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2011年3月28日 (月)

神経質礼賛 650.欲望と恐怖の調和

 森田正馬先生は神経症を病気ではないとし、あえて神経質と呼んだ。そして神経質性格を礼賛したことは今までにも何度か書いたとおりである。

 意志薄弱性の氣質の人は、初めから欲望が乏しいから、努力も・煩悶も・強迫観念もなく、只の貧乏の其日暮しといふ風であります。又ヒステリー性は、其の時々の感情にかられて、理智的の反省がないから、思ひ立つまゝに、何かと手を出し、いつも失敗するけれども、稀には成金にもなり、又忽ちに破産もする・とかいふ風になるのであります。

 之等と比べても、最も上等の氣質は神経質で、之は強迫観念や・病的異常に迷ふ間は、敗残者のやうでありますけれども、一度、心機一転して欲望と恐怖が調和し、感情と理智とが、平衡を保つやうになつた時には、初めて上等の人になります。其の実例は私共の方に、幾らでもあります。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.510-511

 神経質という財産を強迫観念・強迫行為や病気探しに無駄遣いしているうちは神経質が生かせず敗残者のようになってしまうが、生の欲望に沿って、神経質を外に向かって発揮していけば、神経質性格が多いに生かせて、自己の存在意義を示し、人からも大いに認められるところとなるのだ。その結果、大成功は少ないにせよ、着実に実績を上げて、森田先生の言われた「上等の人」になるわけである。

 かつての私がそうだったが、対人恐怖の人は人前に出たり話したりするのは死ぬほど恐ろしい。会食恐怖の人は、人と一緒の食事がノドに通らない。不安神経症の人だと、電車に乗るのが怖いし、会議の場が恐ろしいし、美容院や歯医者さんの椅子にじっと座っているのは恐ろしい。心臓がバクバクいって呼吸が苦しくなり、死ぬのではないかと感じる。不潔恐怖の人はささいなことでも不潔になり病気になるのが恐ろしい。不完全恐怖の人は何度確認しても不安で、確認をガマンするのが恐ろしい。恐怖をなくそう、恐怖から逃げようとすればするほど、森田先生の言われた「精神交互作用」という悪循環が起り、ますます恐ろしくなってしまうのである。しかし、どれも日常生活で好むと好まざると誰もがやっていることであり、恐ろしくても決して命を取られることはない。よりよく生きたい・人から好かれたい・成功したい、という生の欲望に背中を押されて、怖いという気持ちはそのままにしておいて、行動していく。それが欲望と恐怖が調和した状態なのである。

2011年3月25日 (金)

神経質礼賛 649.愚者の石

 病院に送られてきた大塚薬報(20113月号No.663)という雑誌に「16-17世紀のネーデルラント絵画に医学を読む」という記事があった。フランス・ハルス・ジュニア(1618-1669)という人の描いた「愚者の石の切除」という絵画が紹介されていた。「愚者の石」を手術で取ろうと手馴れた様子で平然とメスをふるう外科医の帽子には博士号の証書が貼り付けてあるが、これは当時の道化師の帽子なのだそうだ。頭を切開されている患者は苦痛に顔を歪め口を大きく開いて両手を握り締めている。この世の愚かさを象徴的に示した一種の風刺画なのだろうか。同じテーマの絵画は、それ以前に不思議で幻想的な風刺画を多く残したヒエロニムス・ボス(1450?-1516)やピーテル・ブリューゲルも描いている。中世では頭の中の石が大きくなると愚かになると考えられ、実際にそのような手術が行われたという記録も残っているそうだ。

