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2010年5月31日 (月)

神経質礼賛 550.自信はいらない

 私も含めて神経質な人は、何か事をしようという前にあれこれ考えがちである。「ちょっとむずかしそうだな」「失敗したらどうしよう」「うまくいかなかったら恥をかくだろうな」。やる前からあれこれ考えて取越苦労してしまう。そして自信がないからやめておこうか、ということにもなる。無鉄砲なことはしないから大失敗をすることはないのだけれども、尻込みしてせっかくのチャンスを逃すことにもなる。森田先生は自信について次のように述べておられる。

 そもそも自信とは、どんなものですか。強い人が勝ち、弱い人が負ける、上手の人がよくできて、下手な人が、うまくできない。それが事実であって、その事実をそのままにみるのが、信念であり自信であります。

 しかし、それではなんの変哲もないから、皆さんは、できない事もでき、強い人にも勝つように、自信というものを作りたいという野心があるのではありませんか。

 そこが自欺のもとでもあり、間違いだらけになる原因であります。「事実唯真」の私の言の反対になります。 (白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.606

 自信はいらない。自信がないまま、ビクビクハラハラしながら行動していくうちに結果が後からついてきて、それが自信になる、ということなのである。自信ができるまで待とう、ではいつまでたっても自信はつかない。必要な時には「恐怖突入」なのである。

一方、世の中には自信過剰で困った人もいる。できないことをできると思い込んで周囲にも吹聴する。当然、周りに大迷惑をかけるし本人も信用されなくなる。神経質人間ではそういうことはありえない。

2010年5月28日 (金)

神経質礼賛 549.ピアノの詩人ショパン

 今年が記念年の作曲家は、生誕200年となるショパン(1810-1849)とシューマン(1810-1856)、生誕150年となるマーラー(1860-1911)である。シューマンは137話、マーラーは402話で書いたので、今回はショパンについて述べる。

 ピアノの詩人として有名な作曲家フレデリック・ショパンはポーランドで生まれた。ワルシャワ音楽院を首席で卒業後、ウィーンさらにパリに移った。その頃、故郷ではワルシャワ蜂起失敗という事態が起っていた。以後、ショパンは生きて故郷の土を踏むことはできず、パリを中心にピアノの演奏活動・作曲活動を続けていった。

 日本ではショパンの人気はとても高い。特にピアノの練習者にとっては、ショパン作曲の幻想即興曲は弾けるようになりたいあこがれの曲ナンバーワンだろう。ショパンの叙情的な旋律は日本人に親近感を抱かせるようだ。ちなみに演歌の大ヒット曲「北の宿から」の出始め「♪あなた変わりはないですか」という部分はショパンのピアノ協奏曲第1番に出てくる旋律とほぼ同じ音の配列である。涙なしには聞けないノクターン第20番嬰ハ短調遺作の旋律も演歌にすれば大ヒットするのではないかと思ったりする。

 ショパンはパリ時代には社交界に出ておしゃれで派手好きとも見られる面があったが、本来は内向的で神経質な性格で優柔不断なところもあった。コンサートでピアノを弾くことは好まず、気心が知れた人たちのサロンで弾くことを好んだと言われる。初恋の相手はワルシャワ音楽院の同級生でソプラノ歌手。とても人気の高い彼女に話しかけることもできず、片想いに終わった。次はピアノを教えたことのあるポーランド貴族の娘と婚約までこぎつけたが、その親がショパンの肺結核を心配して破談になった。同棲の相手、「男装の女流作家」ジョルジュ・サンドはショパンとは全く正反対の性格の人だった。そもそもピアニストで作曲家だったリストの愛人で、ヘビースモーカーでもあり、最初ショパンは嫌っていたという。繊細なショパンと大雑把で思ったことはずけずけ言うサンドでは水と油のようにも思えるが、お互い持っていない部分に惹かれ合ったのだろう。また、ショパンは6歳年上のサンドに母性を求めた面もあったようだ。

 ショパンの一生は肺結核による「死の恐怖」との闘いだった。一時、サンドとともにスペインのマジョルカ島へ転地療養をしたが天候不順のためにかえって病状を悪化させた。その中で数多くの名曲が生み出された。神経質な性格が繊細な旋律を紡ぎ出すともに、神経質の負けじ魂のためか実生活では実現できない力強さも音楽で表現していたのだろう。祖国の独立運動に直接手を貸すことはできなくても、音楽の力で祖国の人たちを勇気づけたいという強い気持ちがあったに違いない。英雄ポロネーズの出始めは「おや」と思うような旋律が続いてじらした後で、満を持してあの有名な力強い旋律が出てくる。これを聞いたポーランドの人々は大いに奮い立ったことだろう。その意味でショパンはポーランドの英雄である。病魔に苦しみながらも「己の性(しょう)を尽くし、人の性を尽くす」の人生だったのだと思う。

