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2011年7月29日 (金)

神経質礼賛 690.道は近きにあり

 森田正馬先生の時代には神経症(不安障害)は神経衰弱と呼ばれ、治りにくい病気として恐れられていた。そして、種々のインチキ療法や新興宗教による治療が隆盛をきわめていた。森田先生は患者さんたちの前で次のように言っておられる。

 しかるに僕の神経質療法は、「病ではない」とか、「治らぬと覚悟せよ」とか、「不眠など、どうでもよい。眠るに及ばない」とかいう事になると、普通の患者はたいてい逃げてしまう。しかし神経質の患者を、いたずらに患者の心持に迎合し、気休めのような事をすれば、一時はその症状がよくなるにしても、その根治は決して望まれない。

 真理は平凡である。「道は近きにあり」で、決して奇抜でもなければ、僥倖にあこがれるというわけには行かない。これを理解する人の少ないのも無理のない事である。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.721

 症状を何とかなくしたい、この症状さえなければ自分は何でもできるのに、という思いが神経症の人には強い。しかし、症状をなくそうとする「はからいごと」自体が自分の心身に注意を向けて、感覚が鋭敏になり、ますます症状を強めたり、新たな症状を作り出したりしてしまう。つまり森田正馬先生が「精神交互作用」と呼ばれた悪循環に陥ってしまうのである。症状は仕方なし、相手にしないという方針で、目の前の仕事に取り組む、仕事がなければやるべきことを探して行動していく、ということを続けていけば、神経症の症状はいつしか忘れているものなのである。道は近きにあり、日常の生活の中にカギがあるのだ。症状でつらい時に、「ここが勝負どころ」とふんばり、そして一歩前進でよいから行動していくことが大切である。

2011年7月25日 (月)

神経質礼賛 689.神経質人間・出光佐三

 以前から出光佐三の伝記を読みたいと思っていた。江戸時代の禅僧・仙厓の画を見に出光美術館に行った際(150話・238話)、出光興産の創業者・出光佐三(1885-1981)が社内に自分の肖像写真の代わりに厓の「堪忍柳画賛」の写しを掲げさせたというエピソードを知って、彼も神経質人間ではなかろうか、と思っていたからである。

 市立図書館の検索システムで調べると、最寄の分室で読めるものが2冊あった。ひとつは日本経済新聞社から出ている『私の履歴書』である。経済人関係は全38巻でその第1巻に出光佐三が載っていた。佐三自身の言葉を抜き出すと、「体が弱いし神経衰弱だから第一に仕事を怠ける、短気になる。何とか克服していこうと病と戦ってきた。これが私の一生を貫く大きな原動力となった」とあり、反省心とともに発展向上欲が強い神経質性格であることをうかがわせる。「日本の石油王」とか「今様・紀伊国屋文左衛門」とか呼ばれ、次々と思い切ったことをしてきたイメージがある佐三だが、「何かをやるにしても考えて考えて考え抜く。それが私の一生である」という言葉のように、実際には慎重に熟慮に熟慮を重ねた上での行動だったのである。

 もう1冊は水木楊著『難にありて人を切らず 快商・出光佐三の生涯』(PHP研究所)という本で、これは借りて来て家で読んだ。佐三が幼少の頃は病弱で医者通いが多く、夜は悪夢にうなされ、神経症があったと思われる。高等小学校2年の時に眼を傷つけて視力障害が残り、読書が困難となったという。眼のハンディを乗り越えて、福岡商業に進学したが、士族と平民を差別する学校側のやり方には強く反発した。さらに神戸高商(現在の神戸大学)へと進学し、水島也(てつや)校長の薫陶を受け、「カネの奴隷になるな。士魂商才をもって事業を営むように」という教えを実践していくことになる。反骨精神が旺盛で、官僚を嫌い、戦時中は軍部にも堂々と楯突いた。終戦直後、「この戦争で本当の意味で負けたのはアメリカだ。それは原爆を落としたからだ。アメリカはその国是である正義と人道主義を自ら放棄した」と語ったという。GHQとも渡り合った。著者は佐三の内面について「出光の中にあるものは、生への強い執着心に現れる旺盛なエネルギーと気性の激しさである。怒り出したら、手のつけられないほどになる。だが、その激しさを律しようとするストイックな自制心も一方にある」と評している。精神的エネルギーが大きく、躁的にも見えるが、実は神経質人間だったのである。そして仙は彼の心の支えになっていた。「外部の圧迫を受けるたびに、仙和尚の書画を見た。世俗にこびざる名僧の教えを受け、ひるむ心に鞭を打ちつつ家を出た」とのちに回想している。大胆不敵な一匹狼のように見えながら、内心では恐怖と闘っていたのだ。

