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2010年11月22日 (月)

神経質礼賛 608.五月蝿い

 普段読んでいるブログの中に「五月蝿い」という表記が出てきて、読みは何だろう?と気になった。前後関係から「うるさい」と読めるのだが間違っていないか心配になる。国語辞典の「うるさい」を引いてみると、この表記も出ていた。「うるさい」の語源は、心を意味する「うら」が「うる」に変化したものに「さし(狭し)」がついて「うるさし」となったのだそうだ。五月のハエは特にうるさいということから「五月蝿い」という当て字も使われるようになったという。ブログの作者さんは、上の階に引っ越してきた一家がドタバタ走り回る・大声で怒鳴るといった日々が続いて辛い思いをされていて、まさに「五月蝿い」と表記したくなるのはよくわかる。

 うるさい、と感じるのは必ずしも物理的な音の大きさではない。夜寝ている時に蚊のプーンという小さな羽音はとてもうるさく感じるものだ。刺されたら嫌だなあ、という思いがあるからだ。電車の中で近くにいる人のヘッドホンから漏れてくるシャカシャカ音は電車の音に比べれば微々たるものだが無神経さに腹が立ってうるさく感じる。新幹線の座席に座ったまま携帯電話で通話している声はこれまたうるさく感じる。「携帯電話はマナーモードにしてデッキでお話ください」といった表示があちこちに書かれているのにマナーを破る人は腹立たしく思えるのでうるささが倍増する。夜の路上で発せられる長いクラクション音はかなりうるさく感じる。これが道路工事の騒音や通過する電車の騒音であれば、仕方ないと思うからさほどうるさく感じないものである。つまり心理状態により、うるささは変化するということなのだ。ということは、このくらいの音(声)ならば大したことはない、と自分では思っていても、人にうるさく感じられて迷惑をかけていることもあり得る。周囲の人たちから「五月蝿い」と思われないように神経質を働かせる必要があるだろう。

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コメント

先生こんにちは。

今年もあっという間に過ぎて、
もうすぐ12月になりますね。
「神経質礼賛」ますます絶好調ですね!!
前回のマーラーの回とそのコメントにも、
先生の神経質スピリットが横溢し、
とても感銘を覚えました。

さて、今回の「五月蝿い」はかの文豪、
夏目漱石の造語のようですね。

漱石にはこのほかにも、
「新陳代謝」、「反射」、「無意識」、
「価値」、「電力」、「肩が凝る」等
の造語もあると言われているようですね。

一説によると、漱石が「肩が凝る」
という言葉を作ったがために、
多くの日本人がこの症状を
自覚するようになったのだそうですが、
本当なのでしょうかね?

漱石も「神経質」の系譜の作家だと思われますので
今度、先生に取り上げていただけたらとと思っています。

keizo様

 コメントいただきありがとうございます。「少年老い易く学成り難し」はまさにその通りだと痛感するこの頃です。何も進歩せず退化するばかりながら、悲観せず、「まあこんなもの」と図々しく生きております(笑)。

 「五月蝿い」の当て字が夏目漱石の「発明」という説は確かにありますね。「肩こり」も漱石の作だという話は複数の本で読んだ記憶があります。日本で言うところの肩こりにピッタリの英訳がなくて、いろいろな和英辞典を見てみると面白いです。

 漱石の病蹟学的研究は数多く出ています。英国留学中の「探偵に尾行されている」というような被害関係妄想は有名で、統合失調症説がありますし、躁うつ病説もあります。しかし、私としてはkeizo様のお考えと同様、神経質であろうと思っています。いつになるかわかりませんが、書いてみたいと思います。

四分休符さん、こんばんは。
私のブログの記事を引用していただいて恐縮です。
「五月蝿い」という読みですが、随分以前(学生時代)に読んだ小説に出てきた記憶があります。
それまでは、私もこの読みを知りませんでした。
日本語は難しいですね。
難しいから余計に興味が湧くのかもしれません。
「漢字検定」が流行るのは日本語(漢字)の奥深さと関係があるのかもしれませんね。
まだまだ知識不足な私ですが、これからもご指導ください。

スローライフ様

 こんばんは。ブログ「こころとこころ」には触発されるところ極めて大です。以前にも「阿修羅の正義」について書かせていただいています。今後ともよろしくお願いいたします。

 恥ずかしい話、私は「五月蝿い」の読みに自信がなかったです。高校生の時に家にあった漱石の全集は大分読んでいたつもりだったのですが、全く記憶がなかったです。もしかすると振り仮名があったのかもしれません。実感がこもっていて、見事な当て字だと思います。おっしゃる通りで、日本(漢字)文化の奥深さを痛感します。

うるささと神経質は切実な問題であると痛感しております。これは怒りに直結しますし(笑)。単純な音そのものに対しては、まず驚きと恐怖が起きます。そしてそれを評価する中で怒りがわいてきます。
静かにすべき時間や場所で無神経に音を立てられるとわたくし怒りがこみ上げてしまいます。マナーの観点からも義はわれにありと思っていますので、ちょっと怒りは鎮まりません。図書館の雑談や机上で立てる音にも頭カッカとしていました。(爆発しても後味悪いですネ)

体調等によって普段は気にもかけない時計の秒針などが聞こえるときもあります。

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 マナー破りの「五月蝿い」には本当に腹が立ちます。「義は我にあり」は全く同感です。私も怒りの半減期が長くて困ります(笑)。「感情の法則」を適用していくしかなさそうですね。

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