2010年5月24日 (月)

神経質礼賛 548.口蹄疫

 宮崎県での口蹄疫問題がニュースで取り上げられるようになって、恥ずかしながら口蹄疫について初めて知ったようなものである。今までは単に家畜の伝染病ということしか知らなかった。口蹄疫ウイルスはRNAウイルスの一種で極めて感染力が強いが、今のところヒトに対する病原性はないため医学部では学ぶ機会がない。牛、羊、ヤギ、豚などに感染して、名前の通り口とひづめに水泡ができる。発熱、多量の涎が出現し、幼獣では死亡率が高いが成獣では致死率は高くない。しかし、感染すれば助かっても肉の質が落ちたり乳の収量が低下したりして家畜としての経済的価値が著しく低下してしまうため、罹患したら殺処分しなくてはならない。畜産の仕事をしている人々にとっては恐ろしい病気である。政府の対応策としては感染が発生した場所から10km以内の家畜にワクチンを打って時間稼ぎをした上ですべて殺処分ということになった。今まで一生懸命に育ててきた家畜を殺処分しなくてはならない業者の人たちは実に無念だろう。また、業務再開の見通しが立たないだけに不安は極めて大きいことと思う。

 ワクチンを打つ作業も獣医師の確保が難しく、時間がかかりそうだ。犬やネコなどのペットを扱う獣医さんのなり手はいても、家畜の診断・治療・防疫にあたる獣医さんの不足は以前から言われていた。特に北海道や東北では獣医不足が深刻だという話を聞いたことがある。人間相手の医師だけでなく、獣医さんの場合も地域や専門の偏在という問題が今回の件で明らかになったと言える。

 宮崎県は例外的にエース級種牛を殺処分せずに避難させる処置を取った。しかし、1頭ずつ別々に運搬せず、しかも空気が流通する同じ獣舎に入れてしまった。そのうちの1頭の感染が明らかになり、残りの種牛の感染も心配されている。非常事態で対応が難しかったのだから非難することはできないけれども、相手が感染力の強いウイルスだけに神経質が足りなかったと言わざるを得ないだろう。隣の鹿児島県が種牛を分散させて離島に避難させたのは危機管理の上で適切な対応だと思う。

2010年5月21日 (金)

神経質礼賛 547.便所飯

 最近、大学生の間で「便所飯」という言葉がはやっているという。学食で一緒に食べる相手がいないのを見られるのが嫌で、トイレに入って一人で食事をすることなのだそうである。これは神経症の対人恐怖の一種と考えてよいのではないかと思う。

 トイレの個室内で食事をする、というのは実際問題どうなのだろか。昨今の新設大学内のトイレならばホテルのようにきれいで爽やかな芳香剤が置いてあったりして、食事に支障は少ないのかもしれないが、それでもトイレに出入りする人がいたら個室にこもっていても気になりそうである。私だったら便所飯はとてもできそうにない。人目にさらされる公園のベンチで食べた方がずっとましである。

 対人恐怖の人には他人が自分をどう見ているかを忖度(そんたく)し過ぎる面がある。やや妄想性を帯びた関係念慮とも言えるだろう。まさに一人相撲をとっているようなものである。森田正馬先生は対人恐怖について次のように言っておられる。

 人前で、きまりが悪いとか、恥ずかしいとかいうのは、人の感情であって、なんともない人は、白痴か変質者か精神病者であります。神経質の皆様は、誰でも対人恐怖でないという人は、一人もありますまい。その恥ずかしい事の、あるがままにある人が、常人であって、これに屁理屈をつけて、恥ずかしくては不都合だとか、損だとか、いう風に考えるのが、対人恐怖であります。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.124

 神経質人間は、恥ずかしいのが自分だけに特有のことで、他の人は何ともない、と決め付けて考えてしまいがち(差別観)であり、誰もが恥ずかしいと感じていることに気がつけば(平等観)それだけでも対人恐怖は改善する。

