神経質礼賛 630.小人の過や 必ず文(かざ)る
森田正馬先生は患者さんの指導の際に禅の言葉を引用しておられたことはよく知られているが、必ずしも禅語ばかりではなく、古今東西の名言を用いておられた。論語の中の「子夏曰、小人之過也必文」・・・小人があやまちをすると、必ずつくり飾ってごまかそうとする・・・を引用して冒頭のように書かれた色紙がある。森田先生の言う「小人」とは神経質を生かせていない人間のことだと考えられる。
普段から失敗を人一倍恐れる神経質人間は、失敗した時には自己弁護に走りやすい。その結果、あれこれ言い訳することになる。私自身、過去を振り返ってみると、そうした数々の卑劣な言動が思い出される。森田先生は次のように言っておられる。
二十三歳の大学生の日記に「両手に盆栽を持つて、階段を昇りきらうとする処で、ウツカリ滑つて倒れた。・・・不注意だといつて・たしなめられたが、自分は真面目に・真剣にやつて居るのにと思つて、少々癪に障つた」といふ事があつた。(中略)「シツカリして倒れた」とか、「豫定通りに怪我した」とかいふ事はない筈であるから、「ウツカリ」といふ言ひわけ即ち自己辨護のために徒らに、心づかひするため、自分があぶないものを両手に持つたといふ不真面目には、少しも氣がつかない。斯様な人は、何度でも、過失を重ぬる人達である。 (白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.431)
しっかりしていようが、うっかりしていようが、客観的には、両手に盆栽を持って階段を昇っている途中で倒れて、盆栽を落としてしまった、という事実があるだけである。言い訳するよりも、失敗を心に深く刻んで同じような失敗を二度と繰り返さないように工夫と注意をしていくことの方が大切である。
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