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2011年2月23日 (水)

神経質礼賛 638.少し光がさしてくる

 いつも通勤途中に歩いて横を通るお寺、華陽院(けよういん)の掲示板が2月になって変わった。

いくら落ち込んでも

ここには少し

光がさしてくる

     榎本栄一

という詩が貼られている。この詩の作者・榎本栄一(1903-1998)は念仏詩人と呼ばれ、仏教に根ざした詩を多数作っている。心の中で仏様と向き合えば落ち込んでいても救われる、ということなのだろう。お寺の掲示板にはピッタリの詩である。

 神経質人間は概して欲張りであり、完全欲が強い。しかも楽をして結果が得られないだろうかとムシのよいことを考えがちである。しかし、何でもそうやすやすと思い通りにうまくいくはずはない。あれもダメ、これもダメと悪いところを見つけては落ち込むことになる。そこでふてくされてやることを投げ出したり逃げてしまったりしたのでは負のスパイラルにはまるだけである。嫌な気持ちはそのままにして、小さいことでもよいから今できることを積み重ねて行動していく。すると少しずつ光がさしてくるように、物事がうまく回り出すのである。

 完全欲は決して悪いことではない。森田正馬先生は「完全欲の強いほどますます偉い人になれる素質である。しかるにこの完全欲の少ないほど、下等の人物である。この完全欲をますます発揮させようというのが、このたびの治療法の最も大切なる眼目である。完全欲を否定し、抑圧し、排斥し、ごまかす必要は少しもない」(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.32)と完全欲を大いに肯定しておられた。

理想が高ければ、目標が高ければ、今の自分はまるでダメなように思える。しかし山登りも一歩一歩の積み重ねだ。高い山を見れば、大変そうだなあ、大丈夫かなあ、とため息が出る。いざ登り始めると、うっそうとした木々に覆われて景色が見通せないところもある。先が見えない不安をかかえながら黙々と少しずつ歩いていくうちに、少し光がさしてやがて視界が開けるようになるものである。私たちの日常生活も同様なのではないだろうか。

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