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2010年6月 7日 (月)

神経質礼賛 553.シューベルトの「魔王」

 NHKで「名曲探偵アマデウス」という45分番組がある。探偵事務所を開いている天出臼男が助手の響カノンとともに名曲にまつわる難事件(?)を解決していくというバラエティ番組である。ドタバタ劇はクラシック音楽に詳しくない人でも楽しめるし、演奏家や研究家による曲の分析があるのでクラシック通にとってはとても参考になる。

 最近、ビデオ録画しておいて見たのはフランツ・シューベルト(1797-1828)作曲の「魔王」だった。これはシューベルトの楽譜で最初に出版された作品番号1番で、ゲーテの詩に作曲した18歳頃の作品である。中学1年の音楽鑑賞にあった曲なので覚えておられる方も多いと思う。嵐の夜、馬を走らせて家へと急ぐ父親。馬が疾走する様子と緊迫感を表現する左手のオクターブ3連符の連続はピアノ伴奏者泣かせの難物で、シューベルト自身は弾けなかったという。巧みな転調でストーリーを盛り上げていく。息子には魔王が猫なで声で「こっちへおいで」と誘いかける。息子は父親に不安を訴えるが父親には魔王の声は聞こえない。歌の音域は少しずつ高くなっていき、息子の訴えは悲鳴になっていく。ついに魔王は力ずくで息子の命を奪い、家に着いた時には息子の息は絶えていた・・・。演劇で言えば父親役・子供役・魔王役・「地の文」朗読と四役を一人でこなすわけだから、歌手にとってはやりがいのある曲だろう。エルンストによるヴァイオリン無伴奏編曲版もあるが、これは伴奏の重音の3連符を弾きながらフラジオレットで旋律を弾くというような超絶技巧があって、私には手も足も出ない。番組では、当時、同じ詩に別の作曲家が作った「魔王」を紹介していて興味深かった。画面に映った楽譜の作曲者名はコローナ・シュレーターとなっていた。何と長調で書かれていて、短い旋律の単純な繰り返しなのだ。雰囲気は「ローレライ」の歌に似ている。ゲーテは最初、シューベルトの曲を評価しなかったという。作詞家・なかにしれいさんによれば曲が詩に勝ってしまっているからだろう、とのことである。

 私は中学の音楽の時間にこれを聴いて(短い曲だから何度も聞かせられた)、正直言って恐ろしくて嫌な曲だと思った。歌曲王と言われたシューベルトの名歌曲と言えば、「野ばら」や「ます」や「冬の旅」の中の「菩提樹」などいくらでもある。何も中学生にこんな不気味な死の音楽を聞かせなくてもいいのに。

 シューベルトは31歳の若さで腸チフスのため急死している。歌曲ばかりでなく「未完成」「ザ・グレート」など全9曲(以上)の交響曲や室内楽曲を残している。死後に出版され初演された曲も多い。生活は極めて貧しかったが、とてもよい友人たちに恵まれた。泊まる場所やピアノを練習する場所を提供してくれたり、食物を分けてくれたり、五線紙代をカンパしてくれたりした。シューベルトは循環気質で躁鬱傾向があったようだ。梅毒にかかっていたとも言われている。

 魔王とは何なのだろう。デンマークやドイツの伝承では樹木の精で、死の直前に現れるという。この詩に出てくる子供の場合はインフルエンザのような高熱が出た際の幻覚とも考えられる。いろいろなことが言われているけれども、つまるところ私たちの心の中にある「死の恐怖」ということになるのではないだろうか。

森田正馬先生は死の恐怖について次のように述べておられる。

 死は恐ろし。恐れざらんとするも、得べからず。

 得がたき欲望は、あきらめられず。あきらめらるゝものは、そは欲望にあらざるなり。

 死の恐れになりきる時、そこに生死の意識を離れ、欲望其ものに乗りきる時、そこにエヂソンの生じ、ムツソリニーの現はるべきなり。

 死を恐るゝは、生きたきがためなり。生きんがためにこそ、死をも忘る。生きる欲望なきもの、何ぞ死を恐るゝの用あらんや。 (白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.427)

<注:当時の日本ではムッソリーニは立志伝中の「偉人」だった>

 死の恐怖は生の欲望と表裏一体のものである。ボケてしまえば死の恐怖も生の欲望ともどもなくなる。死の恐怖におびえながらも生の欲望に沿って生き尽していくほかない。

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