研修医として入局した時には、もう60歳を過ぎておられた。医局員たちにとっては怖い「カミナリ親父」でもあった。月曜日朝の教授回診はいつも修羅場だった。患者さんを前にして、質問に答えられないと、カルテで頭を叩かれる医師もいた。「もうダメ。助けて」というメモを残して逃げ出した医師もいた。水曜日朝のケーススタディがもう一つのヤマ場だった。プレゼンテーションする研修医に次々と鋭い質問が繰り出される。往生していると、オーベン(指導医)の助手も「お前は見殺しにする気か」「何で助け舟を出さないんだ」と絞り上げられた。しかし、御自分が誤ったことを言ったのに気付かれた時には、相手が研修医であっても頭を下げて謝られた。学問には厳しかったが、大変な人情家でもあり、「おれたちは家族」の言葉通り医局員の健康や家庭の事情を心配して下さる先生だった。先生は教授室の椅子よりも医局のソファを好まれた。朝6時に医局に入ると、ソファでタバコを吸いながら新聞を読んでおられたり、万年筆で原稿を書いておられたり、時には仮眠をとられたりして、「おう、元気か」「子供さんはどうだね」などと気さくに声をかけて下さった。大原先生が定年退官されるまでの間、私は大学助手として、森田療法の実務を担当させていただいた。毎年発行される医局年報には教授以下医局員たちのエッセイが載せられる。ある時、「お前のエッセイ、無断借用したぞ」と笑いながら御著書を下さった。先生の名文の中に、確かに数行私が書いた下手な文があり、大変光栄に思った。定年退官される際、後任の教授は大原先生が推薦した助教授が上がれず、てんかんの専門家である福島県立医大の先生が新教授となった。大原先生にとっては断腸の思いだっただろう。よくある医学部の「掟」で、当時の助教授以下スタッフの大部分は大学を去って行き、森田療法も大原先生の築き上げたものとは別のものに変わっていった。しかしながら定年退官後もかつての医局員が院長をしている病院やクリニックで診療を続けられ、執筆・講演活動も続けられていた。私が最後にお会いしたのは一昨年の秋のこと、後輩が開業したクリニックで大原先生の講演会があった時だった。講演の始まる前に私を呼ばれ、10分ほど話されただろうか。白髪の増えた私に「相変わらず好青年してるなあ」と笑顔でおっしゃった。昨年秋には入院されて一時危篤との報が流れたが、その後は情報もなかったので回復されたものとばかり思っていた。

 一昨日、冷たい雨の降りしきる中、大原先生の葬儀が行われた。かつて医局員の大部分が集まる場は初夏の新入医局員歓迎会と忘年会だった。そしてその最後の〆はいつも「今日の日はさようなら」の歌と決まっていた。「お前が指揮しろ」と仰せつかったものだ。歌の最後のリフレイン「♪また会う日まで」が葬儀の場というのは何とも悲しい。会場の壁全面に関連病院からの生花スタンドが隙間なく並び、外の壁にもあふれていた。花を愛し、花言葉にまつわるエッセイを多数書かれた先生に似つかわしかった。先生と二人三脚で森田療法普及の旅をされた岡本常男さんもみえていた。途中で現在の浜松医大学長も現れた。ただ、参列者は全部で60名ほどだったろうか。大原先生の恩顧を受けても、現在の教授と関連がある人の姿はなかった。これも医学部の「掟」なのだろう。神式の葬儀が一通り終わり、最後のお別れでお棺に花を供えて拝んだ時には思わず涙があふれ出た。かつての医局員たちは大学教授や大病院の院長になったり大きなクリニックを開業したりしている。私は不出来な弟子で、この年になっても一介の勤務医に過ぎない。私にできることは、死ぬまで一人の臨床医としての職務を全うすることと、森田療法を少しでも多くの人に知ってもらうよう努めることだとあらためて思う。

 大原健士郎先生の御冥福を心からお祈り申し上げます。

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コメント

簡潔で読みやすいブログです.面白く読ませていただきました.ありがとうございました.私も大原健士郎先生の追悼文(最新精神医学)を書いています.偶然,先生のブログを見つけました.

鈴木康夫先生 御机下

 コメントいただきありがとうございます。
拙い文章をお読みいただき恐縮です。

 大原先生の葬儀の際、鈴木先生の御弔
辞には大変感銘を受けました。お話を伺
って大原先生も森田正馬先生と同様に最
期の最期まで生き尽くされたのだと思い
ました。

大原健士郎氏のお人柄を伺い知ることができ、また、先生のまっすぐなお気持ちに感動致しました。

尚、僭越ながら、「御机下」の使用法について一言申し上げますと、
「大先生に直接、もの申したり手紙を送りつけることが憚れる」という謙譲の気持ちからの「秘書・書記の方宛」という意味ですので、メールのお返事には不適であります。

コメントをいただきありがとうございま
す。

「秘書・書記の方宛」という意味の謙譲
は「御侍史」とばかり思い込んでおりま
した。御教示いただきありがとうござい
ました。

私は73歳になりまして、神経症の為今まで苦労しました、最後にはある大学病院に入院しましたが、そこで頂いた薬を調べますと、安定剤
2種でして、町のクリニックではうつ状態だと
抗うつざいでした。
今になって観れば、神経症だったののですね。
森田療法の本を読んだり、森田療法を行ってる
病院を探しましたが、健康保険は利かないと、生活発見の会にも入りましたが、話を聞いていますと、統合失調症の様な人がまじいていて危険な感じがしました。大原先生の件は本で知ってまして、鎌倉は近いので訪ねて行こうかと思いました。昔は今のようにPCもなく調査が
出来ませんでした。
今回初めて国立大学でただ一校森田療法を行っている事を知りました、今は娘の統合失調に苦しんでいます、薬物療法でだいぶ良くなりました
精神医学の専門書は難しいですね。

