神経質礼賛 710.健康人らしく行動する
森田正馬先生のところには相談の手紙がよく舞い込んできた。ある時、41歳女性から「私は何病なのでせうか。如何にすれば治りませうか」という手紙が届いた。この人は13歳の時に他人から変な笑いをされたのが気になり、その笑い方を自分でするようになった。28歳の時に隣家の人から言われたことが気になって髪が結えなくなり外出もしなくなり、36歳の時には着物が着られなくなった。年中裸で肩から薄い布団をかけてコタツに入ったままの生活を続けている。数に対するこだわりが強く、風呂は月に2回しか入れない。精神病の書物は多数読み、記憶力も良いが、いざ実行となると子供同然だという。この手紙は家族の代筆である。森田先生は、代筆でなく本人が書いてくれないと診断が不正確になるかもしれないと前置きした上で、強迫観念の治療法について述べている。その中では物理学者にして俳人・随筆家の寺田寅彦(1878-1935:森田先生と同じく高知県出身、熊本の第五高等学校の後輩で、英語を夏目漱石から学ぶ)も6歳か7歳のころ、医師の診察を受ける際に笑いたくなり、後に医師に診てもらう時には必ず噴出したくなって苦しんだことを書いている。そして、家の人が世話を焼きすぎると悪化するばかりであり、結局は本人が健康人と同様に行動していくのが治療になると書いている。
通信療法・「奇妙な病氣」より
そこで強迫観念はどうして治すかといへば、つまり普通の人の心理に立ち帰れば、簡単に治る訳であります。そして貴方の現在では苦しくとも思ひきつて、髪もゆひ・衣服も着て、次第に人並の生活に帰る事が必要です。しかし之も御自分で、無理に思ひきらうとしても、中々苦しくて思ふやうに出来ませんから、そこで周囲の人・或は指導者の氣合を借らなければなりません。それは氣合であつて、決して理屈をいつたり、説明しては実行の効果はありません。数に関する事や・風呂に入る事も、苦痛をこらへて、断然為すべき事をなさらなければなりません。しかし其強迫観念の苦痛に、一々勝たうとするのでなく、先づ手初めとしては、毎日氣の向くまゝに、何かと仕事をなさるやうにしなければなりません。庭掃除・盆栽の手入などからお始めになるのが一番手軽です。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.558)
この症例は重症の強迫神経症(強迫性障害)だが、統合失調症の可能性も否定できない。現代ならば薬物療法を行いながら、森田療法や認知行動療法といった訓練療法的な精神療法を行っていくことになるだろう。上記の森田先生の指導のポイントをもう一度まとめると
①強迫観念が気になって苦しくてもがまんして、やるべきことをやっていく。
②健康な人の行動をまねて健康人らしい生活を心がける。
③最初は手軽にできる軽作業からやっていく。
④理屈ではなく実行が大切である。
⑤家族は本人の世話を焼きすぎてはいけない。
ということになる。特に重症の強迫神経症では家族が本人に巻き込まれて強迫行為のお手伝いをしてしまい、ますます症状を悪化させてしまうことはよくあることである。
これらは現在でもそのまま強迫神経症の治療に役立つことである。
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