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2012年5月 7日 (月)

神経質礼賛 783.運と不運

 6年前に出た本だが、将棋の米長邦雄さんが書いた『不運のすすめ』(角川書店)という本を読んだ。米長さんといえば一昔前、中原誠名人とトップの座を争った棋士であり、中原さんの「自然流」に対して「泥沼流」と呼ばれていた。現在は引退して日本将棋連盟の会長をしている。最近では将棋ソフト「ボンクラーズ」と平手の勝負に敗れて話題となった。概して勝負師は強気の人が多い。例えば加藤一二三(九段)さんはNHK将棋講座の講師をすれば自分が勝った将棋ばかりを例題にして自画自賛していたし、対局中に立ち上がって相手を威圧する盤外戦術(?)も有名である。屋敷伸之(九段)さんのように講座で自分が負けた将棋ばかり例題に出して反省しているような人は例外中の例外だろう。米長さんも強気の発言がしばしば新聞に取り上げられ、神経質人間の私からすれば、正直言ってあまり好きになれない棋士の一人だった。しかしこの本を読んで、米長さんのイメージは少々変わった。米長さんとて人の子。いつも強気のようでも、スランプに悩み、プレッシャーに苦しんでいたのだ。この本の中で米長さんは、「不運」と「幸運」は表裏一体の関係だとし、「幸運」だけでは人生は勝てない、人生はいかに勝つかでなくいかに負けるかである、将棋も人生も勝ったり負けたりで勝ちっぱなし負けっぱなしということはない、勝っても負けても幸福になりうる生き方を追求すべきだと説いている。泥沼流の米長さんが長い勝負師人生の末につかんだのは「負けるが勝ち」(276)ということだったのではないだろうか。

 面白いのは、勝利の女神に好かれ貧乏神を遠ざける勝負の極意は、勝ち続けている時には自分の負け将棋を並べて欠点を直し、スランプに陥って落ち込んでいる時には自分の勝ち将棋を並べて「俺は強いんだ」と納得することなのだそうだ。これなどは、気分変動に悩む人に応用がききそうだ。気分が上がっていると人に干渉して嫌われたりお金を浪費したり余計な仕事を抱え込んだりして後でうつに転じる原因をつくってしまう。そんな時には過去の失敗を思い出してやり過ぎていないかどうかチェックすれば、自然とエンジンブレーキがかかる。気分が落ち込んでいる時には、過去の成功体験を思い出してみる。自分は決してダメなわけではない、と思えてくる。そして、必ず持ち直すだろうという希望が出てくるだろう。

 この本では晩年の過ごし方もテーマになっている。60歳過ぎの男性の悩みの一つはやがてくる死への恐怖、もう一つが定年退職して肩書も収入もなくなった自分に自信をなくすこと、と言われている。米長さんは、定年になったら、それまで大事だと思っていた学歴・地位・収入・仕事の実績・プライドといった古い物差しを捨て去るようにアドバイスしている。これは他人事ではない。私にもそういう時がやって来る。しかしながら、仕事をやめてすべて捨て去った時にも森田道だけは残るだろう。さんざん対人恐怖や強迫観念に悩んだ御褒美である。これはとても「幸運」なことだと思う。

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