出勤簿なし・定年なし・労働組合なし・大家族的な独自の経営理念は「出光教」とも揶揄されたが、「人の性(しょう)を尽くす」そのものだった。神経質を見事に生かしきった生涯だったと言えるだろう。

2011年7月22日 (金)

神経質礼賛 688.台風対策

 18日は朝からサッカーなでしこジャパン優勝のニュースで沸き立っていた。ほとんど勝ち目のない強敵にあきらめず食い下がり、劇的な勝利を収めたのは感動的だった。ニュース番組はもっぱらその話題でもちきりだったが、心配性の私が注目していたのは大型の台風6号の動きだった。日本列島近くで急に直角に曲がって東向きにコースを変え、四国から東海地方を直撃するようなコース予想が出ていた。動きも時速15kmと遅い。これはまずい。19日は当直勤務。20日の夕方に帰宅して、21日は東京で5年に1回の精神保健指定医更新のための講習会にどうしても参加しなくてはいけない。20日に鉄道がストップして帰宅できなかった場合、駅近くのビジネスホテルに泊まることを考えて、着替えは2日分持つことにし、傘も大きく丈夫なものを持って家を出た。そして講習会にそのまま行けるように手続書類も持った。

 結果的には台風の動きが遅く、当初の予測よりもさらに南側を東進していったため、20日の電車は通常運転。夕方はたまたま雨間で傘はささずに手に持ったままで帰宅できた。21日の新幹線も平常ダイヤで動いていた。結果的には対策は不要だったわけだが、いつもそうなるとは限らない。最悪のケースを考えて準備しておかないと取り返しがつかないことにもなる。その典型が今回の原発事故である。

 昨日21日の朝、品川駅で新幹線を降りてびっくりした。気温は20度を切っていて、風もあって、体感的には寒く感じる。7月下旬とは思えない。私は仕事の時には夏でも長袖ワイシャツの袖を捲り上げて着ているので、捲り上げた袖を戻して寒さを凌ぐことができた。冷房が強すぎる電車に乗った場合に備えてなのだが、これが役立った。神経質人間が得意の、備えあれば憂い無しである。

2011年7月18日 (月)

神経質礼賛 687.約款

 私が加入している生命保険は10年毎に契約更新することになっている。今回が最後の契約更新である。今まで死亡時保障を4000万円にしていたが、同じ条件だと年齢の関係で保険料が非常に高くなってしまう。もう、そういう歳なのか、とも思う。死亡時保障を1500万円に下げて契約更新することにした。保険会社から「特約更新のしおり」つまり約款が送られてきた。しおり、という名前に不似合いな電話帳のような冊子である。552頁もある。パラパラ見たが、これを全文読む元気はない。もっと薄い自動車保険の約款も正直言ってきちんと読んだことがない。いざという時のためにはしっかり読むべきなのだが、必要な時に読めばいいや、という風である。一応、約款の類はまとめて保管してはある。

 以前、外来で担当していた患者さんに約款神経症とでもいう人がいた。強迫神経症で不完全恐怖があって、確認行為が目立つ人だった。保険の約款を全部読み、少しでも疑問点があると何度でも保険会社に電話しては確かめなくては気が済まない。その時は納得しても、しばらくすると心配になってまた電話で確認する。電話代はかさむし日常生活にも支障をきたす。

 私の場合、約款に関してはちょっといい加減で困るが、この人のように頭の中が約款だらけになっても困る。一番良いのは、一通り読んで大体のところは理解しておき、何か問題が起きた時にはすぐに該当部分を確認できるようにしておく、といったところだろう。神経質人間は局所完全主義に陥りやすい。「過ぎたるは及ばざるが如し」である。かといって、いい加減ではなく、程良い加減がベストだ。

2011年7月15日 (金)

神経質礼賛 686.ゴーヤ

 病院で森田療法の患者さんたちが「緑のカーテン」として植えてくれたゴーヤ(ニガウリ)が立派に成長した。建物の西側に植えたものはフェンスの網伝いに蔓を伸ばして葉を広げ、診察室に差し込む西日を和らげてくれている。建物の東側・玄関近くに植えたものは待合室からガラス越しに見ると緑が涼しげであり、もう大きな実を付けている。冷房電力節約の強い味方であるばかりか見て美しく実も食べられるので一石三鳥である。

