フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 815.転んだ時が起きる時 | トップページ | 神経質礼賛 817.気骨の女(ひと)藤村トヨ »

2012年8月17日 (金)

神経質礼賛 816.森田正馬先生の恋

 神経質人間は何事にも慎重で簡単には動かない。恋愛方面に関してもそれは言える。だからいくら探しても浮いた話は出てこない。世の中が神経質人間だらけだったら、きっと週刊誌ネタが足りなくて困ることだろう。


 森田正馬先生にも、そうしたエピソードは全くなく、親が旧制高校・大学の学費を出す代わりにいとこの久亥さんと結婚するという条件を出したため、学生結婚している。夫婦喧嘩が絶えなかった(森田先生のわがままによるところが大きい)が、久亥夫人はよく夫を理解して助け、久亥夫人の存在なしには森田療法は成立しなかっただろうとさえ言われている。


 そんな森田先生にも初恋はあった。著書『戀愛の心理』の中の「第十二 余の初戀の現象」(白揚社:森田正馬全集第7巻
p.9698)という項で自身の初恋について書かれている。

「余の中学時代の事である。余の下宿からま近い街角の商家に、まだ前髪を切り下げた十五六歳の女があった。余が学校に通ふ途中で、或日其女が門邊に立って居る処をふとかいま見した事がある。突然、心ときめきて、胸かきみだれ、顔の熱くなるのを覚えた。此刹那の感は、余をして世にも類なき美よ、身にかへても得まほしきものよと思はしめた。其容姿は、今にも猶ほ其の昔ありしがまゝを眼前に思ひ浮かべる事が出来る。」

それから2年間というもの、登下校の際に友人と一緒に歩くことを避け、一人で彼女の家の近くを歩き回ってその姿を見ようとし、名文の手紙を書こうとして何度も書いては破りを繰り返したという。その女性に対する実質的なアプローチはなかったようだ。

 他に森田先生の人生に登場する女性といえば、女子体操音楽学校(現在の東京女子体育大学)校長の藤村トヨさんだろう。藤村さんはこの学校を恩師から引き継いだのだが、学校は深刻な経営危機にあって、備品は競売にかけられ、東京府からは廃校命令が出るというような有様だった。この大ピンチを藤村さんは粘り強く切り抜けていく。あちこちの学校で講師をして得たお金を全部つぎ込んだ。同じ女学校で講師のアルバイトをして知り合った森田先生に無給での講師を依頼し、森田先生は快諾された。森田先生は盆暮れに渡された謝礼を全部貯金しておき、藤村さんが留学する際に餞別として持たせた、というエピソードも残っている。森田先生の弟子で『森田正馬評伝』(白揚社)を書いた野村章恒(慈恵医大教授)は同書の中で、「藤村トヨに対する20年余にわたる援助は至上恋愛(プラトニックラブ)と考えられなくもない」と述べている。大原健士郎・大原浩一編著『森田療法』(世界保健通信社)p.34には「秘められた愛」と題して「森田が藤村にどのような感情をもっていたかについて、断定することは困難であるが、野村章恒や田原あや(84話、拙著p.46-47参照)は、やはり恋心を抱いていたようだと述懐している。30歳未満の若くて、健康的で、素直な藤村トヨに、森田が強く心をひかれたとしても、不思議ではない。高良武久は、「色が黒くて、健康的な女性だった。森田先生は晩年健康がすぐれなかったので、健康的な女性に憧れていたのかもしれない」と述べていたことがある」と記されている。

  果たしてどうだったのか、以前からちょっと気になっていた。15年前に発行された寺田和子著『気骨の女(ひと) 森田正馬と女子体操教育に賭けた藤村トヨ』(白揚社)という本を最近入手したのでその答えを探ってみたい。

« 神経質礼賛 815.転んだ時が起きる時 | トップページ | 神経質礼賛 817.気骨の女(ひと)藤村トヨ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 815.転んだ時が起きる時 | トップページ | 神経質礼賛 817.気骨の女(ひと)藤村トヨ »

最近のトラックバック

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30