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2010年4月30日 (金)

神経質礼賛 540.一波を以て一波を消さんと欲す 千波萬波交々(こもごも)起る

 森田正馬先生のところに、ある時26歳の小学校教師から手紙が届いた。森田先生の本を読んで数年来の不眠症は治ったが、様々の疑問に悩んでいるという。森田先生は次のように返事された。

 「自分は何故に生存するか、如何に生きれば人生を最もよく完ふする事が出来るか」といふ事は、古今の詩人哲学者の考へ悩んだ事であり、小生も少年時から長い半生を苦しんだ事です。しかしそれは「自分は」といふ主観のみに閉ぢこもる時に、全く論理のたゝぬ矛盾に墜るといふ事に氣がつかない。之は実は不可能の努力であるといふ事は、自分の心で自分の心を見やうとする事で、自分の眼で自分の眼を見やうとすると同様です。

 禅では之を「一波を以て一波を消さんと欲す。千波萬波交々(こもごも)起る」といつて心の葛藤の益々激しくなる事にたとへてあります。 (白揚社 森田正馬全集第4巻 p.582

 一つの波をもって一つの波を消そうとすれば、かえってたくさんのさざ波が生じて収拾がつかなくなる。心に起る雑念を消そうとはからえばはからうほど、ますます雑念が次々と浮かんでくる。神経症の場合、症状を消そうとすればするほど、次々と新たな症状が生じてどうにもならなくなってしまう。症状を消そうとするモグラ叩きはやめて、症状は相手にせずにその時々でやるべきことに取り組んでいけば、いつのまにか症状は消退していくものである。

2010年4月26日 (月)

神経質礼賛 539.瑣

 全く読みがわからない漢字が出てきた。著名な精神病理学者、中井久夫先生の著書「臨床琑談」の「琑」の字である。地名や慣用読みは難しいとしても、漢字一字そのものの読みが全くわからないというのは、この年齢になって非常に恥ずかしいことである。神経質人間としては、帰宅して真っ先に漢和辞典を引いてみる。部首と画数から読みは「さ」であることがわかる。そうか、「へん」に気をとられていたが、鎖国とか閉鎖の「鎖」の字と「つくり」が同じであるから読みは連想できそうである。それに気付かなかったのは相当ボケている。

 「琑」の意味はこまごました、ささいな、つまらない、といったことだそうである。琑末、煩瑣という言葉もある。中井先生は謙遜して臨床琑談という題名にされたのだろう。当ブログはまさに琑ブログといったところである。

 中国の人たちが日本を侮蔑する際に使う言葉が「小日本」である。いつも野球やサッカーの国際試合で日本人が罵声を浴びせられている。小日本でも琑日本でもいい。「大」日本帝国などと自己顕示的に名乗るよりはましである。自分が世界の中心だと言わんばかりに「大」などの名称を冠するものにロクなものはない。どれも名前負けしている。それよりも、へりくだって質で勝負すればよいのだ。人間も同じこと。大風呂敷をひろげてハッタリで目立つような人は羽振りがよくてもいつか馬脚をあらわすことになる。小心(琑心?)な神経質のままでよい。

2010年4月23日 (金)

神経質礼賛 538.ストレスコーピング

 一昨日、久しぶりにTVで「たけしの家庭の医学」を見た。以前は「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」という刺激的な題名だったのが「みんなの家庭の医学」と穏やかな題名に変わっていた。今回はうつ病とストレスコーピングに関するもので、東海大学の保坂隆教授が出演し、作家の荻野アンナさんがうつ病になった過程を検証していた。荻野さんは真面目で責任感が強い性格であり、両親の介護や恋人の死といった重大なストレスにさらされてうつ病になった。薬物療法を受けるとともに、ストレスへの対処法を変えて、回復されているという。具体的には介護の中に楽しみを見つけるとか、趣味の時間を作るとか、一日の終わりには少しお酒を飲んで気分転換しているとのことである。いつも問題を正面突破しようとするのでは(古典的)うつ病になりやすいので、時には気晴らししたり、問題を先送りしたり、回避したり、といった複数の対処法を組み合わせることも必要だとしている。例によってゲストたちの検査をしてうつ病になりやすいかどうかを判定していた。また、悲観的な言葉に対する脳血流の変化についての研究例や、うつ病に対する認知行動療法の治療例を示していた。