 かつては沖縄と九州だけで栽培され、その地方だけで食べられていたゴーヤだが、最近では栽培される地域が広がり、各地のスーパーや八百屋さんの店頭でも見かけるようになった。今年は緑のカーテンとして学校で栽培するところも出て、ゴーヤの種と苗木は早くから売り切れたという話もある。

 今からかれこれ20年近く前、初めて那覇の八百屋でゴーヤを買った時には、今のようにインターネット情報がない時代だったから、おっかなびっくりだった。まず縦に切って、中央の種と綿を除去し、うす切りして水にさらした。一部は鰹節をかけておひたしとして、残りは肉と一緒に炒めて食べた。おひたしとして食べるのは九州でよく行われているらしい。おひたしも炒め物も苦味が強いけれども、いかにも食欲が出て元気が出る感じがした。ゴーヤはビタミンCやミネラル分を多く含み、夏バテ防止に良いとされている。最近では苦味成分モモルデシンの効用が話題になっている。さらに沖縄料理の有名なゴーヤチャンプルーともなれば、豚肉と豆腐(沖縄独特の固い豆腐)が加わるので栄養面から見て完璧なスタミナ料理となる。

 沖縄の食文化は、きびしい暑さを乗り切るための先人たちの知恵にあふれている。暑いから温度を下げよう、ではなく、暑い中でも上手に栄養補給して健康的に動けるようにしようというわけである。症状を相手にせず健康的に行動していく森田療法と同様、自然の理にかなった方法と言えるだろう。

2011年7月11日 (月)

神経質礼賛 685.とりあえず動いてみる

 今年は梅雨明けが早かった。いよいよ長い夏の始まりである。珍しく、昨日の日曜日は何も予定が入っていなかった。午前中に洗濯して家の中を一通り掃除機がけする。室温は30℃を超えた程度ながら湿度が70%あって、蒸し暑い。水分は摂っているけれど発汗で追いつかない感じだ。昼食を食べた後、さあ、どうしよう、このところサボっていた浴室の天井・壁のカビ落としをしなくてはなあ、と思いつつ、頭はボーとするし、体を動かすのも億劫である。おっと、これはいけない。以前、「夏バテ」(95話)という記事で引用した森田正馬先生の言葉を思い出す。

 夏は暑さのために身体は弛緩し、そればかりでも疲労を感ずる。「夏まけ」といって特に神経質のものは、多く暑さのために身体の衰弱するものがある。それは暑さのためにヘコタレて、徒(いたずら)に苦痛を回避し、身体を惰弱にするために起こる事が多い。                   (白揚社:森田正馬全集第5巻、p.603

 とりあえず体を動かしてみる。完全でなくてもよい、やらないよりはマシという程度でよい、と浴室のカビ落としに手を出していく。よく見れば浴室の照明器具にも黒カビが付いている。照明器具の覆いをはずして洗剤で洗って乾かす。とりあえず動いてみたのが、暑いのを忘れて、あれこれやり始める。家の前に水を撒いて、夕食の食材を買いに歩いて出かける。神経質人間はつい仕事の労力を頭の中で計算して、めんどうだなあと考えると動きが止まりがちである。しかし、とりあえず動いてみれば、また気付くこともあって、次々と仕事ができるものである。こうなれば動き始めた自転車と同じで、動くことがとりたてて苦にはならない。やる気がしない、そんな時にはとりあえず動いてみるのがコツである。

2011年7月 8日 (金)

神経質礼賛 684.SSRI誘発性恐怖過少症

 元は他の先生が担当していて、最近私の外来担当日に来るようになった男性患者さん。診察室に入ってもポテトチップの袋を持ち、食べながら話す。へらへら笑いながら話す口調が耳につく。カルテを見ると、不安・緊張が主訴とあり、SSRIが処方されている。「私的にはー、薬を増やした方がいいと思うんだけどー、先生的にはどうですかー?」と薬の増量を希望する。現在症状はおさまっているのだし、薬を増やせば副作用や問題点も出てくる、という説明をして、薬は増やさず同じ処方に留めておいた。

