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2011年1月24日 (月)

神経質礼賛 628.不潔恐怖

 今年に入ってから寒気が日本列島をすっぽり覆い、厳寒期が続いている。豪雪地帯は雪かきで大変だろうと思う。ラニーニャ現象の影響なのだそうで、まだまだ同じような気候が続くらしい。この寒さで手の肌荒れがひどい。外科医や内科医ほどではないけれども、仕事柄、手を洗う回数は事務職に比べたら多いし、家では洗い物もするので、なかなか良くならない。寝る前にウレパールローションを塗って、どうにかしのいでいる。

 これだけ寒くても長時間手を洗わなければ気が済まない人たちがいる。強迫神経症の一種・不潔恐怖の患者さんたちである。1回の手洗いが5分や10分はざらにいる。私が経験した患者さんの最長は1回30分という人がいた。そうなると、日常生活に支障が出てくる。石鹸を付けて洗うだけでは気が済まず、薬局で強力な消毒液を買ってきて毎回使う人もいた。まるで手術前の医師のように指先から肘まで洗う。当然皮膚はボロボロである。本人も馬鹿馬鹿しいと思いながらも洗うことが儀式化してしまい、やらないと強い不安に襲われてしまうのだ。洗う回数や順番を決めていて、途中でわからなくなると最初からやり直す人もいる。ここまでくると難治である。

 森田正馬先生(1874-1938)と全く同時代に活躍した作家・泉鏡花(1873-1939)は「高野聖」「婦系図」などの作品を残しているが、数々の奇行があり、それは不潔恐怖の症状によるものだった。菓子はアルコールランプであぶってから食べる、酒は沸騰させてから飲む、煮沸消毒できるように常に鉄瓶で湯を沸かしている、狂犬病を極度に恐れて犬を避ける、といった有様で、重症だったようだ。手洗いがどのようだったかは不明だが、手づかみで食べた物は手でつかんだ部分は捨てていたというから相当なものである。しかし、仕事はきっちりこなし、筆書きの原稿は校正後に自分で大切に保管して、神経質を仕事に生かしていたようである。

 強迫神経症の中でも特に不潔恐怖の人はエネルギッシュである。手洗い・不潔を避けるための労力たるや大変なものである。そのエネルギーを症状でなく仕事に向けていくことができれば、人並み以上に仕事ができるはずだ。

 森田先生が不潔恐怖の人向けに書いた色紙がある。

「毛虫をいやらしく思ふは感情にして 

 之が人に飛ひつかぬことを知るは理智なり

 いやらしからざらんとするは悪智にして

 いやらしきまま之に近よるは良智なり」

 

最後の行は「いやらしきまま必要に応じて、之を除去する工夫をなす、即ち良智なり」と書かれたものもある。毛虫とは不潔や汚染の象徴である。不合理な儀式で不潔にならないようにするのではなく、必要であれば合理的で科学的な方法で清潔になるよう工夫しなさい、というわけなのである。不潔が気になりながらも、不潔を避ける儀式行為は極力ガマンして、他の人と同じように行動していくのが全治への近道である。

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