 私たちはこの「愚者の石を切除する」というインチキ治療を中世の迷信だと笑い飛ばすことができるだろうか? えせ契約(Bogus Contract)の問題を以前紹介した(624話)けれども、昨今のうつ病治療も一つ間違えば「愚者の石の切除」と大差ないものになってしまう恐れがある。「うつ病」だということで原因となっている職場や学校や家庭の人間関係の問題・経済的な問題などをすべて持ち込んで解決を求めようとする「患者」さんたち。「エビデンスに基づく治療」ということで、抗うつ薬SSRIを投与し、効果がなければSNRI、さらには非定型抗精神病薬を次々と投入していく医師。この両者の関係はどうだろうか。「愚者の石の切除」を求める「患者」にならぬよう、うまく言いくるめて「治療」しようとするインチキ医者にならぬよう、どちらも自戒していく必要があるように思う。

2011年3月21日 (月)

神経質礼賛 648.震災後のTV放送

 今回の震災発生後、NHK・民放TV局はどこも同じような震災関連のニュースを続けて放送していた。これではあまり役に立たない。最も無意味なのはBS1とBS2で全く同じ内容を流しており、これは完全にムダというものだ。それくらいなら、どちらか停波した方がマシである。チャンネルごとに役割を決めて、最新の震災関連ニュースを流す番組・行方不明者の安否情報を流す番組・今までの震災の様子を整理して流す番組・震災以外のニュースや天気予報を流す番組・交通情報や計画停電に関する情報を流す番組、というように分担して情報を流してくれたら便利だろうに、と思う。自分が必要とする情報を得るのには長時間TVをつけっぱなしにして待たなくてはならないからだ。このような状況で歌舞音曲を自粛するのはわかるけれども、すべて同じような内容の報道番組にしなければならない、というのは強迫観念の「悪智」に等しい。貴重な電力・電波資源を最大限に生かし、それぞれの立場の人々が迅速に必要な情報が得られるようにする、という「ものそのものになる」姿勢が放送各社には必要なのではないかと思う。

 震災後5日目くらいから民放の通常番組も放送され始めた。CMは普段のスポンサーと異なりAC(公共広告機構)の啓発広告を繰り返し流している。挨拶しましょうとか、がん検診を受けましょうとか、いいことを言っているのだが、さすがに同じ広告を何度も見聞きすると疲れてくるし、最後の女声「♪エイー シー」(H→D)という2音がやけに耳に残る。

このところ直接震災を受けなかった地域でも不安心理から食品や日用品を備蓄しようという動きからモノ不足になっている。第一次オイルショックの時のトイレットペーパー・パニックを思い起こす。乾電池、米、カップ麺、トイレットペーパー、テッシュペーパーはどこへ行っても売り切れ、ガソリンも給油量制限で補給できにくい状況になっている。心配だからと皆が買いだめに走れば一層物不足に拍車がかかる。神経症にみられる不安回避行動が一層不安を招く悪循環にも似ている。こういう時には挨拶の啓発よりも買いだめに走らないよう呼びかける広告を流して欲しいものだ。

2011年3月18日 (金)

神経質礼賛 647.計画停電

 東北関東大震災のため発電施設にダメージを受けた東京電力は鉄道や工場などの大口電力使用を制限するとともに電力供給地域をグループ分けして輪番で計画停電を始めた。需用が供給を上回れば発電所がダウンして長期間の停電をきたすことになるので止むを得ない措置である。しかし、被災地まで計画停電の対象としたのはいただけない。多くの負傷者を収容している被災地の病院には大きな負担をかけるし、避難所で生活している被災者の人たちにはさらなる犠牲を強いることになる。また、心理的な悪影響も大きい。批判を浴びてようやく被災地の計画停電を中止するようでは神経質が足りない。

 勤務先の病院も東京電力管内のため、計画停電の影響を受ける。人工呼吸器などの停電で直接生命維持に影響のある機器はないものの、暗い部屋で外来診察を行い手書きで処方箋を書かなければならない。停電によりポンプが止まって建物内の水道が止まるし水洗トイレが使えなくなる。病棟への食事の配膳や下膳もエレベーターが使えないので、人海戦術で運び上げることになる。輪番というのは公平なのかも知れないけれど、日替わりで時間帯が変わるので、食事時間の変更や人員配置の変更をその日ごとに決める必要が出てきて先の予想がつかない。何と言っても東京電力側の発表が遅過ぎるのはとても困る。

