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2012年4月30日 (月)

神経質礼賛 780.人生観が変わった

 前々話で、森田療法は神経症(不安障害)症状を改善するだけでなく、心身ともに健康にし、仕事や勉強や家事の能率があがる、ということを書いたが、その根本について森田正馬先生はさらに次のように述べている。

「またここの全治患者の、よくいう事であるが、それは例えば、自分の不眠や赤面恐怖の治った事は嬉しいが、それよりもさらに有難い事は、日常生活に能率があがるようになり、人生観の変わった事であるとかいう事である。

 しかしこれは物の本末を誤り、部分と全体とを思い違えたものである。それは、人生観が変わったから病気が治ったのである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.139)」

 神経質人間は悪いところ探しの名人でもある。誰にでも起こりうる不安をことさら過大評価して、自分ばかりが特別苦しいと言い立て、そういう差別観で見れば「症状」ということになる。そして、それをなくそう、避けようと「はからいごと」をしていてはますますとらわれの悪循環となって「症状」の深みにはまっていくのである。例えば、寝つきが悪いながら実際には十分に眠っていて「一睡もできない」と訴える不眠症。人前で緊張し「あがる」のは誰しもあるのに、自分だけが苦しいのは気が小さいからだとクヨクヨ悩む対人恐怖。不安になれば胸がドキドキし息苦しさを感じることは誰でもあり、心臓病でもなければそのために死ぬ心配はないのに、このまま死んでしまうのではないかと大騒ぎする不安神経症(パニック障害)。完全にミスをなくしたり完全に清潔にすることは不可能なのに必要以上に何度も確認したり儀式的に手を洗ってしまう強迫神経症(強迫性障害)。タイプは異なっても共通のメカニズムで「症状」が起きているのである。

森田療法では、個々の「症状」をどうこうしよう、ということはしない。不安な気持ちはそのままにして、仕方なしに目の前のやるべきことをやっていく。することがなければ仕事を探すのも仕事のうち、と指導する。苦しいまま行動していくうちに、苦しくても行動はできるのだ、という事実を体感する。そして誰もが苦しみながら行動しているのだ、とわかってくる。これが平等観である。森田の立場からすれば神経質は病気ではない(「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」森田正馬全集 第4巻 p.386)。だから、差別観が平等観に変わる、つまり人生観が変われば、とらわれの悪循環から解放されて自然と「症状」も消失しているし、神経質性格を生かして上手に気を配って行動するようになって、仕事や勉強がはかどるようになっているのである。

2012年4月27日 (金)

神経質礼賛 779.高価な治療器

 不眠を訴える高齢男性が初診でやってきた。なかなか眠れないし、眠っても途中で目が覚めてしまって困る、と言う。かかりつけの内科の先生から弱い抗不安薬と短時間型睡眠薬が処方されている。この人は定年退職してからも長いこと別の職場で働いていた。その仕事を辞めてからというもの暇を持て余して、午前中は近所の健康器具販売所に通い、そこで過ごしているのだそうだ。販売員が「△△堂大学病院にも入っている」と言うその機械を無料でかけてくれるということで「タダなら」と思い毎日通っていた。今回眠れない症状が出てきたので販売所の人から強く勧められてついに53万円もするその機械を買った。「精神科の薬を飲んだら機械の効果が出なくなるから飲んではいけない」と言われて薬をやめたとのこと。この機械は電位治療器と呼ばれるものの範疇に入り、一応は認可を受けて製造しているものだ。これだけ高価な機械であれば少なくともプラセボ効果が出そうなものだが、「パワー○○○」と称するその機械はこの人には効果がなかったようだ(○○○には健康を意味する言葉が入る)。

 御本人は見るからにお元気そうで食欲低下・体重減少もない。眠れないことにだけこだわっている。付添の御家族に聞けば、眠れないからと言って朝は10時頃まで寝ているそうだ。当ブログを普段からお読みの方々はすでにおわかりだと思うが、これは不眠というより不眠に対する過度のこだわり、つまり神経症性不眠である。「一番大切なのは生活のリズムを作ることで、眠れようと眠れまいと朝は6時とか7時とか決まった時刻に起き、なるべく明るい外に出るようにする。風呂は熱くしない(この方の場合42℃の風呂に入っている)」という注意をした上で、それでも眠れなくて辛ければ、内科で処方された睡眠薬を飲むか、この漢方を飲んでみて下さい、とツムラ抑肝散を処方しておいた。