グループがおしゃべりしながら食事している横で一人で食べるのは誰でもちょっと淋しさを感じるはずである。だからといって、他人がそれをとやかく言うはずもない。TVに出るような有名人でもない限り、一人淋しく食事をしていたと騒がれることはないだろう。食堂側にしても昼食の混雑時には、グループで長居されるより一人でサッサと食べてくれた方が有難いはずである。人目が気になるにせよ、一人の昼食ならば早くて5分、遅くて10分である。食事が済んだら図書館に行けば有益に昼休みが使える。本屋や売店をのぞく時間もある。何もトイレにこもって便所飯することはない。人目を避けて逃げれば逃げるほど怖くなるものだ。

2010年5月17日 (月)

神経質礼賛 546.餌付け

 先日TVのニュースで将棋の加藤一二三(ひふみ)九段(70歳)が画面に出ていた。横から妻が大きな声で話しかけてきたので何のニュースかわからなかった。3年前に史上初の通算1000敗(この時1261勝)の大記録(?)を打ち立てていたが、いよいよ引退のニュースだったのかなあ、と思っていた。翌朝の毎日新聞社会欄に「加藤元名人 餌付け禁止 野良猫被害 慰謝料204万円 東京地裁判決」というタイトルの記事があった。加藤九段が住んでいる集合住宅で野良猫に餌付けしていたため野良猫がピーク時には18匹に増え、猫の糞尿による悪臭や自動車に傷をつけられる被害が続出して、住民と管理組合が裁判を起こしていた。数々の奇行で有名な(将棋ファンを楽しませてくれる)「神武以来の天才」加藤九段だが、野良猫を餌付けすればどういうことなるか、という「3手のヨミ」ができなかったようだ。敬虔なクリスチャンである加藤九段の言い分は「野良猫に一日でも長く生きてほしいとやってきたことが裏目に出た。理解に苦しむ判決だ」ということで控訴するそうである。

 野良猫の糞尿の悪臭は大変なもので、後始末も大変である。私も野良猫の糞害に困っていろいろな対策を試みた(「野良猫vs神経質」91話、113話、125話、181話)。最終的にはダイソーで販売されている「どんとキャット」を家の周りに隙間なく敷き詰めることでようやく解決している。

 野良猫ほど問題にはならないが、市街地で餌付けによる鳩の増加も糞害などの問題を引き起こす。鳩の糞に含まれる真菌(カビ)のクリプトコッカスは免疫力の低下した人に肺炎や髄膜炎を引き起こす厄介な存在である。浜松医大に勤務していた頃、大原健士郎教授が精神科病棟(10F)の窓に鳩が集まってくるのを見て激怒されたことがあった。かつて奥様を病棟で看取った御経験から、がん治療中に免疫力の低下した患者さんに悪さをする鳩は許せなかったのだろう。大原先生は「鳩を追い払え」と病棟医長に命じられたが、うまい方法があるはずもなく、病棟医長は入院患者さんたちに「鳩にエサを与えないで下さい」とお願いするのがやっとだった。

 餌付けする人に悪意があるわけではないが、後々いろいろな問題を引き起こすことになる。神経質に熟慮してほしいものだ。

2010年5月14日 (金)

神経質礼賛 545.LED電球

 週末に入ってくる家電量販店の折込チラシを見るとLED(発光ダイオード)電球が目に付く。この4月からはエコポイントでLED電球を実質安く買える制度になって、それをあてこんでいるのだろう。先週末にホームセンターに行ったら、点灯したLED電球が並べられていた。通りかかった若夫婦の夫が「あ、LED電球買っていこうよ」と商品に手を伸ばすと妻の方が「まだいいじゃない」と止めていた。女性の方がしっかりしている。待っていればまだまだ安くて良いものが出てくるだろうとお見通しのようだ。

 LED電球の技術はそれほど簡単ではない。まず487話で書いたようにLEDで本当の白色を出すのは意外と難しいのだ。青色LEDをベースにしたものではどうしても青みがかった冷たい色になってしまう。それに1個のLEDは色にもよるが2-4V程度の直流で駆動するので交流100Vで点灯させるのには工夫がいる。単純に数多くのLEDを直列に並べたのでは、そのうちの1個が不良になっただけで全滅になるので、寿命が短くなるおそれがある。また、フィラメント電球と違ってLEDは反応が早いので、家庭の交流電源周波数の50Hzや60Hzあるいはその倍の周波数で点灯させたのではチラツキが目立ってしまう。実際の製品ではどんな回路になっているのか興味がある。