 ストレスコーピングという言葉は精神科医の間ではあまり使われず、むしろ看護研究などでおなじみの言葉かと思う。精神医学分野で定評のある弘文堂の新版精神医学事典でも「ストレス」の項目の中で「〔ストレッサーとなるできごとに〕対処(コーピングcoping)するのには個人により様式(コーピングスタイル coping style)が異なっている」という一文が記載されているだけである。今回の検査ではコーピングスタイルを積極行動型、気晴らし型、否認型、回避型の4つに分けていたが、実際にはストレス理論によっていろいろな分類がありうる。例えば、市販されている心理検査SCI(Lazarus Type Stress Coping Inventory)はラザルスのストレス対処理論に基づいたもので、対処型を1計画型、2対決型、3社会的支援模索型、4責任受容型、5自己コントロール型、6逃避型、7隔離型、8肯定評価型の8つに分類し、さらに2種類のストラテジー(戦略)・・・問題解決型の認知的ストラテジーか情動中心型の情動的ストラテジーかの志向評価を行うものである。この種のものは健康保険治療で行われる心理検査の中にはない。精神科で行われている健康保険適応の心理検査でコーピングスタイルが分かるのは、P-Fスタディ(絵画欲求不満テスト)であろうか。例えば、通りがかりの自動車が水をはねて自分の服が濡れてしまうといったストレス場面でどのように反応するかをみる検査だ。

 今回の4類型のコーピングスタイルで考えるとしたら、神経症はおそらく積極行動型が乏しい状態ということになるだろう。そして、対人恐怖では回避型、不安神経症や普通神経質では否認型、確認や強迫行為を伴う強迫神経症では気晴らし型が優位になっているだろうと推測される。森田療法的アプローチで不安はありながらも行動していく習慣になってくれば積極行動型が伸びて、バランスよくストレスに対応できるようになってくるものと思われる。

2010年4月19日 (月)

神経質礼賛 537.火山噴火の影響

 先週からアイスランドの火山噴火で火山灰がヨーロッパ全体の上空に広がり、飛行機の運航がストップして大変なことになっている。日本国内の空港でもヨーロッパ便の運休のために足止めされた人たちがあふれている。一部で運行再開の動きもあるが、まだまだ混乱は続きそうだ。

 噴火のため上空に吹き上げられた火山灰は気流に乗ってロシアにも広がりつつある。長期化すれば、単に飛行機の運航の障害に留まらず、日照不足による農作物の被害や気温の低下による生活への様々な影響も考えられる。場合によっては日本を含む北半球で緯度の高い地方全体に影響が及ぶことも神経質人間としては心配である。

 今までは二酸化炭素濃度上昇による地球温暖化が大きな問題となっていた。温暖化で北極の氷が融けて海水面が上昇して多くの島々や海抜0m地帯が水没することが懸念されていた。ところがここ数年、地球は小氷期に向かっているとする異説も出てきている。太陽黒点の減少が続いていてその時期は放出される太陽エネルギーが減少するので地球は寒冷化するという説、あるいは別のメカニズムで寒冷化するという説もある。それが本当かどうかわからないけれども、今回のように大規模な火山噴火が仮に年単位で続いて上空を火山灰が覆ってしまうとすれば地球規模の寒冷化が現実のものとなってくる。だからといって私たちに直接できることはほとんどないわけだが、同じ寒冷化でも核戦争という愚行による「核の冬」だけは何としても避けなければならない。

2010年4月16日 (金)

神経質礼賛 536.牛丼

 いつものスーパーで国産牛肉のパックに牛丼のたれがオマケで付いたものを見かけて、つい買ってしまった。牛丼を作るのは学生時代以来になる。私の学生時代の初めは以前書いたように、W大近くの三畳一間の生活。普段は自炊で外食と言えばもっぱら大学の生協食堂。牛丼屋に入ることは少なかった。30年数年前の吉野家牛丼は並300円か350円。後から登場した養老の瀧牛丼もそのくらいだったような気がする。中央線沿線にあったマイナーな牛友チェーン牛丼は中盛280円でサラダ付だった。それから物価はずいぶん上がっているのに、牛丼の値段は現在と大差ないのは不思議である。私が当時作っていた牛丼はスーパーで安い輸入牛肉を買って、タマネギと一緒に煮込むだけの簡単料理である。味付けは醤油と味醂だけだった。それでも牛肉を食べたという「シアワセ感」があった。最近、牛肉に多く含まれるアラキドン酸にアンチエイジング効果があるとか、アラキドン酸がシアワセ感の素だとかいう説もあってアラキドン酸のサプリメントがもてはやされているけれど、ちょっと高級なおいしいものを食べる心理的な効果が大きいのではないか、と神経質人間としては例によって疑ってかかる。