 無料と称する治療器の施術はとんでもなく高くつくことになる。それに対して、生活リズムを是正し不眠を相手にしない森田療法的アプローチは極めて安上がりである。そしてその通りに実行すれば着実に効果がある。どちらがトクか。よーく考えるまでもないだろう。

2012年4月23日 (月)

神経質礼賛 778.医者いらず

 古くから「医者いらず」と呼ばれているものがいくつかある。アロエはその一つであり、食用と外用と両方の使い方がある。また、「リンゴ1個で医者いらず」とも言う。リンゴにはビタミン類が豊富に含まれている。同様に「みかんが色づくと医者は青くなる」という言葉があって、みかんを摂取することで病気が防げるということだろう。日本では「大根おろしに医者いらず」と言う。大根はビタミン・ミネラルが豊富な上に消化酵素を含んでいて胃腸によい。

 しかし、これさえ摂っていればいい、というものでもない。最近も納豆が良いとか皮が黒くなりかけたバナナが良いとか酒粕が良いとかいろいろブームがあったけれども、やはりそれだけに偏ってはダメである。結局はバランスよく栄養を摂り、食べ過ぎない・・・「腹八分目に医者いらず」なのだろう。体が弱く神経質だった貝原益軒(605)の養生訓である。

 養生訓は日本だけではない。12-13世紀、イタリア南部サレルノの医学校の規則には古代ギリシアの健康法を取り入れられた「サレルノ養生訓」というものがあり、「笑いと休息と節制のあるところに医者要らず」とあったそうだ。食物や酒を節制して、適度な休養を取り、笑いのある生活をしていれば、病気になりにくいというわけである。

 考えてみれば、森田正馬先生の療法も、適応力を高めて心身ともに健康にしていく、いわば医者いらず生活法を体得させるものだったと言えるかもしれない。森田先生は患者さんたちの前で次のように言っておられる。

「ここで全治した患者が、風邪をひかぬようになるという事は著明の事です。ここの療法は、冷水摩擦をやるとか、皮膚を鍛えるとか、決して特殊の強健法というものはなく、ただ自然に従って適応性になるだけの事である。それで風邪をひかなくなるが、つまり日常の生活に心のゆるみがなくなるからである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.138)」

単に神経症(不安障害)の症状を治療するのではなく、心身全体を健康的にし、さらには仕事や勉強や家事がはかどるようにもする、というのは森田療法ならではである。

2012年4月20日 (金)

神経質礼賛 777.ラッキー7

 以前、縁起の悪い語呂合わせという記事を書いた(444話)。逆に縁起の良い数字はどうだろうか。日本では古くから8という数字が好まれる。漢数字の八が扇を広げた形を連想させ、「末広がり」ということで縁起がいいとされてきた。語呂合わせでいくと「11」(いい)とか「41」(よい)は好まれる。車のナンバー「1111」は人気が高い。以前勤務したことがある老人病院の電話番号は「2525」(ニコニコ)だった。そういえば「4126」(よい風呂)を電話番号として宣伝していた伊東のホテルがあった(このCMソングの作詞者は作家の野坂昭如さんである)。

一方欧米で7という数字がラッキー7と呼ばれ、好まれるのはどうしてだろうか。ハッキリした理由はわからない。1週間を7日とした古代のユダヤ人は旧約聖書の中で、神は6日間で天地を創造し7日目には休息した、としていた。それがキリスト教にも受け継がれて7が特別な意味を持ち続けているのかもしれない。

 野球では7回をラッキー7と言う。高校野球や大学野球ならば校歌を歌って盛り上げる回であるし、プロ野球の某球団の試合ではファンたちが風船を放つ(神経質人間から見ると、後片付けが大変だろうな、と気になる)。それまで相手の投手に完全に押さえ込まれていても、7回位になれば疲れも出てきて打ち込みやすくなる。また、心理的に見ても、投手が勝ちを意識したり完投を意識したりして投げ急いで失投が出やすい頃でもある。試合時間も開始から1時間から1時間半くらいになって、集中力が途切れて守備のエラーも出やすくなる。だから7回には試合が大きく動きやすいので攻撃側にとってはラッキー・イニングになりやすい。とはいえ、野球の歴史はそんなに長いわけではないので、7が縁起がよいとされるのは野球が起源とは考えにくい。