 ネット上で検索してみると、やはりLED電球の構造に興味を持っている人は結構いるようで、LED電球の試作記事やチラツキが目立つ輸入LED電球を分解して駆動回路を調べた記事が個人のブログで見つかる。新聞記事でLED電球のためにFMラジオやTVのアナログ放送にノイズが入る例があるというのがあったので、やはりインバータ回路が使われているのだろうと推測している。

 電球型蛍光管も最初に出た時は大きくて重かった。実際に買って電球スタンドに取り付けてみたら重さに耐えられず、電球部分がおじぎしてしまった経験がある。今では軽くて値段も安くなった。LED電球の場合もこれからどんどん改良され、高品質で安価なものになっていくだろう。その陰には少しでも性能のよいものを低コストで作ろうという神経質なエンジニアたちの活躍がある。

2010年5月10日 (月)

神経質礼賛 544.老外科医先生

 私の身近にも鉄人のような外科医の先生がおられる。もう81歳だが、バリバリの現役である。外科・内科医院を開業して50年になる。地元では祖父母の代から診てもらっている住人も多い。実態は365日24時間営業。夜中でも急患を診ているし、電話があれば往診に駆けつける。警察の依頼で(普通は嫌がる)変死者の検死もしている。採算が取れない有床診療所でまだまだがんばっておられる。私の勤務先の病院の入院患者さんで肺炎やイレウス(腸閉塞)を起こした患者さんをよく転院治療していただいていた。精神状態が悪いと普通の病院ではまず受け入れてもらえないのだが、先生はどんな患者さんでも受け入れて下さっていた。息子さんが戻ってこられ医院を継ぐことになり、少し時間ができたということで、5年前からこちらの病院に週2回来てくださるようになった。とにかく仕事が早くてよく動かれる。さらにユーモアも忘れない。医師会の雑誌に寄稿されている先生の小話を紹介させていただこう。

『診察の日々』(鈴木茂能先生)より抜粋

「保険証が新しくなったので持って来ただ」

「保険証は新しくなったが人間は相変わらず古いな」

「おめえも同じだ」

「先生、頭がわりいだけど」

「頭の悪いのは治らないね。僕を見なよ、八十年間いまだに治らないでいるよ」

 中年の女性。

「今、主人に腹を立てて来たから血圧が上がっているかしら」

「血圧は変わらないね、何時もの事だから」

電子カルテになった。うまく操作出来る時はスムーズに行くが、一旦こじれると何ともならない。丁度女房の様だと思っている。

残念ながらこの5月からは息子さんのバックアップに専念されるということでこれからはお顔を見ることができなくなる。私のような神経質人間はちょいと硬くとっつきにくい面があるので、先生のユーモアはぜひ見習いたいものである。

2010年5月 7日 (金)

神経質礼賛 543.里山の医師

 昨夜、NHKのヒューマンドキュメンタリーで「88歳 里山の医師~静岡市清沢・最後の50日~」という番組が放送された。清沢は名前の通り山間部の地域だ。茶畑の緑が美しい。若い人たちは町へ出てしまい、今では高齢者が大多数を占める。この地に診療所を開き、61年間地域医療に尽くしてきた秋山邦夫先生だが、耳が遠くなり聴診も大変になってきて、この春、診療所を閉じる決意をされた。先生の毎日は豆腐とワカメの減塩味噌汁を作り、仏壇に供えて10年前に亡くなった奥さんの遺影に手を合わせることから始まる。朝から診療所には次々と患者さんたちがやってくる。3回脈を取り、聴診し、尿検査は古い遠心分離機を使って自分で顕微鏡を見る。その間も患者さんとの会話は続く。一人の診察に20分かける。会計も先生自身で行う。外来診察の合間に往診に行く。狭い山道を軽自動車で走り、最後は歩いて急坂を登る。時には在宅高齢者の最期を看取る。単に病気の治療をするだけでなく、減塩食をすすめたり健康体操を広めたりして病気の予防にも力を入れてこられた。「病んでいる人を見ると気の毒」という先生の言葉に医の原点を感じた。現代のデータとエビデンス最優先の医療では、「病」の治療ばかりに焦点が当てられ、「人を診る」が欠落しがちだということに改めて気づかされる。

