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2010年6月25日 (金)

神経質礼賛 558.大疑ありて大悟あり

 前話で症状に悩み苦しんだ日々も決してムダではなく必要なことだったのだ、ということを書いた。それを表す言葉に「大疑ありて大悟あり」というものがある。

 この神経質の徹底的という事が、最も有難いところである。昔から釈迦でも、白隠でもその他の宗教家でも、哲学者でも、皆徹底的に苦しみ抜いた人ばかりである。少しも煩悶し苦労した事のない人にろくな人はない。

 ここでも、倉田氏でも佐藤氏でも、徹底的に強迫観念に苦しんだ人である。「大疑ありて大悟あり」で、その人は必ず、生来立派な人間であって、それが悟って成功したのである。この点から諸君は、ただ私のいう事を丸のみに聞いて、徹底的に苦しむべきを苦しみさえすれば、それで万事が解決するのである。 (白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.82

 劇作家の倉田百三(1891-1943)21歳の時に肺結核にかかり、一高を中退。結核はしだいに全身を蝕み、結核性の関節炎や骨盤・左手のカリエスを引き起こす。さらに実家が事業に失敗し、家族が次々に亡くなる不幸が続いた。入院中に世話をしてくれた看護婦と恋仲になり、子供が生まれたが結婚できないということもあった。それに加えて重度の神経症に苦しむ様子は、「神経症の時代」(TBSブリタニカ発行:渡辺利夫著)に詳しく書かれている。彼は自然と人生の「観照」に情熱を燃やしていたが、完璧に観照しようとしているうちに突然観照することができなくなった。「はからうな、あるがままにあれ」と念仏のように唱えてもダメだった。そうしているうちに不眠症が出現して京都済生病院で絶対臥褥療法を受けて改善した。次には耳鳴りがひどくなり、三聖病院で絶対臥褥療法を受けて改善した。しかし、見るものが回転する「回転恐怖」、物事を組み合わせてみないと気が済まない「連鎖恐怖」、「いろはにほへと・・・」が頭に浮かぶ「いろは恐怖」といった強迫観念が次々と出現する。そこで日曜日に自宅の藤沢から森田先生の診療所に通い、日記指導を受けることになる。森田先生から、症状は仕方なしとして作品を書き続けるように指示された。森田先生の命を受けて気が進まないままに書いた小説「冬鶯」は秀逸な作品となったという。月1回の形外会にもしばしば出席している。症状を消そうとしているうちは治らなかったものが、森田先生の指導を受け、他の患者さんたちの発言を聞いて、症状を消そうとする努力をやめたところ、ふと気がつけば症状は消散していたのである。そればかりか、仕事や日常生活もはかどるようになっていたのである。

苦しい症状をなくそうと「はからい」続けるか、苦しいまま仕方なしに行動していくかが、大悟に至るかどうかの分かれ道である。

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コメント

はじめまして。500号から楽しく拝読させて頂いております。

>症状を消そうとする努力をやめたところ、ふと気がつけば症状は消散していたのである。

意識すればするほど視野狭窄に陥る。頭でっかち人間の特徴。考えれば世界はすべて分かるという頭脳中心の考え方。わたしも随分と主治医を困らせた。理屈で生きることは案外楽なことだと思っていたが、その理屈にがんじがらめにされていた。それにしても、優秀な人は言葉にとらわれやすい。「ふと気づく」とは行動に没入するさま。「大疑ありて大悟あり」という言葉や禅語などよりも、苦労人の体験談の方が最初はいいかもしれませんね。

春之介 様

 コメントいただきありがとうございます。私も含めて神経質人間は何でも理屈で解決しようとする悪癖があります。こんなことでよくなるのだろうか、と疑問を持ちながらも、理屈はさておき行動された方は、スーっと理屈の無限ループから抜け出して行かれるように思います。

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