  日本で縁起の悪いとされる四や九であろうが縁起が良いとされる八であろうが同じ数字である。キリスト教圏の欧米で縁起が悪い13であろうがラッキー7でも同じ数字であって、そこに意味づけするとおかしなことになる。神経質人間には縁起を気にする人はよくいるけれども、あまりこだわっていると強迫観念になってしまう。ラッキー7もほどほどにした方がよいだろう。

2012年4月16日 (月)

神経質礼賛 776.HbA1c(ヘモグロビンエイワンシー)が変わった

 年度初めの4月にはいろいろな変化がある時であるが、医療の世界では、糖尿病の指標として使われているHbA1cが変わった。HbA1cとは過去1-2カ月の血糖値の平均を反映する数字であり、糖尿病の診断・治療に非常に役立つものである。これまで日本で使われていたHbA1c(JDS)から国際的に用いられているHbA1c(NGSP)が使われることになったのだ。JDS値をNGSPに換算するにはJDS値に0.4(%)を加える必要がある(5以上10未満の場合)。同じデータでも今までより高く表示されることになり、それに応じて値の評価もズレることになる。従来はHb1Acの7%台を体温の37℃台に8%台を38℃台の熱に例えて患者さんに重症度を説明することが行われていたけれども再検討しなくてはいけないかもしれない。

現在、日本の糖尿病患者数は700万人以上と言われている。糖尿病は直接痛みが出るものではなく、本人に自覚がないだけに恐ろしい。進行すれば糖尿病性網膜症による失明、腎不全、脳梗塞、心筋梗塞、壊疽などの合併症を引き起こして取り返しがつかないことになる。

 糖尿病には、膵臓でインスリンを分泌するβ細胞が破壊されてインスリン欠乏が起きる1型糖尿病と、過食・肥満・運動不足のために相対的にインスリン不足に陥る2型糖尿病がある。現代社会で特に問題になっているのが2型糖尿病である。人類は飢餓に耐えられるようにできているが、この飽食の時代になって、それがかえって災いしているとも言われる。糖尿病を防ぐにはライフスタイルの見直しが必要である。

 精神科の患者さんでも糖尿病は少なくない。体を動かさないで間食や甘い飲み物を摂取している人はカロリー過剰になりやすい。それに比べると神経質の人の糖尿病は本当に少ないように思う。そもそも過食などできない人が多いし、たまたま健康診断で「メタボですから気を付けて下さい」とか「糖尿病の気がある」などと言われようものならば、真っ青になってカロリー減量に努めるからだ。神経質は糖尿病予防に役立つ。

2012年4月13日 (金)

神経質礼賛 775.タブレット型PCによるプレゼンテーション

 

 最近、病院を訪れる各製薬会社の若い担当者さんたちは、会社から与えられたiPadのようなタブレット型PC(パソコン)を持ってきてプレゼンテーションするようになってきた。まだ慣れていないため、いざ説明の段になって思ったファイルが開けなくて往生する人もいる。また、本人はうまくプレゼンテーションできているつもりでも、こちらからでは画面が部屋の照明を反射して光ってよく見えないこともある。それに、挨拶もそこそこにいきなりPCを取り出して5分間ほどのビデオクリップを見せるのもどうかと思う。忙しいことを婉曲に言ったら、「では」と2倍速にして見せてくれた担当者さんもいた(!)。老眼の私ではタブレット型PCの画面で動画を見続けるのは疲れる。会社が提供している動画をそのまま見せるのでは能がない。ポイントとなる部分を自分なりにビデオ編集して、相手に応じたプレゼンテーションをしていく神経質さがあってもよいのではないだろうか。どこでも持ち歩けるタブレット型PCの強みを生かして面談までの待ち時間にボンヤリ座って待っているのではなく、そうした準備をすることだってできるはずだ。せっかくの文明の利器を活用しなくてはもったいない。

 

情報端末や無線LAN技術が急速に進歩して、ビジネスシーンも変わってきている。しかし、商談の際に大事なのは、相手の立場に立って考える、森田で言うところの「ものそのものになる」という姿勢であることは、いつの世になっても変わらないはずである。たとえ口下手であっても、少々要領は悪くても、長い目で見れば誠実な営業が一番評価される。逆に口先とハッタリで一時的に利益を上げるような営業では遅かれ早かれ評価はガタ落ちとなる。自分は気が小さくて困る、と悩む神経質営業マンの皆さんは安心してよい。短期的には目に見えて業績が上がらなくても長期的には顧客の信頼を得て会社の業績に貢献できるのである。神経質が足りなくては困る。神経質で大いに結構だ。