今回買ったパックに付いていた「牛丼のたれ」の説明を読むと、フライパンで牛肉とタマネギを炒めてから水を加えて煮て「たれ」を加えてさらに煮込むという手順だ。私は簡単のために最初から鍋で赤ワインを加えて牛肉とタマネギを煮込んでアクを取ってから「たれ」を加えた。かなり甘めの「たれ」だが、子供には好評だった。牛丼の場合、少々甘めでも逆に醤油味が強くてもそれなりに楽しめる。素材の牛肉の味が決め手だと思う。

 近頃のニュースでは牛丼戦争再発とのことで、期間限定とは言え、300円を切る価格帯での値下げ競争になっている。高い家賃や人件費を払って採算が取れるのだろうかと他人事ながら心配になってしまう。デフレ時代で価格を下げざるを得ないという事情があるのだろうけれど、ちょっと値は張っても、高品質牛肉や手作り醤油を使った牛丼だとか、低コレステロールのヘルシー牛丼だとか品質で勝負する、という商売は成り立つはずだ。一味違ったこだわりの神経質牛丼(?)があってもよいのではないか、と思う。

2010年4月14日 (水)

神経質礼賛 535.溶ける輪ゴム・溶かす消しカス

 日常生活でいろいろな物を束ねるのに輪ゴムは便利である。はずした輪ゴムはまた使うだろうと思って何気なく机の引き出しに入れておく。古い輪ゴムがボロボロになって切れてしまう経験はどなたもあると思うが、厄介なのは溶けて他の物・・例えばクリップ・・にへばりついたり引き出しを仕切るプラスチックトレイにへばりついたりしてしまうことである。これはゴムが経年変化で劣化するためである。完全に未使用状態ならば劣化は少ないらしいが、繰り返し伸ばしたものでは劣化が早い。物を大切にするのは良いことであっても、輪ゴムを貯め込むのは考え物のようだ。そうはいっても神経質人間としては捨ててしまうのも忍びないので、チャック付のビニール袋に入れて保管することにした。いくらかでも劣化を遅らせるのと、溶けてしまっても他の物品に被害が出ないようにするためである。成果が出るかどうかは何年か経ってみないとわからない。まあ気長にやってみるとしよう。

 輪ゴムの場合、溶けてへばりついていても他の物の素材を溶かしてしまうわけではないので何とか剥がせることが多い。もっと厄介なのはプラスチック消しゴムのカスである。これは他のプラスチック製品を溶かしてしまうので困ったことになる。消しゴムに含まれる可塑剤の作用によるもので、防ぎようがないらしい。プラスチック消しゴムの紙ケースを剥がして裸の状態で他のプラスチック製品と接触させておくと被害が大きくなる。プラスチック消しゴムの紙ケースは剥さないで使い、消しカスは丹念に捨てるといった対策が必要である。

2010年4月12日 (月)

神経質礼賛 534.授業中の居眠り

桜前線も北上し、私が住んでいる地方では葉桜になりつつある。暖かくなると体の緊張も緩んで、ついウトウトしやすくなる。

4月8日付の読売新聞朝刊1面に「授業中 居眠り 日本ワースト」という見出しの記事があった。文部科学省所管の教育研究機関が日・米・中・韓4国の高校生の授業態度を調査したもので、授業中に「居眠りをする」という項目は日45.1%、米20.8%、中4.7%、韓32.3%と日本がトップなのだそうだ。「近くの人としゃべる」は日37.7%、米64.2%、中10.4%、韓23.7%、「食べたり飲んだりする」は日6.1%、米46.9%、中1.8%、韓4.4%、「積極的に発言する」は日14.3%、米51.0%、中46.2%、韓16.3%である。授業態度が悪くて先生の話はあまり聞かなくても積極的に自己主張はするというアメリカ人の特徴がよく出ている。中国の高校生の授業態度がかつての日本のように真面目でしかもアメリカ並みに積極的に発言するのは、もしかすると中国経済急成長の一因なのかもしれない。韓国は日本と中国の中間といったところだろうか。平日に宿題以外「全く勉強しない」は日34.3%、米24.3%、中6.8%、韓17.5%と日本が最も高いのは困ったことである。高校生ならば授業や宿題はつまらなくても自分が興味を持った分野の本を読んで勉強したり、図書館で調べたりするということがあってもよさそうに思うのだが。

同じ日の毎日新聞でもこの調査の記事が27ページ目の社会面に載っていたが、見出しは「日本の高校生 教科書好き」「体験・発言は苦手です」になっていて、日本の高校生は教科書の内容を教え覚えさせる授業を好み、勉強への意欲が極めて少ない、という結論となっている。両新聞の記事を比較してみると面白い。読売はセンセーショナルに面白く書くのが得意なようだ。