 コメントいただきありがとうございます。

 長年、神経症に御苦労なさってきたのですね。「症状」を排除しようとあくせくすることをやめた時、道は開けてくるものです。病院やクリニックに行くだけが森田療法ではありません。「症状」が苦しい時に踏みとどまって次に進んでいく。日常生活の一コマ一コマが森田療法になりうるものです。

 神経質の方は長生きします。ちょっとしたことで心配して医者にかかるので、他の性格の方に比べれば大病になることは少ないのです。これからは御趣味を楽しまれたり、他の人のためにボランティアをされたりしていくと、よりすばらしい毎日になっていくのではないでしょうか。御多幸をお祈りいたします。

初めまして。私は都内で脳外科の後期研修をしております中野と申します。
大原先生が亡くなられたことを先生のBlogを通じて本日知り、びっくりした次第にございます。実は医師を目指そうと思ったきっかけは、高校時代に拝読した大原先生の「あるがままに生きる」という本を読んでからでした。私自身も中学生のころ、強迫観念に悩まされたことがあり、特に森田療法については本をむさぶり読んだ思いがございます。精神科医をあこがれて医学部に入った自分ですが、いろんな縁があって、今の道に決めました。しかし、「脳」に興味のあることに関しては昔から変わっていません。
先生のお書きになったブログを拝読し、先生の大原先生に対する思いがすごくよく伝わってきました。
大原先生のご冥福をお祈り申し上げます。
先生もお体十分ご自愛ください。
どうもありがとうございました。

中野先生

 コメントいただきありがとうございます。

 大原健士郎先生は亡くなられましたが、多くの御著書はこれからも生き続けて、多くの悩める方々の道しるべになってくれるものと思います。

 森田正馬先生のお弟子さんの医師たちにも強迫観念や対人恐怖に悩まれた方が多数おられました。鈴木知準先生(372話)が学生時代に森田先生のところに入院した話は有名です。心療内科の大家として有名な池見酉次郎先生のように赤面恐怖のため森田療法を受けた人もいます。「大疑ありて大悟あり」(558話)の言葉の通りで、悩み抜いた末に得られるものは大きいのです。

 脳神経外科の先生方は10時間や20時間にもおよぶ長時間の手術をこなされ、その集中力・精神力には敬服します。中野先生も御多忙の日々とは思いますが、神経質を生かされて、時には休符を入れられて、ますます御活躍されることをお祈り申し上げます。

えー亡くなられたんですか?
私は入院森田療法でお世話になりました。
神経症は完治しました。

うみ 様

 コメントいただきありがとうございます。私もお会いしているかもしれませんね。

 「完治した」と言い切れるということは本物だと思います。もし、周囲に神経症で悩んでいる人を見かけましたらぜひアドバイスをお願いします。

 

こんばんは。こちらこそご丁寧にコメント返しありがとうございました。確かに本物だと思います。自分でそう思います。周辺には神経症の人はいないですね。ネットには沢山いますけど^^;

出来る事は治った事を経験として話すくらいですかね。あとは森田の本を読んだり、入院療法を本人がやる方が早いとそんな風に思います

うみ 様

 コメントいただきありがとうございます。

 人知れず神経症の症状に悩んでいる人は決して少なくないはずです。今では精神科クリニックが増えましたが、神経症の人が受診すれば即・薬物療法になってしまう場合が多く、症状は良くなったけれども、今度は薬から脱却するのに苦労することになってしまうのが現状です。
 これからも、ぜひ、治った御経験を周囲の方に発信して下さいね。

偶然この記事を見ました。思わず手に取った次第です。まずは大原先生がお亡くなりになられたことに驚きとともに大変悲しく思いました。私は かつて先生に大変お世話になったものです。浜松医科大で入院療法を受け,
当時あった退院前の茶話会もさせて頂きました。私は大原先生が退官される3月に茶話会をさせて頂きました。「最後の茶話会だよ」と先生に声をかけて頂いたことを思いだします。その時に南条先生からもお言葉を頂いたことも昨日のことのように覚えております。先生方には 感謝の念でいっぱいです。今は私は就職をし、家庭をもち,幸せな日々を送っています。私は先生方に救っていただきました。先生方は日々の業務で大変お忙しいかとは思いますが,どうか今後も患者さんを救って頂きたいと思っております。南条先生のお名前を久しぶりに見て、大変うれしく思いました。遠く九州の地から先生のますますのご活躍を祈念いたします。当時は本当にお世話になりました。ありがとうございました。大原先生のご冥福をお祈り申し上げます。

hiro様

 コメントいただきありがとうございます。

 森田療法のすばらしいところは、年月が経ってからより理解が深まる点かと思っています。何かで行き詰った時にもかつて体験されたことを思い起こしていただけると役に立つ部分もあろうと思います。
 hiro様そして御家族の皆様方の御多幸を祈念いたします。

 小生、大原先生の不肖の弟子ですが、私なりのやり方で少しでも多くの方々に森田療法のよさを伝えていく所存です。

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