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2011年3月25日 (金)

神経質礼賛 649.愚者の石

 病院に送られてきた大塚薬報(20113月号No.663)という雑誌に「16-17世紀のネーデルラント絵画に医学を読む」という記事があった。フランス・ハルス・ジュニア(1618-1669)という人の描いた「愚者の石の切除」という絵画が紹介されていた。「愚者の石」を手術で取ろうと手馴れた様子で平然とメスをふるう外科医の帽子には博士号の証書が貼り付けてあるが、これは当時の道化師の帽子なのだそうだ。頭を切開されている患者は苦痛に顔を歪め口を大きく開いて両手を握り締めている。この世の愚かさを象徴的に示した一種の風刺画なのだろうか。同じテーマの絵画は、それ以前に不思議で幻想的な風刺画を多く残したヒエロニムス・ボス(1450?-1516)やピーテル・ブリューゲルも描いている。中世では頭の中の石が大きくなると愚かになると考えられ、実際にそのような手術が行われたという記録も残っているそうだ。

 私たちはこの「愚者の石を切除する」というインチキ治療を中世の迷信だと笑い飛ばすことができるだろうか? えせ契約(Bogus Contract)の問題を以前紹介した(624話)けれども、昨今のうつ病治療も一つ間違えば「愚者の石の切除」と大差ないものになってしまう恐れがある。「うつ病」だということで原因となっている職場や学校や家庭の人間関係の問題・経済的な問題などをすべて持ち込んで解決を求めようとする「患者」さんたち。「エビデンスに基づく治療」ということで、抗うつ薬SSRIを投与し、効果がなければSNRI、さらには非定型抗精神病薬を次々と投入していく医師。この両者の関係はどうだろうか。「愚者の石の切除」を求める「患者」にならぬよう、うまく言いくるめて「治療」しようとするインチキ医者にならぬよう、どちらも自戒していく必要があるように思う。

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コメント

とても興味深いお話です。

自分の経験上、このような関係は全ての医療に言えるのかもしれません。

特に歯科医療は美容外科とも関係あったりするので怖いと思いました。

その治療が本当に必要なものかどうか判断し、決断する患者側にも責任があります。

お互いが被害者、加害者にならぬようにと思います。


こんばんは。
プラセボ効果が否定できない、現代の抗うつ剤投与も、後に風刺される時代が来るのかもしれませんね。

もしそうだとしても、元気を取り戻したくて藁にもすがる思いで薬を飲む患者と、その期待に応えるべく現在最も有効とされる治療をしてくださる医師に対して、その気持ちを茶化すことはできませんが。。。。

schin様

 意を酌んでいただきありがとうございます。医療行為には常に効果だけでなく副作用や予期しない障害をきたすリスクもあります。もちろん医療を行う側はリスクを最小になるよう注意をはらっていく義務がありますけれど、医療にかかる側もよく調べて自己防衛していくのが望ましいように思います。

森八様

コメントいただきありがとうございます。

 そうですね。お互い、良くなろう、良くしよう、として一生懸命にやっているわけですね。

 こと神経症に関しては「症状を良くしよう」が「はからいごと」となって深みにはまっていくこともあります。そうした場合、「症状」は「まあこんなもの」と受け流し、健康的な部分を伸ばしていく森田的アプローチが有効なこともあるかと思います。
 また、うつ病の診断が極めて広くなった現在、医療に解決を求めるよりも職場や家庭の環境調整が重要である場合も少なくないように思います。

「愚者の石」のお話とても楽しかったです。「賢者の石入荷!」なんて広告も出てきそうですね。現代でも人の弱みや引け目に付け込む汚い商売は後を絶ちません。「勉強不要で複数の外国語が楽にしゃべれるようになる」なんてのも目にします。買う方も甘いですけど、消費者庁の仕事ぶりは後手後手です。
不快事に出くわし、いやな気分になると、すぐこちらのブログを思い出します。とてもあり難い駆け込み寺です。
森田先生はおっかなかったそう(?)ですが、四分先生は、怖くないですから、ありがたいです。

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。そういえばハリー・ポッターに賢者の石は出てきましたね。賢者の石の方は中世の錬金術師たちが必死になって探し回っていたようです。

 森田正馬先生はなかなか厳しかった(その反面、茶目っ気もあった)ようです。入院しても逃げ回っている患者さんもいましたが、叱られても先生にくっついていた人たちは治るだけでなく社会で大出世していきました。森田先生自身、次のように言っておられます。

 先生が恐ろしいのは、勉強が苦しいように、当然の事であって、もし、それが友人や路傍の人のようであっては、ここへ入院しても、なんの効もないのである。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.409)

 森田先生に喝を入れられたら恐怖突入せざるをえなかったでしょうね(笑)。

今回も興味深く読ませていただきました。保険請求に携わる仕事柄、素人でありながら、中途半端な診療の知識を持ってしまっています。

精神科ではたくさんの薬を処方されているかたも多くみられますね。
私自身、パニック障害になったとき、パキシルとソラナックスを処方されました。不安感を訴えるほど、薬が増やされる傾向を感じました。私が求めていたのは薬ではなく、自分の今の状態がどのような原因で起きたのか、心をどのように持っていけばいいのかでした。ただ吐き気と薬への抵抗感で服用できず、漢方薬のみ処方していただきました。
そんなときに本屋で森田療法の書籍にあいました。目の前が晴れたような気持ちになりました。私のように、森田先生の考え方を理解する事で回復のきっかけとなる患者はたくさんいると思います。

もっとカウンセリングを保険対象として精神療法の保険点数を高くして、薬になるべくたよらず治療ができる環境が出来れば、根本的な心の治療が可能なのではとおもいます。

アッシュ様

 コメントいただきありがとうございます。

 不安感は心の置き所が変わるだけで軽くもなり重くもなるものです。よく喩えにあるように、丸木橋を渡る時に足元だけを見ていたらますます怖くなってしまいます。対岸を見ながら、足元はチラチラ見る程度にしていけばうまく渡れます。おっしゃるように、まず薬というより、現在どのような状態なのかという説明と、どう対処していったらよいかという適切なアドバイスが必要だろうと思います。初診でいきなり5-6剤を処方する駅前クリニックの話を外来患者さんから聞くことがありますが、これでは精神科医療に対する不信感が強まってしまうのではと心配になります。

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