 福島原子力発電所では次々と爆発が起き、放射能による人的被害が懸念されている。今まで「原発は絶対に安全。何重にも安全対策が施されている」と国や電力会社は言い続けていたが、現にこういう大事故が発生してしまった。大地震や津波の時に本当に大丈夫かと心配し、ワーストケースデザインをし、災害対策を準備するような神経質人間は東京電力にはいなかったのだろうか。冷却水が漏れて温度が上昇して危険な事態となっていくのに何ら有効な手が打てずに最悪の事故が起きた。チェルノブイリのようにひとたび原子力発電所で大事故が起きれば、何十年先までも被害が続く。故・忌野清志郎さんは「♪原子力は要らねえ、危ねえ、欲しくない」(サマータイム・ブルース)と反原発ソングを歌って警鐘を鳴らしていた。しかし、クリーンで安全・二酸化炭素の排出が少ないといった声に押されて、原子力発電所は増え続け、私たちの危機意識はマヒしてしまった。そしてパンドラの箱を開けてしまったのだ。今回の計画停電で、私たちがいかに電力、そして原子力発電所に依存した生活をしていたかを思い知るところとなった。多少不便であってもなるべく自分たちの体を動かして電力消費を減らし、原子力発電に依存しない社会にギアシフトしていく必要を感じる。

2011年3月14日 (月)

神経質礼賛 646.大附辰夫教授最終講義

 私が最初に卒業した大学の時にお世話になった大附辰夫教授が定年退職を迎えられ、12日に最終講義が行われた。土曜午前の外来診療を終えて新幹線で東京に向かう。地震のために運休していた山手線は動き始めていた。東京駅の山手線ホームには人があふれていたので、中央線で新宿へ行き、乗り換える。今では地下鉄副都心線の駅がキャンパスの真下にできてアクセスが便利になったけれども、昔の通りJR新大久保駅に降りてみる。かつてはなかった韓国料理店や韓国グッズ販売店が立並び、ハングル文字が目に付く。裏通りに入ると、韓国語で話をしている人たちとすれ違う。まるで韓国人居留区のようで驚く。

卒業してからというものキャンパスに足を踏み入れるのは30年ぶりである。かつて小さなグランドやテニスコートがあった所には新しい校舎が建っていて、明治通り側にはTULLY‘S COFFEEが入り、コンパクトな大隈重信像もできていた。しかしながら研究棟は工場群のような印象で変わっていない。良く言えば質実剛健ということになるが、文系のキャンパスとは異なり殺風景である。講義会場では懐かしい顔たちにめぐり合う。私は大附教授が研究室を作られた時の1期生で、同期の12名のうち6名が来ていた。

 昨今は企業人が大学教授に迎えられるということは珍しくないが、大附教授がNEC中央研究所から教授になられた頃はほとんど前例がなかった。教授は大規模集積回路の自動設計理論の大家である。講義ではこれまでの研究の流れを概説され、最後に研究の心構えについて、「研究と言うものは、好奇心を持ち、それに向かってチャレンジしていくものである。それには集中力が必要」と述べておられた。

研究に限らず私たちの日常生活での仕事や家事も、ただ同じ事を繰り返すだけでなく、好奇心を持ち、創意工夫をこらしていくことが重要なのではないだろうか。神経質人間は本来エネルギーも集中力も十分にある。よりよく生きたいという「生の欲望」が人一倍強いのである。それを「症状」のためにムダ使いしていたのではもったいない。悪いところ探しをしてグチをこぼしているヒマがあったら、できる仕事を探して行動していけば、自ずと道は開けてくるものである。

2011年3月13日 (日)

神経質礼賛 645.大災害と精神科薬

 11日の東北関東大震災では大津波が発生して広域にわたり大きな被害が出ている。すでに1200人以上の死者・行方不明者が出ており、町全体が被害を受けたために連絡を取れず安否不明となっている人が1万人を超えているという。電気・水道・電話といったライフラインの復旧のメドは立っていない。道路や鉄道などの交通も大打撃である。そうこうしているうちに福島原子力発電所の放射能漏れ事故も発覚した。今後の影響拡大も懸念される。

