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2012年1月 9日 (月)

神経質礼賛 744.先入観

 1月4日読売新聞夕刊に、「ストラディバリ神話」に疑問符、と題した記事があった。パリ大学での実験結果で、300年程前に作られ数億円の値が付くヴァイオリンの名器ストラディバリやグァルネリは現代の高級ヴァイオリンと大差がなかった、とのことである。21人のヴァイオリニストたちに協力してもらい、楽器がよく見えないような眼鏡をかけて名器と現代物計6丁を弾いて評価してもらったところ、安い現代物の方が評価が高く、名器は評価が低かったという。今後は楽器そのものの秘密を探るよりも心理的な影響を研究した方がよいということも指摘していた。

 いくら現代物で安いとは言っても数百万円もする高級ヴァイオリンでは、我々下手なアマチュアには無縁のシロモノである。昔から、名器はニスに秘密があるとか、材料の木が数百年経って内部まで乾燥していい音になったとかいろいろなことが言われ、科学的な研究も行われてきた。一方でヴァイオリン職人たちは名器に追いつこうとしのぎを削ってきたし、国際的な弦楽器製作コンテストもあって、現代の最高級ヴァイオリンは歴史的名器に負けない、ひょっとすると、それを凌ぐレベルになっているのだろう。

 手持ちのCDに歴史的名器の演奏を収録したものがある。やはりストラディバリは高音部のキラキラきらめく音がとても印象に残る。その楽器の良さが出やすい曲を選んでいるからということもあろうし、確かに聴く側の先入観もあるのかもしれない。しかし、演奏家にしても歴史的名ヴァイオリニストたちが弾いた名器だからいい音が出せる、と思って弾くから最高の音が出せるという面、つまり演奏に与える心理的なプラス効果もあるかと思う。

 神経質も同じことだ。自分は病気だという先入観にとらわれてしまっては、何もできない病人になってしまう。「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」(白揚社:森田正馬全集第4p.386)と神経質を礼賛して健康人らしく行動していけば、ストラディバリを手にした演奏家と同様にすばらしい結果がついてくるのではないだろうか。

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コメント

はじめまして。
ブログ読者です。
白揚社の『神経質礼賛』を読ませていただきました。
不安はあるものとして、無いが如くに行動するという考えに感銘しました。
しかし当方は、うつ病でして、その考えをどうやって活かせばよいか煩悶しています。
行動するのが億劫で面倒で仕方ない。それを無視して行動することは矛盾以外の何者でもない。

いい考え方はないものでしょうか。うつ病歴が長いですが、しかし諦めることなくいろいろ知恵を出してなんとか良くなりたいです。

あ、そういうはかりごとが足かせになっているのかもしれません。

本に栞がついていました。
便利でした。

ぷちんぱ様

 コメントいただきありがとうございます。また、拙著をお読みいただきありがとうございます。

 うつ病歴が長いとのことですので、「うつ」との付き合い方にはだんだん慣れてきていらっしゃるとは思います。

 うつとは異なりますが、森田正馬先生は持病の結核と付き合っておられました。熱のある時には無理せずに臥床しながら読書をし、高熱の時には看病してくれる人に本を読んでもらっていました。やはり、やみくもに頑張れではなく、その時の状態に合った仕事をしていくということが大切なのだと思います。

 同様に「うつ」が重い時はムリをせずに最低限のことだけやって後はパワーを蓄える。御自分のエネルギーに応じた仕事をし、調子がいいからといってやり過ぎないことが肝要かと存じます。

コメントにお返事頂き、ありがとうございます。
うつが重いときは
最低限のことをするだけにし、調子の良いときも疲労しないように。
本当にそれが大切だと思います。
外から見れば、それを遂行できてはいます。
でも心の中に、いい年をしてこんなのでいいのか。甘えてるのではないか。という否定的な思いがあるため、良くならないのでは、と思います。
行動を変化させることは何とかできても、
考え方を変えるのは難儀ですね。

神経症を神経質
と呼ぶ。
これも成る程と思いました。
うつ病を抑うつ質などと捉えてみて
しばらくやってみることにいたします。
長文失礼致しました。

ぷちんぱ様

 御自身の状態に応じた行動が取れている、ということは、実はそれで十分なのです。「いい年をしてこんなのでいいのか」「甘えているのではないか」と減点法で考える必要はありません。行動つまり事実を加点法でカウントしていけば、合格点に余りあることになっているはずです。今のままでいいのだ、とお考えいただければと思います。

四分休符様

ありがとうございます。

減点法ではなく加点法。
そうですね。
ゴロゴロしていても、
「お。今日は休息を十分とれたな。」
と加点して考えてみることにします。
それを続けて
あれ、いつの間にやら
調子がいいぞ、となればいいな。
いやいや、そこまで欲をかいてはいけませんね。

今日は休めたな
とプラスして安心感を、中の自分に与えてあげたいと思います(’-’*)

ぷちんぱ様

 そうです。適度な休みを取ることも目的本位なのです。ただし、「ゴロゴロ礼賛」では困ります(笑)。必要以上に休み過ぎたのでは、「保養と怠惰は似て非なるものなり」になりかねません(拙著p.68-69・ブログ328話の「うつは休め?」参照)。
 そして、休養した後は、「やる気がしない」と感じながらも、不安がありながらも、まずは身近なところで仕事を探して行動していくことです。
 どの程度休養したらよいか、どの程度仕事をしたらよいか、よくわからない時には、かかりつけの医師に相談したり、ご家族の意見も聞いてみるとよいでしょう。

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