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2011年3月 2日 (水)

神経質礼賛 641.目的本位

 目的本位とは、気分にとらわれないで目的達成を重視する生活態度をいう。森田正馬先生の治療を受けた人や雑誌「神経質」の読者が月に一度集まる形外会の記録の中には、森田先生が「目的本位」という言葉を使った記録は見当たらない。前回述べたように「気分本位」の反対は「事実本位」ということになるけれども、いきなり「事実本位」と言われてもわかりにくい。そこで森田先生以降の治療者たちがよく使うようになった言葉だろうと思う。

 例えば、対人恐怖や視線恐怖に悩んで外出したがらない人が用事のためにやむなく出かけたとする。途中でたまたま旧友とバッタリ会って話し込んでしまって用事を足さずに帰ってきてしまった。本人は楽しく過ごせて気分は良いのだが、目的が果たせなかったのでは何もならない。逆に、周囲の人の視線が気になってひどく苦しい思いをしながらも、どうにか目的地に行って用事を足して来ることができたのならば、大いによしである。症状が出たからダメだとガッカリすることはない。神経質人間は途中のプロセスにこだわりがちであるが、用事が足せた、足せなかった、という事実があるだけのことである。

 森田先生は次のように言っておられる。

 我々は、人生の丸木橋を渡るのに、足元を恐れないような無鉄砲の人間になるのが目的でなく、彼岸に至りさえすればよい。座禅や腹式呼吸で、心の動かない、すましこんだ人間になるのが目的ではなく、臨機応変、事に当たって、適応して行く人間になる事が大切である。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.519

 緊張しても症状がつらくても、ビクビクハラハラのままで、何とか目的が果たせればよいのである。別に悟りを開いて超然となれなくたっていいのだ。そして、目的達成を重視して事実を事実として見るようになってくれば、自然といつのまにか緊張も症状もあってなきがごとき状態となっていくのである。

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