 12日土曜日の外来には、旅行の途中で鉄道の不通のため自宅に帰れなくなり、家から持ってきた薬が足りなくなるので処方して欲しい、という人が新患で受診した。躁うつ病で治療を受けていて薬を切らして再発したことが何度かあるという。「全く同じ処方はムリかも知れませんがなるべく近い処方を用意しましょう」と言って「おくすり手帳」を見せてもらって絶句した。薬剤数は全部で20剤ほど。精神科薬だけでも10剤。いわゆるカクテル処方である。聞けば中学生頃から摂食障害やリストカットがあったとのことである。主治医の先生が苦労して薬を調整していかれたのだと思うが、なるべくシンプルな処方にしていかないと、いざという時に困ったことになる。安定した患者さんだとつい同じ処方を続けがちだが、御本人と相談しながらなるべく薬の整理をしていく必要がある。

 今回の大震災で被災した精神疾患の患者さんは相当数にのぼるだろう。避難生活などの不自由な環境のストレスばかりでなく、薬が切れて症状が悪化してしまう心配もある。神経症の人でも普段から多量の抗不安薬や睡眠薬を服用している人が薬を切らすと、退薬症候群をきたし症状のリバウンドが起きる。パニック障害・社交不安障害に多用されるようになったSSRIも薬によってはリバウンドをきたしやすいものがある。いざという場合のためにも神経症の人はなるべく薬に頼らないことが望ましい。

2011年3月11日 (金)

神経質礼賛 644.大学入試問題ネット投稿事件

 京大などの大学入試の際、問題が試験時間中にネット上の質問サイトに投稿された事件が話題になった。民放のニュース番組ではスマートフォンを袖の中に隠して問題を外部の協力者に動画送信してネットに投稿したのではないか、と検証実験が行われていた。NHKニュースでも最新機種では撮影した文書を自動的に読み取ってファイル化できることを紹介していた。ところが、質問サイトに投稿したIPアドレスなどから携帯電話の所有者が割り出され、偽計業務妨害の疑いで予備校生が逮捕されたところ、ごく普通の携帯電話が使われ単独犯であることが判明した。試験時間中に自分一人で投稿していたというのはオドロキである。今の若い人ならば、ブラインドタッチで長い文章でも短時間に打ち込めるのだろう。「ありがとうございました」などとお礼の投稿までしていたのだから余裕である。それにしても、何度かは画面を見なくてはならないのだから、試験監督は気がつきそうなものなのだが何をしていたのだろうか。新聞報道では、試験監督中に高いびきをかいて眠っている教授や「内職」をしている職員がいる、というような指摘があった。全く職務怠慢で神経質が足りない。京大には試験監督体制の不備を批判する意見が寄せられているという。

 逮捕された予備校生は、センター試験の成績が悪かったため、犯行に及んだという。共通一次試験そしてセンター試験は難問奇問を排するとか入試の合理化をするという目的で行われ始めたはずである。今ではセンター試験の成績の比重が高くなって、私大もセンター利用ということになってくると、1回のセンター試験で失敗したらもはや挽回できない。私立大学も推薦・AO入試やセンター利用枠を増やして一般入試枠は狭くなっている。要領のよいマークシート秀才だけが希望する国公立大学ばかりか有名私立大学にも合格できて、じっくり考えて良い発想の答えを出すような学生は排除されてしまう。大学生の質が低下しているのはセンター試験にも一因があるのではないか、文字通り2回(公立大も含めれば計3回)のチャンスがあった昔のⅠ期校・Ⅱ期校制の方が良かったのではないかと個人的には思ってしまう。

 今回の事件は、何でも携帯とネットを利用してすぐに情報を得ようという風潮が強くなっていることを反映しているのではないだろうか。自分の力であれこれ調べて熟慮することをせず、安易にネットを利用して答えを出す。そんな人が増えていくといずれはネットに人間が支配されるようになるのでは、と神経質人間としては心配になる。

2011年3月 7日 (月)

神経質礼賛 643.ハリ治療でうつ病が治る?

