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2011年1月10日 (月)

神経質礼賛 624.えせ契約(Bogus Contract)

 毎月、日本精神神経学会の雑誌が送られてくる。なかなか読んでいられないので表紙の目次だけ眺めてそのまま積んでしまう。そうするとどんどんたまってしまうので、時々あいた時間に見て、必要な部分は切りはずして取っておき、後は捨てている。

 精神神経学雑誌2010年の11211号に「最近のうつ病の病型と治療」という特集があって、その中に独協医大越谷病院の井原裕先生が書かれた『うつ病臨床における「えせ契約」(Bogus Contract)について』という論文があった。久々にパンチの効いた論文にお目にかかったという感じである。Bogusという言葉はもともと贋金作りの機械を意味し、かなり強烈な表現である。一臨床医としては大きな拍手を送りたい内容だ。この特集を監修した野村総一郎先生は、この論文を「現在のうつ病臨床が混乱しているのは、診断学や疾患概念などの問題ではなく、医師・患者間の治療契約を巡る深刻な問題すなわちえせ契約に起因するとし、医学界全体の本質的問題であると言う。現代医学を過信する患者、限界を知りつつ誤解を解こうとしない医者の間で治療契約が相互欺瞞と化している。それがうつ病臨床にも色濃く現れている。精神科医はこの構造を理解しつつ、患者に勇気をもって現実に向き合うように促すべきことが強調されている」と総括しておられた。

 近頃、会社に行けないということで外来を訪れる人たちは、診断をつけて薬を出すだけでは解決できない多くの問題を持ち込んでくる。それは職場の人間関係、パワハラ、家族内の問題、経済的問題、など実に多岐にわたる。井原先生の言われるように抗うつ薬に「抗多重債務効果」「抗パワハラ効果」「セクハラ上司撃退効果」「DV夫矯正効果」「暴言妻鎮静効果」があるわけでもないのに、「うつ病は脳の病気であって薬で治る」と抗うつ薬を処方するだけの医師にも問題があるし、病院へ行けばすべてが解決できるという幻想から医療を求める患者(というより利用者)側にも問題があるだろう。両者の相互欺瞞が「えせ契約」というわけだ。「死・病・痛は人生の一部である」「精神医学には限界があり、社会的問題を解決することはできない」ことについて、患者の理解を求め、医師自身がこの事実を受け入れるべきだ、という井原先生の主張はもっともだと思う。

 神経症の場合も、ICD(WHOの診断基準)やDSM(アメリカ精神医学会の診断基準)では不安障害とされ、その人の性格傾向や生活歴などは度外視して、「症状」だけで機械的に診断されるようになった。そして、うつ病と同様に、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れているために起る「脳の病気」であって、抗うつ薬SSRIで治りますよ、という潮流になってきた。しかし、神経症はうつ病以上に薬だけでの解決は難しい。薬理学者は原因をすべて脳内の神経伝達物質とそのレセプターに求めているけれども、精神分析の治療を受けてカタルシスや自己洞察により突然に症状が改善するとか、森田療法を受けていて「頓悟」の状態になって症状が霧散する、といったことはレセプター理論(神話?)では説明がつかないはずだ。神経症や一部のうつ病においては、神経伝達物質のバランスの崩れは原因でなく結果なのではないかとさえ思えてくる。

昨今の薬万能時代もいつかは見直しの時が来るだろう。第一、限られた医療費や医療資源を精神科だけに無尽蔵に費やすことはできない。「症状はあるものとして仕方無しに行動する」という方針で自然治癒力を伸ばしていく森田療法の良さが改めて認められる日が必ず来るものと私は思っている。

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コメント

今回の記事の病院を少しばかり知っておりますので、大変意外な感じがいたしました。たぶん別の先生だったのでしょう。
森田先生もお書きでしたが、お医者さんの仕事に限らず、「○○すべきだ、すべきでない」と声高に叫ぶ方が、実際にそのように行動できるか、とうのは全く別次元のお話のようです。
四分先生に診てもらえる患者さんは幸せだと思います。他の先生を知らないから、「別に普通」(笑)、と思うかもしれませんが。

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 おっしゃる通り、○○すべきだ、と言っても
なかなかそうはできにくいものです。
 私自身、「かくあるべしといふ、なほ
虚偽たり」という言葉を見るたびに反省する
ことしきりです。


 私はまだ読んでいませんが、井原裕先生の
『激励禁忌神話の終焉』という本は話題にな
ったようです。「うつ病は励ましてはいけな
い」というのが金科玉条のようになっていま
すが、必ずしもそうではない、ということを
言っておられるようです。

 私も以前に「うつは休め?」(328話)
という記事で、うつ病治療の「常識」の問題
点を指摘しています。回復段階では、その人
の状態に応じて時には叱咤激励も必要になっ
てきます。身体病のリハビリテーションと同
様です。ましてや昨今の「新型うつ病」と呼
ばれる病態では休んでいるだけではこじらせ
てしまう可能性があります。「休養と怠惰は
似て非なるものなり」の言葉通りです。

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