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2010年12月 3日 (金)

神経質礼賛 612.J-POPジェネレータ

 先日、ネットニュースに、『「会いたい」とかいいすぎなJ-POPの歌詞が話題』、という記事があった。「翼を広げて」「会いたい」「桜舞う」「瞳を閉じて」というように、どれもこれも似たようなフレーズが使われているという話題だ。そして、J-POPの歌詞を自動的に生成する「J-POPジェネレータ」なるものがネット上に登場したという。

 検索サイトで探して「J-POPジェネレータ」をアクセスしてみると、さっそく歌詞が表示される。ご丁寧に間奏○秒という指定まで入っている。表示された歌詞を見ると、サビの部分の「会いたい」「会えない」が少々しつこく感じるが、確かにほぼこのまま歌にできそうである。再度アクセスすると、今度は別の歌詞が表示される。出現頻度の高いフレーズをランダムに生成させてそれを繋ぎ合わせて作っているのだろう。日本語は英語ほど語順が問題にされないので、作りやすい。「どちらかというと、恋愛に対して強迫観念や中毒症状が発症してしまった女性アーティスト向けの内容となっております」という作者のコメントには笑える。「イグノーベル賞」に推薦したいものである。

 私のような神経質人間ではJ-POPジェネレータならぬ脳内の不安ジェネレータが不安を自動生成しやすい。考えてみれば究極の不安材料は「死」なのである。それがいろいろな形の不安となって現れてくる。それが対人恐怖になったり不安発作になったり不完全恐怖になったり身体症状として現れたりすることにもなる。神経質人間はよりよく生きたいという「生の欲望」が人一倍強いだけに特に不安を感じやすい。しかしながら死は絶対に避けられないのだから不安をなくそうというのは不可能なのである。不安をなくそうとすることはあきらめて、森田正馬先生が説いているように、今ここで不安はそのままにして行動していく。目的本位に行動しているうちにいつしか不安ジェネレータの働きはおさまっていくものである。

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コメント

「死は絶対に避けられないのだから不安をなくそうというのは不可能」

本当に、死は避けられないからこそ、今ここの生を大事にしましょう、なんですね。

ところで、有象無象の2ちゃんねるですが、そこに「森田療法」のスレッドがありまして、わたくしも、「鼻づまり感全治の記録」を書いてみました。よろしかったら、ご覧くださいませ。

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 森田療法について静かに語ろう、の掲示板、見てみました。
 鼻づまりは苦しいものです。私もアレルギー性鼻炎(スギ・ヒノキ・ハウスダスト)持ちなのでよくわかります。
 しかし、少しでもスッキリしたい、と鼻をかみすぎてもかえって刺激になって鼻汁がかえって出てしまいます。鼻にますます注意が向いてしまう、という精神交互作用も起きることでしょう。
 市販の点鼻薬はリバウンドがあるし、連用するとだんだん効かなくなり(まるで抗不安薬みたいですね)、肥厚性鼻炎の一因にもなります。
 ずいぶん長い年月にわたって苦しまれたのですね。そして、「どうにでもなれ」と鼻をかむのをやめたら嘘のように症状が消失した、というのはまさに「窮して通ず」の御体験だったのだと思います。

四分先生ご覧下さりまことに有難うございます。森田療法を必要とする人々にこちらのブログが益々広まり、「破邪顕正」が進むことを祈ります。
美味しい鰻なども最初にまずいまがいモンを食べてしまうと、一生嫌いになってしまいます。
森田療法についてもインチキ業者や、素人の先輩風などに惑わされないで、四分先生のような本物に出会うのが大事だと思います。

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