 最近、杏林大学の田島治先生が書かれた「不安の進化精神医学」(臨床精神医学Vol.40No.6p.823-8302011)という論文の中に、SSRI誘発性恐怖過少症についての記述がある。田島先生は以前からSSRIの光の部分だけでなく影の部分についても論じて警鐘を鳴らされている。この論文では田島先生の自験例3例が提示されている。いずれも社交不安障害の診断でフルボキサミン(商品名ルボックスまたはデプロメール)150mg-200mgの投与が著効し、症状が全くなくなった。ところが、それぞれ、狭い道でもスピードを出したまま車を運転して車を傷つける、趣味で始めた居合いで真剣を使って周囲を驚かせる、包丁の使い方が乱暴になって指を切りそうになる、といった過度の恐怖感の低下が出現し、SSRIを減量したところ、これらの問題は改善したとのことである。田島先生はSSRIの作用で過度の不安恐怖の低下、無頓着とだらしなさ、脱抑制的な気分の高揚、衝動性と攻撃性などが出現する可能性があることを本人・家族に告知しておられるそうである。そもそも不安や恐怖感は私たちが安全に生きていくために必要なことなのである。

昨今では製薬会社の宣伝が行き届いて、不安障害イコールSSRI投与という(製薬会社にとっての)黄金公式がすっかり定着している。安心して処方できる薬ということで内科の先生方もSSRIを積極的に処方されるようになった。SSRIの処方が増えるにつれて、今後SSRI誘発性恐怖過少症は大きな問題となってくることが予想される。

 うつ病ならばともかく、軽度から中等度の不安障害(神経症)に対するSSRIの処方には私は慎重である。5年以上前、当ブログ開始当初から安易なSSRI処方を批判する記事(20話:葛根湯医者vsSSRI医者)を書いてきた。薬は本人に利益をもたらすばかりでなく、本人や周囲の人々に大きな不利益をもたらすこともありうる。神経症の場合、薬で症状はラクになっても、神経質性格の良さをもなくしてしまう点に注意が必要である。

2011年7月 6日 (水)

神経質礼賛 683.七夕の願い

 院内の各病棟を回っていると七夕飾りがある。足を止めて短冊を見る。「天の川」と書いたものもあるが、大半は願いを書いたものだ。「病気が治りますように」「退院できますように」が多い。「結婚したい」「チョコレート食べたい」「宝くじがあたりますように」といったものもある。

 日本では精神科病院の入院患者さんの約6割が統合失調症であり、私が勤務している病院も同様である。統合失調症の治療薬が進歩し、精神病に関する知識が広く知られるようになって早い段階で受診するようになり、今では入院せずに外来治療だけでよくなる人が多くなった。入院したとしても2ヶ月程度で症状がなくなって退院できる人が多い。デイケアによるバックアップ体制も整ってきた。とはいえ、新しく開発された薬剤をいろいろ使っても、幻覚や妄想などの症状がおさまらない患者さんもいる。そして、入院が長期にわたり、親が亡くなり帰る家がなくなってしまったという人もいる。やはり、病気が治ってほしい、退院して家に帰りたい、というのは患者さんたちにとって切実な願いである。

 

 大原健士郎教授が在任中の浜松医大精神科神経科病棟では、七夕の会が行われていた。会のプログラムを決めて中心になって行うのは森田療法を受けている患者さんたちだった。皆が楽しめるように知恵を絞り、会が盛り上がるように創意工夫をこらしていた。もちろん七夕飾りもあって、多くの短冊が飾られていた。教授回診の時に、大原先生は少し年配の森田療法の患者さんに「君は短冊には何て書いたんだね」と質問された。「健康になれますようにと書きました」と言うと、「何のために健康になりたいんだね」とさらに突っ込んで尋ねられた。「健康でありたいとは誰もが願うことだよ。しかし、ただやみくもに健康であろうとするだけでは意味がない。目的意識を持って生きていくことが大切なんだよ」と話しておられた。

 

 無病息災にこしたことはないけれども、いくら気をつけていても病気になってしまうこともある。そして加齢による障害もあれこれ出てくるのは避けられないことである。それでも目的本位の生活をしていれば、生きがいのある人生を送ることができる。己の性(しょう)を尽くす、ということを大原先生は教えておられたのだと思う。

2011年7月 4日 (月)

神経質礼賛 682.自罰性と他罰性

 毎日新聞夕刊に編集委員の近藤勝重さんが書いている「しあわせのトンボ」というコラムがある。7月1日の記事はタイプ別人物評と題したもので、近藤さんの分類が書かれていた。

