神経質礼賛 727.自己充足の若者たち
11月16日付毎日新聞夕刊の特集ワイドに「若者ってかわいそうなの?」という記事があった。26歳東大の大学院生にして売れっ子の社会学者・古市憲寿さんにインタビューしたものである。私から見ると、今の若者は就職難で苦労し年金は払うばかりで将来もらえないし気の毒だ、と思える。ところが古市さんによれば、若者には「かわいそう」という実感はなく、内閣府世論調査(2010年)でも20代の70%以上が今の生活に満足しているという数字をあげている。ちなみに満足度が一番低いのは我々50代の55%だ。古市さんが挙げたキーワードは「自己充足」。「気の合う仲間とお金をかけず日常生活が楽しめればいい。日雇いでも借家をシェアすれば生活費は月5万円で済む。病気になったら、ツイッターでつぶやけば誰か友達が薬を届けてくれる」と言う。「過労死と隣り合わせの正社員や社畜になるよりは、自由な人生を送れるようになった、と言えるかもしれない」「今の20代は案外社会に真剣に向き合い、自分の地続きの場所で自分にできることを何とかしようというまじめな人が多い」とも言う。古市さんの研究仲間の女性も「頑張ってもその先に楽しそうなものが見えないのよね。頑張ってる人も幸せそうじゃないし」とつぶやく。
この記事を読んで思わずウーンとうなってしまった。本人たちが幸せだと感じているのは結構なことだ。「足るを知る」お坊さんのように無欲でいられるのもよいことだろう。今が満足なのだから、よりよく生きようという思いが希薄である。しかし、神経質なオジサンとしては心配になる。10年先まで今の経済状況が続くということはあり得ないのではないか。巨額の財政赤字を抱えるギリシャやイタリアの経済が大問題になっているけれども、日本の財政赤字はそんなものでは済まない。バブル崩壊以降、歴代の政権が景気浮揚・政権維持のために国家予算10年以上分の借金をしてきてツケを未来に回し続けてきた。「痛み」はすべて利息付で先送りしたのだ。そこへもってきて東日本大震災の被害と原発事故処理の負担である。ある日、日本の財政が世界の信任を失ったら一気に超円安に振れるだろう。今はデフレであり極度の円高になっているためにユニクロ・牛丼屋・100円ショップによってそれなりの生活を謳歌できていても、いつかは超インフレ・物不足の日が来そうな気がする。財政悪化のために生活保護費も大幅にカットされる日も来るかもしれない。と、つい悲観力を発揮してしまったが、自己充足の人々にはそういう危機感はないだろう。
神経症の世界でも、よりよく生きたいという「生の欲望」が強いタイプが減り、定型的な森田療法が適応となる(森田)神経質が減っていると指摘されて久しい。社会情勢や教育や家庭の変化によるものだろう。しかしながら大原健士郎先生は昭和61年に放送されたNHK市民大学「家族関係の病理」というテレビ番組で、「家庭の養育がしっかりしておらず、人生目標も漠然としている患者たちにこそ、再教育の場としての森田療法は必要であるともいえそうである」と述べておられた(NHK「家族関係の病理」テキストp.141)。「生の欲望」はなくなってしまったわけではなく、それを自覚する機会が少ないだけなのだと思う。
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