 今となっては、こういう医療はなかなかできることではない。お前はできるか、と言われたら、私は完全にアウトである。実は秋山先生の息子さんとは高校3年の時に同級だったが、彼も診療所を継がずに街中で開業している。

 精神科の医療でもアメリカ流の操作的診断とエビデンスに基づく薬物療法が主流となり、「人を診る」が希薄になりつつある。マニュアル化医療には工場の工程管理の手法が導入されようとしている。画像診断や血液検査で診断する研究が精神科領域でも急速に進んできているので、もしかすると未来の精神科病院ではロボット医師が診断治療を担当しているかも知れない。

私は里山の医師にはなれないけれども、その人の健康的な部分を伸ばしていく森田療法の考え方を少しでも広めていきたいと思う。

2010年5月 4日 (火)

神経質礼賛 542.ヤスリがけ

 自動車のセカンドシートを倒すレバーのプラスチック部分が割れて壊れてしまった。これがないとレバーを下げてシートを倒すことができず不便なので、販売会社に頼んで取り寄せてもらった。製造打ち切りになって5年近く経っているし、超マイナー車種、それも海外メーカーのOEM車だけに、大丈夫かなと不安があった。379円で入手できたのだが、案の定、部品の形状が違っていた。元の部品は平型なのに、逆三角形で幅がありすぎて、レバーが移動する溝に入らない。この部品一種類だけとのことである。やむを得ず、逆三角形の両側を削り落として使うことにした。

 実家に行くと、もう20年以上使っていない工具がある。小学生の頃から少しずつ買い足していった道具たちだ。加工する物を固定するミニバイス(万力)は錆びついていたがどうにか使えた。手入れしていないヤスリは目づまりしていて思ったように削れない。とはいえ、気長に続けていけば少しずつ少しずつ進んでいく。実に単純作業だけれどもつい夢中になっている。森田療法で作業に打ち込んでいる患者さんみたいである。おっと、余計なことを考えたら、やすりがすべって部品を押さえている左手の人差し指を削ってしまった。1時間余りで予定の幅まで削った。帰宅して実際に車のシートのレバーに押し込んでみると、バッチリである。

 休日であってもいくらでもやることはある。風呂場の照明器具の汚れと天井や壁の黒カビ・赤カビが目に付いたので、次はカビ落とし作業。気がついたら行動である。神経質をフル回転させた後はビールがひときわおいしい。

2010年5月 3日 (月)

神経質礼賛 541.整理術

 人から受け取る名刺は気がつくとどんどんたまっていく。病院を訪れる製薬会社の担当者は毎回名刺を出すので、一度もらった人には「再利用して下さい」とお返しするのだが、担当者は1-2年で交代していくので、年末や年度末にはたまった名刺を処分する必要がある。患者さんのことでお会いする施設の方、職場の上司、県や市の担当職員の名刺はカルテに貼ることもあるが、机の引き出しに入れたままにしてしまう場合も多い。整理する時に、年数が経っていて捨ててよいものかどうか判断するのには日付が必要である。また、日付があると、どういうことで会った人なのか思い出しやすくなる。

 保存しておく書類や郵便物も同じである。郵便物の消印もわかりにくいことがある。その点、私の勤務している病院の院長は私以上の神経質人間で、名刺でも郵便物でもすべて受け取った日付を書き込む習慣があって、その辺はぬかりない。私も院長を見習って、シャープペンで受け取った日付を書くようにし始めた。だいぶ前に読んだ野口悠紀雄「超整理法」では、ジャンル別ではなく時系列で情報を保管して、期限切れの情報は捨てていくのがミソだと書いてあったような気がする。

名刺や郵便物のように小さくて場所を取らないものはまだしも、書籍・雑誌類の処分はなかなか難しい。後でまた必要になるだろうと思って捨てないでおくと大量にたまってしまう。一昨日(5月1日)朝、出勤前に聞いたNHKラジオ「著者に聞きたい本のツボ」という番組は、「断捨離」という整理術の本を書いた山下ひでこさんのインタビューだった(興味のある方はNHKラジオのホームページから聞くことができる)。モノに対する執着を捨てて、大量にあふれるモノを処分することで、スッキリ整理できるということである。収納場所を増やしたところで限度があるし思い切って捨てるのが整理術の極意であることは確かである。大切なように思っても現実に読む可能性がほとんどない本は見切ることも必要だ。現代では相場の教訓となっている「見切り千両」という米沢の名君・上杉鷹山(ようざん)の教えは整理術でも大切なように思う。

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