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2011年3月18日 (金)

神経質礼賛 647.計画停電

 東北関東大震災のため発電施設にダメージを受けた東京電力は鉄道や工場などの大口電力使用を制限するとともに電力供給地域をグループ分けして輪番で計画停電を始めた。需用が供給を上回れば発電所がダウンして長期間の停電をきたすことになるので止むを得ない措置である。しかし、被災地まで計画停電の対象としたのはいただけない。多くの負傷者を収容している被災地の病院には大きな負担をかけるし、避難所で生活している被災者の人たちにはさらなる犠牲を強いることになる。また、心理的な悪影響も大きい。批判を浴びてようやく被災地の計画停電を中止するようでは神経質が足りない。

 勤務先の病院も東京電力管内のため、計画停電の影響を受ける。人工呼吸器などの停電で直接生命維持に影響のある機器はないものの、暗い部屋で外来診察を行い手書きで処方箋を書かなければならない。停電によりポンプが止まって建物内の水道が止まるし水洗トイレが使えなくなる。病棟への食事の配膳や下膳もエレベーターが使えないので、人海戦術で運び上げることになる。輪番というのは公平なのかも知れないけれど、日替わりで時間帯が変わるので、食事時間の変更や人員配置の変更をその日ごとに決める必要が出てきて先の予想がつかない。何と言っても東京電力側の発表が遅過ぎるのはとても困る。

 福島原子力発電所では次々と爆発が起き、放射能による人的被害が懸念されている。今まで「原発は絶対に安全。何重にも安全対策が施されている」と国や電力会社は言い続けていたが、現にこういう大事故が発生してしまった。大地震や津波の時に本当に大丈夫かと心配し、ワーストケースデザインをし、災害対策を準備するような神経質人間は東京電力にはいなかったのだろうか。冷却水が漏れて温度が上昇して危険な事態となっていくのに何ら有効な手が打てずに最悪の事故が起きた。チェルノブイリのようにひとたび原子力発電所で大事故が起きれば、何十年先までも被害が続く。故・忌野清志郎さんは「♪原子力は要らねえ、危ねえ、欲しくない」(サマータイム・ブルース)と反原発ソングを歌って警鐘を鳴らしていた。しかし、クリーンで安全・二酸化炭素の排出が少ないといった声に押されて、原子力発電所は増え続け、私たちの危機意識はマヒしてしまった。そしてパンドラの箱を開けてしまったのだ。今回の計画停電で、私たちがいかに電力、そして原子力発電所に依存した生活をしていたかを思い知るところとなった。多少不便であってもなるべく自分たちの体を動かして電力消費を減らし、原子力発電に依存しない社会にギアシフトしていく必要を感じる。

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コメント

先生こんにちは。
大変なことになりましたね。
藤枝でも、今日土曜日の朝の私の家の周辺では、
車もほとんど通らず、不気味なムードです。
やはり原発事故の影響があるのだと思います。

先日の大きな地震の震源地は先生の病院に
近かったのではないでしょうか?

こういうときは、とりわけ
先生のようなお医者様の仕事は
なにかと激務が重なるかと拝察いたしますが、
くれぐれもお体を大切になさってください。

私もこういう時こそ「性を尽くす精神」
「神経質精神」を携えて、
日々の行動の指針としたいと思っています。

上の発言keizoでした!
神経質が足りませんね(汗)

keizo様

 コメントいただきありがとうございます。

 直接被災された方々のことを思えば、
計画停電など微々たるものではあります
が、私たちの生活にも影響が出ています
ね。スーパーから乾電池やガスボンベ、
米や麺類などの食品が姿を消しています。
ガソリンスタンドでも給油制限が出てい
ます。先ほどのニュースでは福島県産
牛乳や茨城県産ほうれん草から基準値を
超える放射能が検出されたとのことです。
今日、仕事帰りにスーパーで買ってきた
ほうれん草は茨城県産だったので少々
気にはなりますが、もう、茹でて、おひ
たしにしてしまったし、1回食べてどう
なるというレベルではないので、あえて
食べようと思います(笑)。あまり、あ
わてて大騒ぎをするのもよろしくないか
と。

 先日の地震の時は当直中でした。計画
停電の予定だったのが回避されてやれやれ
と思っていたところに地震がきました。
本棚の本が飛び出して落ちてきたり、資
料室の森田家関連の額に入れてあった写
真が落下してガラスが割れました。人的
被害はゼロで安心しました。震源地から
して富士山噴火の前兆ではないか、と心
配する人もいますね。

 浜岡の原子力発電所も気がかりです。
今まで小さな事故はあっても「大丈夫」
で押し通しているのですが、砂上の楼閣
だけに危なっかしいです。

 まさに諸行無常の世の中ですが、おっ
しゃるように生かしてもらっている間は、
「性(しょう)を尽くす」だと思います。

 

パニック障害が森田的考えで良くなっていたのに、帰宅難民になり余震や原発でおかしくなってきました。

不安なままに、やることをやる。
今の状況はどうにもならないから、それしかないと思い、夕飯の買い物にいきました。水菜、茨城産でした(笑)でも美味しくいただきました。
今までの生活のありがたみが本当によくわかる出来事でした。

来週からは、余震や原発に怯えながら都内に出勤です。
発作が起きそうで怖いですが、こちらのサイトをみて、もう一度、森田の書籍を読み直します。

アッシュ様

 コメントいただきありがとうございます。

 私の知人たちも、帰宅困難者になってしまい、2時間歩いて帰れたとか、4時間かけてどうにか家にたどりついた、というような話をしていました。まだまだ列車の運行が不規則で、不測の停電もあり得るのが心配ですね。パニック障害(不安神経症)の方ですと人一倍苦しいことと思います。

 しかしながら、地震で瓦礫に埋もれたり津波に飲み込まれて痛みや苦しさの中で亡くなっていかれた方々のことを思えばパニック発作で死ぬことはないのだから幸せだ、というのも一つの考え方だろうと思います。

 不安なまま仕方なしに行動するということを実践された上で、森田先生の本を読み直してみると、非常に理解が深まることでしょう。私も全集を何度か読み直していますが、そのたびに新たな発見があります。

 

先生、ありがとうございます。
この日本の混乱のなかで、この一週間、自分の気分本位で行動してしまっていました。

先生のブログを見つけることができて良かったです。本当に今の私にはありがたかったです。
今、この不安な日本の中、大切なのは森田的考えですね。これからも拝見させていただきます。

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