 3月1日付読売新聞のコラム「医療ルネサンス」の記事は興味深かった(ネット上の読売新聞のサイトでも見ることができる)。「うつ治療を問う(5)針で回復 診断は本当か」と題するもので、具体的な2症例を紹介し、鍼灸や虫歯治療でよくなる「うつ病」は本当にうつ病なのか?安易な診断と薬物療法の見直しが求められる、と問題提起している。

症例① 5年前に仕事上のストレスから不調になった50代女性会社員。精神科でうつ病と診断され、抗うつ薬・抗不安薬・さらには抗精神病薬を処方されたが良くならないばかりか、3年前から突然に頭が前屈したまま上がらなくなり整形外科で薬の副作用だと言われた。鍼灸院で治療をうけているうちに頭の前屈が治り気分も改善し薬もほとんど不要になって現在は元気に仕事をしている。

症例② 4年前、頭痛・肩こりを契機に不眠・意欲低下となった40代主婦。精神科でうつ病と診断されたが薬が効かず、かえって自殺念慮も出てきた。昨年、虫歯の治療を受けて歯をすべて治したところ、頭痛や肩こりが改善したばかりでなく気分も晴れて精神科の治療が不要になった。

 ①のケースで頭が前屈する姿勢異常は抗精神病薬の副作用の一つで遅発性ジストニアと呼ばれるものである可能性が高い。発生率は低いけれども、一旦なってしまうと治りにくいことがある。アメリカでは統合失調症の治療に使われていた抗精神病薬が気分障害にも使用されるようになり、日本でもSSRIなどの抗うつ薬が無効あるいは効果不十分な場合には使われるようになってきたが、やはり抗うつ薬にはない特有な副作用が出ることもあるので、安易に処方するのは危険である。処方するからには副作用には神経質になった方が良い。鍼灸院の治療で「うつ」が良くなったのは、ハリそのものの効果よりも、鍼灸師と会話しながら時間をかけて治療を受ける安心感が良くしてくれたのではないだろうか。5分診察で薬を出すだけの治療ではそれは望めない。そもそも「うつ病」は薬なしでも休養や環境調整で自然治癒しうるものである。抗うつ薬の最大のライバルはプラセボ(偽薬)だと製薬メーカーの開発担当者が言っているくらいである。

 ②のように虫歯やかみ合わせの問題が頭痛・肩こりの原因になることがしばしばある。この人がそうかどうかはわからないけれども、神経質な性格を持った人の場合はそうしたことを契機に自分の身体に過度に注意が向くようになり、神経症性不眠になったり、二次的にうつ状態になったりすることも考えられる。そうした場合、本格的なうつ病とは異なり精神的エネルギーは十分にあるわけだから、抗うつ薬を投与するだけでは改善しにくいし、場合によっては焦燥感を高めてかえって悪くしてしまうこともあるだろう。現在主流になっているICDやDSMといったアメリカ流の診断基準だとその人の生活背景や性格傾向を無視して表面的な症状だけですべて「うつ病」と診断してしまうので、機械的に抗うつ薬を処方したのではこのようなことも起きうる。

 記事で批判している「安易な診断」がグローバルスタンダードになってしまった以上、もはや変えていくことは困難である。しかし、薬物一辺倒の治療では良くならないばかりかかえって悪くなることもあるということを認識する必要があるし、神経質性格やヒステリー性格の人に伴う「うつ状態」にはそれぞれに見合った精神療法的アプローチがあるのではないだろうかと思う。

2011年3月 4日 (金)

