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2010年8月 6日 (金)

神経質礼賛 573.蝉

 厳しい暑さが続いている。朝から蝉たちの大合唱が聞こえる。仕事帰りに陽がジリジリと照りつけるホームで電車を待っていたら、どこからともなく大きなアブラゼミが飛んできて私のズボンに止まった。思わず振り払ったら、飛び去っていった。ボンヤリとその軌跡を見つめる。近くには木々もない。黒い点は駅舎の屋根を越えて見えなくなった。ちょっとかわいそうなことをしたかな。

 蝉の成虫として生きられる期間は、長い年月幼虫として地中で過ごす期間に比べるとあまりに短い。わずかの間、飛び回り、樹液を吸い、雄は力いっぱい鳴き声をあげ、雌は産卵して果てていく。そうして種が保存されていく。

 ヒトの場合は成人として生きていく期間は長い。しかし、心理的時間はどうだろうか。子供の時は一日がものすごく長く感じたものだ。ところが初老期になってみると一日どころか一ヶ月、いや一年が経つのが本当に短く感じる。邯鄲の夢の故事のように長い人生の有為転変も実は地上での蝉の生活と同じく一瞬のできごとなのかも知れない。そう考えれば不安も緊張も強迫観念も取るに足りないことである。「あらん限りの力で・生き抜かうとする希望・その希望の閃きこそ、『日々是好日』なのである」(白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.478)という言葉のように、たとえ境遇に恵まれなくても病気や障害があっても、蝉と同様に精一杯持っている力を出して生き尽くしていくほかはない。

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