 私の高校時代を思い返せば、興味がない科目や単調な授業では居眠りしたものだ。黒板に書かれたものをノートに取っていても、頭がカクンと落ちて気がつけば、ノートにシャープペンの長い軌跡が残っていた。特に午後一番の倫理社会の授業中はよく眠った。「アリストテレスは・・・」などと教科書を読むような講義では75分間の授業時間中一睡もするなという方がムリである。授業中のおしゃべりや飲食のような神経質の足りない行為に比べたら、居眠りは罪が軽いだろうとは思う。

2010年4月 9日 (金)

神経質礼賛 533.タダほど高いものはない

 一昨日、病院で夕食を食べながらNHKのテレビ番組を見ていたら、無料ビジネスの話で、焼酎がタダの居酒屋の例が紹介されていた。この店ではつまみを一人2品注文すれば焼酎はいくら飲んでも無料である。カウンターの上には自社ブランドの3種類の焼酎のカメが並び、そこから柄杓ですくってグラスに注いでいるのが映ったが、当直中の私にとっては目の毒である。店のオーナーによれば、チラシなどの広告宣伝費をカットすれば焼酎無料分は元が取れ、クチコミでお客が増えるということだ。焼酎が無料でも、つまみなしで飲むわけにもいかないから追加のつまみを注文することになる。それにアルコールが回って気が大きくなれば、つい高価なつまみも注文しがちになる。実際、客単価は増えていて、オーナーの狙いは大当たりというわけである。

 消費不況・デフレが続き、消費者のサイフのヒモが硬い中、無料(FREE)ビジネスが目立つようになった。TVの報道番組や雑誌でも盛んにその話題が取り上げられる。経済学者や心理学者が理論的に説明した雑誌記事もある。昨年の長者番付にケータイ用釣りゲームで有名なIT関連企業社長が入っていたことは記憶に新しい。ゲーム自体は一応無料なのだが、ハマって来ると有料部分に手を出す人も出てくる。結局、利用者が釣られるゲームでもあるのだ。いろいろと無料を謳い文句にするのが得意な某ケータイ会社の無料通話も実際には時間帯などいろいろ制限があって、無料のつもりで使っていると思わぬ請求が来ることがある。

 無料ビジネスのどれもが老人相手の布団セールスのような悪徳商法とは限らないが、本当に無料で商売が成り立つはずはない。どこかでそれ以上の利益を得ているはずで、そのカラクリは知っておく必要がある。何かウラがあるはず、と疑って安易に手を出さないのは神経質人間が得意とするところである。

2010年4月 5日 (月)

神経質礼賛 532.下流の宴

 私は新聞小説を読むことはあまりない。小説を読むとしたら1日か2日で読み切らないと気が済まないので連載小説はじれったくていけない。しかも新聞小説だと当直勤務で1日あるいは2日続けて読めない日があるので、ますます読む気がしないのである。しかし昨年毎日新聞に連載された林真理子作の「下流の宴」は最初イラストの面白さに興味を引かれてちょっと読み始めたら止まらなくなった。抜けがあるのを嫌う神経質人間ゆえ、当直から帰るとすぐに前日や前々日の朝刊を引っ張り出してこの小説を読んでいた。昨年末で連載は終了し、最近単行本になっている。

 小説の中心は福原家の人々に関する話題である。おばあちゃんは医師をしていた夫が早くに亡くなってから女性下着の販売で稼いで娘たちを女手一つで育て上げ、自分の家まで建てた。同居する娘の子供は医学部をめざしている。もう一人の娘・由美子は国立大学を卒業して結婚し、典型的な中流家庭の平凡な主婦。夫は早稲田の理工学部を出ているがウダツが上がらない(ドキ!)サラリーマン。子供が二人いて、娘・可奈は上昇志向が強く、大学を出ると婚活に精を出してIT関連で「ヒルズ族」のような京大卒の夫と「できちゃった婚」をするも夫はうつ病にかかり不本意にも田舎の夫の母親と同居することになる。イケメン息子・翔は高校中退のフリーター20歳。ネットゲームで知り合った沖縄出身の100円ショップ店員の珠緒(珠ちゃん)22歳と同棲している。結婚を認めてもらおうと福原家を訪ねた珠ちゃんは「ウチはおたくとは家柄が違う」と言われる。珠ちゃんは「医者ってそんなにエライんですか。そんなら私が医者になります!」とタンカを切る。結婚を認めてもらうために奮闘して2年後にはついに宮崎大学医学部に合格する。試験や面接の描写には読んでいる方までドキドキハラハラさせられ、思わず珠ちゃんを応援してしまう。気がつけば珠ちゃんは立派な女性に成長している。それに触発されて翔は奮起するかというと・・・すっかりいじけてしまって別れ話を切り出す。福原家には可奈が息子を連れて出戻って来るが、その孫に向かってあなただけがバアバの夢、と由美子が語りかけるところで話は終わっている。由美子にとっては子供たちが人様に恥ずかしくないようにと育ててきたつもりだったのに気がつけば「下流」になっていたというのが哀しい。今話題の「格差社会」をネタにして、個性的なキャラクターたちに「タブー」に近いホンネを語らせるところがこの小説の魅力かもしれない。