神経質礼賛 642.行動本位

 この言葉も気分本位の対極となる言葉である。前回の目的本位と同様、森田正馬先生が言われたという記録は見当たらない。大原健士郎先生はこの言葉について、「いくら立派なことを考えていても人のものを盗めば盗人である。逆にいくら悪いことを考えていても人助けをすれば立派な人物とみなされる。行動と実績こそ、その人を価値ものである」と解説しておられる。

神経質人間はよく頭でっかちと言われる。頭で考えるばかりで行動が伴わないことがよくある。あれこれ計画を立てても、失敗したらどうしようかとか面倒だなあとか考えて行動を先送りし、ズルズルとやらないままにしがちである。すばらしい計画も実行に移さなければ価値がない。思い切って実行すれば、神経質人間は綿密に計画を立て、もしこうなったらこうしようと準備しているので、思いのほかうまくいくものだ。

私は若い頃、対人緊張に悩んでいた。自分が人からどう思われているかということばかりを気にしていたのである。こんなことを言ったら、こんなことをしたら、相手がどう思うだろうか、変に思わないだろうかと深読みし、一人相撲を取っていたふしがある。緊張しながらも必要だと思われることは発言し、行動していくことが大切である。

また、この言葉は、強迫観念に悩み強迫行為を繰り返してしまうような強迫神経症(強迫性障害)の人には、特に役立つ言葉だと思う。何度も確認行為を繰り返したところで、確認のために無駄なエネルギーを浪費するだけのことである。不潔恐怖の人が必要以上に長時間手を洗い続けるのも同じである。ちょうど自動車のギアをニュートラルに入れたままで一生懸命アクセルを踏んでエンジンを空回りさせているのに似ている。本人なりの理屈があって一生懸命なのだが、結果的には何も行動していないも同然であるばかりか、疲れきってしまう。森田正馬先生の甥で養子となり三島森田病院を創設された森田秀俊先生は、そうした患者さんたちに「理屈はいらない。理屈は君にとって役に立たない」と指導されていた。理屈より現実的な行動である。私は患者さんの日記に「百の理屈より一つの行動」と書いている。強迫行為に費やす無駄なエネルギーを実生活の仕事に向けていけば、人並み以上に仕事ができるのである。

2011年3月 2日 (水)

神経質礼賛 641.目的本位

 目的本位とは、気分にとらわれないで目的達成を重視する生活態度をいう。森田正馬先生の治療を受けた人や雑誌「神経質」の読者が月に一度集まる形外会の記録の中には、森田先生が「目的本位」という言葉を使った記録は見当たらない。前回述べたように「気分本位」の反対は「事実本位」ということになるけれども、いきなり「事実本位」と言われてもわかりにくい。そこで森田先生以降の治療者たちがよく使うようになった言葉だろうと思う。

 例えば、対人恐怖や視線恐怖に悩んで外出したがらない人が用事のためにやむなく出かけたとする。途中でたまたま旧友とバッタリ会って話し込んでしまって用事を足さずに帰ってきてしまった。本人は楽しく過ごせて気分は良いのだが、目的が果たせなかったのでは何もならない。逆に、周囲の人の視線が気になってひどく苦しい思いをしながらも、どうにか目的地に行って用事を足して来ることができたのならば、大いによしである。症状が出たからダメだとガッカリすることはない。神経質人間は途中のプロセスにこだわりがちであるが、用事が足せた、足せなかった、という事実があるだけのことである。

 森田先生は次のように言っておられる。

 我々は、人生の丸木橋を渡るのに、足元を恐れないような無鉄砲の人間になるのが目的でなく、彼岸に至りさえすればよい。座禅や腹式呼吸で、心の動かない、すましこんだ人間になるのが目的ではなく、臨機応変、事に当たって、適応して行く人間になる事が大切である。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.519

 緊張しても症状がつらくても、ビクビクハラハラのままで、何とか目的が果たせればよいのである。別に悟りを開いて超然となれなくたっていいのだ。そして、目的達成を重視して事実を事実として見るようになってくれば、自然といつのまにか緊張も症状もあってなきがごとき状態となっていくのである。

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