 

2012年4月 9日 (月)

神経質礼賛 774.武道必修化

 4月から学習指導要領が変更になり、中学で武道が必修化されたそうだ。男女とも柔道・剣道・相撲のいずれかを履修しなければならないという。最も履修者が多くなりそうな柔道の練習中に死亡したり重大な障害を残したりするような事故が増加することが懸念されている。私が高校に入った頃、高校での武道が必修化され、大部分の生徒は柔道着だけ買えばいいということで安上がりな柔道を選んだ。一通り受け身の練習が終わると投げの練習をしたわけだが、二人で組んで練習していた際、相手の肘が私の鼻に強く当たり、鼻骨骨折してしまった。それからというもの、長いこと鼻出血に悩まされた。こんなのは取るに足りないものであるけれども、頸椎損傷のケガでもしたら一生取り返しのつかないことになる。神経質人間としてはとても心配になる。教育委員会は投げを封印して受け身と固め技だけを教えるといっているが、ちょっと柔道を知っている生徒が調子付いて投げ技をやってしまって事故が起こることもありうる。教師がデモンストレーションで投げ技を見せた際にも事故が起こるかもしれない。また、誰も指摘していないことではあるけれども、武道系で起こりやすい白癬・疥癬・シラミ症といった皮膚感染症の蔓延も神経質人間としては懸念するところである。

 何のために中学教育で武道を必修化するのだろうか。数年前、知力も精神力も弱い首相が言い出した「美しい国」というキャッチフレーズを実現するためなのだろうか。それとも軍事教練への布石なのだろうか。弱い人間ほど強がりたがる。(ちなみに、弱いまま、あるがままで、生き尽くしていくのが森田道である。)伝統文化を学んで日本人としての礼節を身に付け、精神力を鍛錬するには何も武道である必要性はない。茶道でも華道でも雅楽でも良いし、百人一首の競技かるたでもよいはずだ。武道必修化には疑問を感じざるを得ない。

2012年4月 6日 (金)

神経質礼賛 773.長距離ドライブ

 4月から子供が一人暮らしを始めた。今は便利なもので、その土地に出向かなくても学生アパートを探すことができる。合格発表当日に業者の営業所へ行って現地を見ないでアパートを決めて、家具類は大学生協などに発注し、1日に本人が鍵を受け取り、当日中に家具類が運び込まれた。後は衣類・雑貨などを家の車で一度運ぶことにした。昨日の午後は休日出勤の代休だったので、車で長距離ドライブとなった。もうかれこれ10年くらい高速道路を走ったことがない。しかも帰りは夜遅くなるから心配である。前日のうちに荷物を車に積み込んでおくとともに、花粉症の薬は半錠に減らして備える。初めての土地だし、街中は一方通行だらけなので、地図で確認する。さらにグーグルの上空から見た写真地図を最大拡大にしてアパート近辺の運転を数回シミュレーションしておいた。神経質ゆえ準備は徹底的である。

 ガソリンは大丈夫そうだが渋滞など不測の事態に備えて満タンにしてから出発する。一昨日の台風並みの春の嵐が去った後だが強い横風を受けながらの運転はヒヤヒヤものだ。高速の渋滞はほとんどなく、インターを降りたあとは事前に調べた一般道を走って、順調にアパート前に到着した。私はハザードランプをつけて車に乗ったまま待機し、妻が子供を呼び出して二人で荷物を車から下ろして運ぶ。そうしているうちに駐車違反取締の係員たちがやってきて違反車両の写真を撮り始める。そこで、コインパーキング目指して移動である。あらかじめコインパーキングを4箇所チェックしておいたので、最初のところが満車だったが慌てることなく空いたパーキングを探すことができた。備えあれば憂いなしである。それから残った荷物を持って子供の部屋へ。ビジネスホテルのシングルルームを少し広くしたような部屋だった。エアコンや洗濯機乾燥機は備え付けだ。私の頃は毎日洗面器で洗濯物を手洗いしていたなあ・・・。トイレも台所も共同、家具らしい家具も持っていなかった。私の学生時代の部屋とは隔世の感がある。とても便利にはなったけれども、やはり一人暮らしには大変さや心細さがある。大学の勉強も楽ではない。頑張って欲しいものだ。

