私は新聞小説を読むことはあまりない。小説を読むとしたら1日か2日で読み切らないと気が済まないので連載小説はじれったくていけない。しかも新聞小説だと当直勤務で1日あるいは2日続けて読めない日があるので、ますます読む気がしないのである。しかし昨年毎日新聞に連載された林真理子作の「下流の宴」は最初イラストの面白さに興味を引かれてちょっと読み始めたら止まらなくなった。抜けがあるのを嫌う神経質人間ゆえ、当直から帰るとすぐに前日や前々日の朝刊を引っ張り出してこの小説を読んでいた。昨年末で連載は終了し、最近単行本になっている。
小説の中心は福原家の人々に関する話題である。おばあちゃんは医師をしていた夫が早くに亡くなってから女性下着の販売で稼いで娘たちを女手一つで育て上げ、自分の家まで建てた。同居する娘の子供は医学部をめざしている。もう一人の娘・由美子は国立大学を卒業して結婚し、典型的な中流家庭の平凡な主婦。夫は早稲田の理工学部を出ているがウダツが上がらない(ドキ!)サラリーマン。子供が二人いて、娘・可奈は上昇志向が強く、大学を出ると婚活に精を出してIT関連で「ヒルズ族」のような京大卒の夫と「できちゃった婚」をするも夫はうつ病にかかり不本意にも田舎の夫の母親と同居することになる。イケメン息子・翔は高校中退のフリーター20歳。ネットゲームで知り合った沖縄出身の100円ショップ店員の珠緒(珠ちゃん)22歳と同棲している。結婚を認めてもらおうと福原家を訪ねた珠ちゃんは「ウチはおたくとは家柄が違う」と言われる。珠ちゃんは「医者ってそんなにエライんですか。そんなら私が医者になります!」とタンカを切る。結婚を認めてもらうために奮闘して2年後にはついに宮崎大学医学部に合格する。試験や面接の描写には読んでいる方までドキドキハラハラさせられ、思わず珠ちゃんを応援してしまう。気がつけば珠ちゃんは立派な女性に成長している。それに触発されて翔は奮起するかというと・・・すっかりいじけてしまって別れ話を切り出す。福原家には可奈が息子を連れて出戻って来るが、その孫に向かってあなただけがバアバの夢、と由美子が語りかけるところで話は終わっている。由美子にとっては子供たちが人様に恥ずかしくないようにと育ててきたつもりだったのに気がつけば「下流」になっていたというのが哀しい。今話題の「格差社会」をネタにして、個性的なキャラクターたちに「タブー」に近いホンネを語らせるところがこの小説の魅力かもしれない。
資産・社会的地位・学歴といった尺度で勝ち組・負け組ということがよく言われる。この小説の上流・下流というのも同じことなのだろう。少し前の時代、自分は中流だと考える人が圧倒的に多かったが、長引く不況や終身雇用制の崩壊といった社会状況を背景に、現在では「中の下」と考える人が増えているようだ。しかし、上流だから幸福で下流なら不幸か。必ずしもそうではない。この小説の中でも、沖縄で酒場を切り盛りしている珠ちゃんの母親は実に生き生きしている。少なくとも福原家の母親よりもはるかに幸せそうである。
個人レベルだけでなく国レベルで考えても同じことが言えるのではないだろうか。GDP2位のわが国は近いうちに中国に抜かれること確実である。しかし、悲観することはない。GDPは20位でも30位でもいいのではないか。世界一住みやすい都市はニューヨークでもなければ東京でも北京でもない。オーストリアの首都ウイーンだという。誰もが芸術性の高い文化を享受でき、老若男女とも安心して暮らせる街なのだそうだ。ちなみにオーストリアのGDPは世界第25位である。福祉国家として知られるスウェーデン、ノルウエー、フィンランドといった北欧諸国もGDPは20位台・30位台にランクされている。大切なのはGDPがどのように生かされているかという質の問題であろう。短絡的にカネやモノを増やすことよりも、食料自給率を高め、世界でオンリーワンの技術開発力を持ち、犯罪の少ない安心して暮らせる国になってほしいと思うのは私だけだろうか。
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