神経質礼賛 610.誰もが恥ずかしい
私が外来で担当する新患数は年間100人強といったところである。そのうち対人恐怖や対人緊張を主訴とする人は大体5人前後である。時には製薬メーカーの新聞広告(584話:疾患啓発広告)を見て「自分は社交不安障害ではないか」と言って来院する人もいる。精神科病院を受診するのはよほどのことで、対人恐怖の悩みを持った人の多くは一人で悩んでおられるのではないかと思う。しかし、本人の悩みにもかかわらず、周囲の人から見れば「全くそんな悩みを持っているようには見えない」ということが多いものである。
かくいう私自身、小学生の頃から授業中に先生に当てられると激しく緊張して、わかっていることでもしどろもどろになって答えられないことがよくあった。対人恐怖的な傾向はだんだん強くなり、劣等感が強くなる思春期にはピークに達した。特に女性の前ではフリーズしやすかった。人前で緊張しないようになりたい、大胆になりたい、と思って自律訓練法の本を読んでいろいろやってみたが変わらなかった。今思えば「不可能の努力」をしていたわけである。結局、苦しいまま仕方なしにやっているうちに、二十代後半には「まあ、こんなもので仕方がない」とあきらめがつくようになり、結果的には以前ほどは気にならなくなった。緊張して苦しい、人前で恥ずかしい、というのは自分だけがそうなのではなく、誰もがそうなのである。タレントやスポーツ選手や音楽家でさえ例外ではない。当ブログで紹介した、ヴァイオリニストの徳永二男さん(5話)、相撲の高見盛さん(5話)、俳優の竹中直人さん(105話・484話)、ピアニストのフジコ・ヘミングさん(306話)、歌手の小林幸子さん(323話)、元マラソンランナーの増田明美さん(367話)の他にも人前で恥ずかしいと感じたり、強い緊張を感じたりする有名人は決して少なくないはずである。
森田正馬先生は次のように言っておられる。
人前で、きまりが悪いとか、恥ずかしいとかいうのは、人の感情であって、なんともない人は、白痴か変質者か精神病者であります。神経質の皆様は、誰でも対人恐怖でないという人は、一人もありますまい。その恥ずかしい事の、あるがままにある人が、常人であって、これに屁理屈をつけて、恥ずかしくては不都合だとか、損だとか、いう風に考えるのが、対人恐怖であります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.124)
神経質人間の場合、人から好かれたい、上手に話したい(演奏したい)という気持ちすなわち生の欲望が人一倍強い。その裏返しで失敗したらどうしようという予期恐怖が起り強い緊張を感じやすい。しかし神経質人間の良いところは失敗しないようにと普段から念入りに準備し練習することである。緊張しながらも恐怖の中に飛び込んでしまえば恐怖だったものが恐怖でなくなっている。
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