 資産・社会的地位・学歴といった尺度で勝ち組・負け組ということがよく言われる。この小説の上流・下流というのも同じことなのだろう。少し前の時代、自分は中流だと考える人が圧倒的に多かったが、長引く不況や終身雇用制の崩壊といった社会状況を背景に、現在では「中の下」と考える人が増えているようだ。しかし、上流だから幸福で下流なら不幸か。必ずしもそうではない。この小説の中でも、沖縄で酒場を切り盛りしている珠ちゃんの母親は実に生き生きしている。少なくとも福原家の母親よりもはるかに幸せそうである。

 個人レベルだけでなく国レベルで考えても同じことが言えるのではないだろうか。GDP2位のわが国は近いうちに中国に抜かれること確実である。しかし、悲観することはない。GDPは20位でも30位でもいいのではないか。世界一住みやすい都市はニューヨークでもなければ東京でも北京でもない。オーストリアの首都ウイーンだという。誰もが芸術性の高い文化を享受でき、老若男女とも安心して暮らせる街なのだそうだ。ちなみにオーストリアのGDPは世界第25位である。福祉国家として知られるスウェーデン、ノルウエー、フィンランドといった北欧諸国もGDPは20位台・30位台にランクされている。大切なのはGDPがどのように生かされているかという質の問題であろう。短絡的にカネやモノを増やすことよりも、食料自給率を高め、世界でオンリーワンの技術開発力を持ち、犯罪の少ない安心して暮らせる国になってほしいと思うのは私だけだろうか。

2010年4月 2日 (金)

神経質礼賛 531.餃子事件の結末

殺虫剤メタミドホスが混入した中国製冷凍餃子による健康被害の問題は273274話で書いたが、2年以上も経ってから唐突に中国当局が容疑者を逮捕したという報道が流れた。それも事前に日本の警察に連絡はなかったという。メタミドホスの鑑定から中国の生産段階で混入した可能性が高かったにもかかわらず、当初中国側は中国国内での混入を強く否定し「日本の謀略」とまで言って中国国内の反日感情が高まり険悪な空気になった。反日感情を煽る情報操作で国内の矛盾や国民の不満をごまかしている国家の常套手段である。こういう国を相手にする時には発言を慎重にする神経質さが要求されそうだ。そして一貫して主張すべきことは主張し続けることが大切だろう。それにしてもなぜ今頃になって容疑者逮捕の発表が出たのか。上海万博を間近に控え、日本の首相を中国に招く計画もあり、この問題を一応解決しておく必要からではないかという見方が強い。

中国側の発表によれば容疑者は農村部出身で食品会社の元臨時工36歳。正社員になれず待遇への不満から犯行に及んだという。日本でも正社員とパート社員・派遣社員との格差は大きな問題になっていて、元派遣社員による無差別殺人事件は記憶に新しいが、中国での格差は日本とは比較にならないほど大きい。3月30日付読売新聞によれば、最近は似たような事件が次々と起きているという。再就職に失敗した中年男が小学校で児童9人を刺殺。給与の未払いに怒った男が路上で爆薬を燃やして通行人3人が負傷。待遇に不満を持ったバス運転手が大型バスを暴走させて4人が死亡。政府関係者にコネのある者は出世して高給を手にできるが、農村出身者の多くは身分が不安定で、いくらがんばっても薄給で酷使される、という超格差社会に対する不満が噴出し始めている。

格差社会の問題はともかくとして、食の安全は人命にかかわることだけに大いに神経質であることが必要だ。鈍感力ではいけない。事件が表面化する以前から異臭などのクレームがあったのに販売していた生協では対応を怠り、調査・回収するのが遅れて傷口を広げることになった。この事件で輸入販売したメーカーも大きな損害を被った。安易に目先のコストを下げることばかりに力を入れると結局は高くつくのである。

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