 駅近くのトンカツ屋で夕食を一緒に食べてから帰宅の途についた。復路は同じルートである。暗い高速道路を走り続けるのはなかなか疲れる。ガムを噛んで眠気を振り払い、横風に注意を払い、割り込んでくる大型トラックにヒヤっとしながらの運転だった。無事に帰宅できて一安心した。

 今日はあちこちの桜が満開になっている。昨日は運転に必死で桜には目が行かなかったが、今日は堀端の桜、学校の周りの桜、公園の桜を楽しむことができた。芭蕉の句「さまざまの 事思ひ出す 桜かな」を思い出す。

2012年4月 4日 (水)

神経質礼賛 772.N響アワー終了

 30年以上続いていたクラシック番組のN響アワー(NHK教育・日曜夜8時放送)がこの3月で終わりになった。歴代の司会者は作曲家の芥川也寸志・柴田南雄・なかにし礼・池辺晋一郎・西村朗、指揮者の岩城宏之、ピアニストの中村紘子、音楽学者の海老沢敏といった日本の音楽界を代表するようなメンバーだった。わかりやすい解説が添えられ、NHK交響楽団の演奏をじっくり楽しむ番組だった。

同じ時間帯の後続番組「ららら♪クラシック」を見てみた。第1回目はベルリンフィルのコンサートマスターになった樫本大進さんをゲストにしてオーケストラの裏側を見せてくれたり生演奏を披露してくれたりしていた。アップで写った樫本さんのヴァイオリンにはE線だけでなくA線にもアジャスター(調弦の際に音の高さを微調整する器具)が付いていたのは意外だった。神経質人間ゆえ、どうでもよいところに気が付いてしまう。民放のバラエティ番組風となり、気軽に楽しめてこれはこれでよい。クラシックファンでなくても飽きずに見ていられる番組になったと思う。ただ、これからは時間の長い交響曲は取り上げられなくなってしまうだろう。神経質作曲家のブルックナー(401)やマーラー(402)の交響曲が登場しなくなるのはちょっと寂しい。また、専門家の司会者による本格的な解説もなくなってしまうのは残念である。地方に住んでいるとなかなか生の演奏会に行く機会がないのでN響アワーはありがたい存在だった。BSではN響演奏会が放送されているようなので、これからはそちらもチェックしていくようにしようかと思う。

2012年4月 2日 (月)

神経質礼賛 771.よもぎ

 時々、伊勢の「虎屋ういろ」がデパートの地下食品売場に出張販売でやってくる。この店は羊羹で有名な東京・京都の「とらや」とはまた別の店である。かつて浜松の遠鉄百貨店地下には常設の売場があって、そこでこの店を知り、買うようになった。季節商品も出していて、春は苺ういろ・花見ういろもあるけれども、私が好きなのは断然「よもぎ」(1本483円)である。濃厚な香りのよもぎういろの間に小豆の小倉ういろの層がサンドされた逸品である。見かけたら必ず買い求めている。

 春はよもぎの季節でもある。高校の修学旅行で行った早春の長谷寺の参道に立ち並ぶ草餅屋さんから漂ってきたよもぎのいい香りは今でも忘れられない。柏餅も私はよもぎ派である。香りが食欲をそそり、元気をつけてくれそうな気がする。沖縄にはフーチバージューシー、というよもぎ御飯があってこれもよい。ただし大量のよもぎを入れたヒージャー汁(山羊汁)だけはダメだった。沖縄の病院に勤務していた時、先輩医師に那覇の有名な山羊料理店に連れて行ってもらったが、ヒージャー汁だけはよもぎの味と匂いが強烈過ぎて、誰も食べられず、じゃんけんで負けた人間が食べることになり、運悪く私が3人分食べるはめになった。

 よもぎは古来から薬草として用いられてきた。日本中どこにでもある和製ハーブである。消臭作用、解毒作用、止血作用、健胃作用、下痢止め作用、抗酸化作用などが言われており、お灸のもぐさの原料でもある。食品としても優れていて、ビタミン・ミネラル類を豊富に含み、他の野菜類に比べてクロロフィルや食物繊維を大量に含んでいる。高価な健康食品に比べてはるかにコストパフォーマンスが優れていると言えよう。

よもぎは強力な生命力を持っていて、踏まれても葉を取られても平気。条件が悪い荒地で育っていく。凹みやすい神経質人間としては、よもぎを食べて元気を分けてもらい、よもぎにあやかっていきたいものである。

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