Aタイプ:自分に厳しく、人にも厳しい

Bタイプ:自分に厳しく、人には優しい

Cタイプ:自分に優しく、人にも優しい

Dタイプ:自分に優しく、人には厳しい

 そして、Aタイプ以外はすぐに実例が頭に浮かぶという。

 

 私も以前から同じような尺度で性格をタイプ別している。「紫式部は神経質」(414話)という記事で書いたように、神経質は自分に厳しく人にも厳しい。歴史上の神経質人間として挙げてきた、徳川家康、松下幸之助にしても同様である。近藤さんの分類ではAタイプにあたるだろう。Bタイプは古典的なうつ病になりやすいメランコリー親和型の性格である。真面目で責任感が強く、面倒見もよいが、何でも自分で抱え込んで無理をしてうつ病に陥りやすいのである。Cタイプは能天気というか天然というか、お人好しで人には好かれるが、人に騙されやすいきらいはあるだろう。近藤さんは例として「男はつらいよ」の寅さんや「釣りバカ日誌」のハマちゃんを挙げている。Dタイプは自己愛性人格や演技性人格(いわゆるヒステリー性格)が代表的だと思う。最近の日本の政治家たちの多くはこのタイプのような気もする。

 

 神経質は批判精神が旺盛だが、それは他人に対してだけでなく、自分にも向く。これが強い劣等感となる。しかし、自分はダメだと慢心することなく努力を積み重ねることで劣等感が生かせるのだ。森田正馬先生は次のように言っておられる。

 

 「自分は頭が悪い、読書が少しもできぬ」と苦しむ人が、学校成績は一番になったりする事もあるように、およそ神経質は、何事につけても、いわゆる劣等感で、自分の悪い方面ばかりを考えるものであるから、事実においては、神経質は常に善良優秀なる人であるべきである。これがすなわち我々が、神経質に生まれたという事を感謝すべき事柄であります。これに反して、ヒステリーとか・意志薄弱性素質とかの人は、常に自分のよい面ばかりを考えて、独り得意になっているから、丁度神経質と反対になります。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.433

 

 薬の力で神経質の不安や劣等感がなくなったとしたら、先ほどのAタイプだったものがDタイプの困った人々と化してしまう可能性がある。やはり小心翌々の神経質のままがよい。

2011年7月 1日 (金)

神経質礼賛 681.クール・ビズ

 6月下旬から早くも35℃以上の猛暑日が登場している。朝夕、駅で通勤客を見ていると、ネクタイなし、半袖姿の人が例年より増えているように思う。ワイシャツではなくポロシャツ姿のサラリーマンも見かける。いわゆるクール・ビズというものだろう。

 医療業界ではなかなかクール・ビズというわけにもいかない。6月中は冷房使用禁止令が出ていたので、外来診療はガマン大会だった。さすがにネクタイはしないが、ワイシャツの上に白衣を着ると、暑さがキビシイ。昔の綿100%の白衣は夏場がラクだった。最近の白衣はポリエステルが多く、シワになりにくい反面、風通しが悪い。外来診察室は入口を閉めているので風が通らない。せめて扇風機があればなあ。仕事帰りに駅から自宅まで歩く10分間もアスファルトの路面からの照り返しが強烈なので、とても長く感じる。ムンクの絵画「叫び」の心境である。大量の汗をかいて、帰宅してから体重計に乗ると1kg以上減っている。7月からは冷房使用可となるので、明日の外来担当日からは何とかなりそうである。製薬会社の営業担当者さんたちは相変わらずネクタイ姿で大変そうだ。他社がネクタイをしているのにしないわけにもいきませんから、とのことだ。

森田療法の入院患者さんたちが植えてくれた「緑のカーテン」がだんだん高く伸びてきたのが心強い。あと1カ月もすれば外来診察室に差し込む強烈な西日を遮ってくれそうだ。

 今年は電力不足の懸念から節電のためにエアコン使用を控える事業所や店舗が増え、スーパー・クール・ビズを推奨する動きもある。室温が上がるにつれ、作業効率は低下する。しかし、アロハシャツや半ズボンはいかがなものだろうか。やはり森田療法でいうところの「外相整いて内相自ずから熟す」ということはある。きちんとした格好をすれば気も引き締まる。スーパー・クール・ビズは職場を選ぶところだろう。

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