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2011年3月14日 (月)

神経質礼賛 646.大附辰夫教授最終講義

 私が最初に卒業した大学の時にお世話になった大附辰夫教授が定年退職を迎えられ、12日に最終講義が行われた。土曜午前の外来診療を終えて新幹線で東京に向かう。地震のために運休していた山手線は動き始めていた。東京駅の山手線ホームには人があふれていたので、中央線で新宿へ行き、乗り換える。今では地下鉄副都心線の駅がキャンパスの真下にできてアクセスが便利になったけれども、昔の通りJR新大久保駅に降りてみる。かつてはなかった韓国料理店や韓国グッズ販売店が立並び、ハングル文字が目に付く。裏通りに入ると、韓国語で話をしている人たちとすれ違う。まるで韓国人居留区のようで驚く。

卒業してからというものキャンパスに足を踏み入れるのは30年ぶりである。かつて小さなグランドやテニスコートがあった所には新しい校舎が建っていて、明治通り側にはTULLY‘S COFFEEが入り、コンパクトな大隈重信像もできていた。しかしながら研究棟は工場群のような印象で変わっていない。良く言えば質実剛健ということになるが、文系のキャンパスとは異なり殺風景である。講義会場では懐かしい顔たちにめぐり合う。私は大附教授が研究室を作られた時の1期生で、同期の12名のうち6名が来ていた。

 昨今は企業人が大学教授に迎えられるということは珍しくないが、大附教授がNEC中央研究所から教授になられた頃はほとんど前例がなかった。教授は大規模集積回路の自動設計理論の大家である。講義ではこれまでの研究の流れを概説され、最後に研究の心構えについて、「研究と言うものは、好奇心を持ち、それに向かってチャレンジしていくものである。それには集中力が必要」と述べておられた。

研究に限らず私たちの日常生活での仕事や家事も、ただ同じ事を繰り返すだけでなく、好奇心を持ち、創意工夫をこらしていくことが重要なのではないだろうか。神経質人間は本来エネルギーも集中力も十分にある。よりよく生きたいという「生の欲望」が人一倍強いのである。それを「症状」のためにムダ使いしていたのではもったいない。悪いところ探しをしてグチをこぼしているヒマがあったら、できる仕事を探して行動していけば、自ずと道は開けてくるものである。

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