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2011年9月16日 (金)

神経質礼賛 706.がんばりすぎない

 3月11日の大震災から半年が経過した。地震や津波で直接被害を受けて避難所で生活していた方々も仮設住宅などの新しい住居に移られ、復興に向けての動きが進んでいる。しかしながら、まだ多くの行方不明者が残っているし、原子力発電所からの放射能汚染のため避難生活を強いられている人々が帰宅して元の生活に戻れるメドは立っていない。放射能の「除染」といっても化学物質の中和反応のように無害なものに変えることはできないのだ。洗い落としたり土を入れ替えたりしたところで、結局は放射性物質を別の場所へ移動させるだけの「移染」でしかないのである。

 避難所で生活している間、とにかくがんばらなくては、と緊張状態を続けていた人たちが仮設住宅に移ると、今までたまっていた疲れが出て、うつ状態に陥りやすいというような報告もある。将来の展望が描けない状況では、強い不安にさいなまれやすい。国は絵空事ではなく必ず実現できる将来への道筋を提示する義務があるのではないか。

 がんばり続けるのは本当に大変である。人間は生死にかかわるような場面では交感神経の働きを最大限に高めていわゆる「火事場の馬鹿力」が出せるけれども、それは長くは続かない。そしてその後に反動が来るものだ。睡眠時間を大幅に削っての受験勉強でも1年続けるのはムリで、せいぜい半年が限度だろう。

 仕事にしても同じことである。昨今はどこの職場でも少ない人員とコストで成果をあげることを要求される。ヒステリー傾向の人であればすぐに「こんなのはムリだ」と周囲を巻き込んで大騒ぎをして逃げるのに対して、独立独歩を好む神経質人間だとじっと耐えてがんばり続けることになるわけだが、やはり長期間がんばりすぎたら潰れてしまう。潰れないようにするためには、生活の中に適度な休符を入れるとともに、明らかにムリな要求に対してはNOと言うことも必要になってくる。

「休息は仕事の中止に非ず、仕事の転換の中にあり」と色紙に書かれ、お弟子さんや学生の教育、患者さんの指導、執筆、講演旅行と暇なく働き続けた森田正馬先生にしても、お弟子さんと話しながらの晩酌を楽しみ、将棋を指したり、踊りを楽しまれたりした。月1回、形外会の集まりも、神経質談義ばかりでなく、全員で東京音頭を踊ったり、寸劇をしたり、時にはピクニックに出かけることもあった。健康的な趣味は生活の休符となりうる。そして適度な休符によって音符が生きてくる。

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