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2010年8月16日 (月)

神経質礼賛 576.ドアと引き戸

 病院では医療上の事故だけでなく入院生活上の事故も防ぐように気を配っている。「ヒヤリハット報告」というものがあって、実害はなかったものの危険なケースを報告して情報を共有化し、事故防止に役立てている。生活面では階段や廊下での転倒、ベッドや車椅子からの転落、といったケースが多いが、ドアを開けた時に患者さんに当たりそうになったとか、ドアに体をもたげていた患者さんがいて開けたら倒れ込んできたとかいう経験をした人は少なくない。

 各病室の入口は引き戸になっていて、向こう側に人がいた場合見えるように透明なタテ長の窓になっているからトラブルは少ない。しかし、ナースステーションから廊下に出入りするドアにも半透明の窓はあるものの、車椅子の患者さんが一時停止していたり、足が悪くて壁伝いにゆっくり歩いている患者さんがさしかかっていたりするのがわからないこともあるので、開ける時には通りかかった人にぶつからないよう神経質にソロソロと開ける必要がある。精神科病院ゆえ、通路のあちこちに施錠ドアがあって、これまた開閉には注意が必要だ。防火扉の場合、窓がないので向こう側が見えない。閉鎖病棟からエスケープしようとする患者さんが飛び出してくることもあるので、安全に手早く閉める必要もある。こと安全面からみたら、引き戸の方がドアよりも優れているように思う。

 現代では、一般の住宅も洋風化されて、部屋への出入りはドアという家が多い。しかし、高齢になって生活した時のことを考えたら、かつての和風住宅の引き戸(ふすま)は安全かつ使いやすいのではないだろうか。特に玄関の重いドアは荷物を持っているような時、高齢者にとって開けるは大変だ。引き戸は戸のすべりが適度に保たれる必要はあるが、その点ラクである。引き戸の欠点は閉じている時の気密性や遮音性がドアに比べて劣る点くらいだろうか。

 引き戸(ふすま)は開閉する空間が不要な分、狭い家の中を有効に仕切り、時には開け放すこともできる。開け閉めする時に人に当たって迷惑をかけない点いわば角を立てない点は、他人に気遣う日本人(特に神経質人間)向きである。引き戸の良さをまた見直してみてはどうだろうか。

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