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2012年8月13日 (月)

神経質礼賛 815.転んだ時が起きる時

 毎朝、通勤の際に通りかかるお寺(徳川家康の祖母の菩提寺・華陽院【けよういん】)に掲げてある言葉が久しぶりに変わった。今年になってからはずっと教育家ペスタロッチの言葉「宗教は人間陶冶の根本である」が掲示されていた。今度は「ころんだときが おきるとき」とある。

この言葉は誰が言い出したのかハッキリしないが、「丹下作膳」で有名な大正昭和時代の映画俳優・大河内伝次郎の言葉とされ、京都の太秦映画村には伝次郎が描いた達磨絵があってこの言葉が書き込まれているそうである。


 七転び八起きとはよく言う。実際は八転び七起きなのかも知れない。生きている限り四苦八苦。人生は思うにまかせぬもので、何度もつまづき転ぶことを繰り返す。しかし、いつまでも転んだままではいられない。痛みをこらえ、あえぎながらも、また起き上がる他はない。ダルマさん(起き上がり小法師)は倒しても復元力が働いてすぐに起き上がることができる。人間にだって復元力がある。

  神経質人間は「死の恐怖」が強いから、凹みやすく、ささいなことで倒れやすい。あるいは実際には大したことでもないのに倒れたつもりになって悲観する。起き上がり小法師で言えば、ヤセ型の形をしているようなものだ。ちょっと押すと大きく揺れる。しかし、同時によりよく生きようとする「生の欲望」も人一倍強い。「生の欲望」は「死の恐怖」の裏返しでもある。その「生の欲望」が復元力となってくれるのだ。そして欲張りな神経質は転んでもタダでは起きない。凹むような出来事は次々起こるけれども、やらなければならないことはいくらでもある。「症状」を相手にしているヒマなどない。

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コメント

先生、こんばんは。

その「生の欲望」が復元力となってくれるのだ~わかります。神経症になってからずいぶん長い間いろいろなことをあきらめて暮らしていたように思います。もっとも大きなあきらめは仕事でした。働かなきゃダメになる、という思いはあったので、アルバイトでつないではいました。時とともに症状もかなり治まってはいきましたが、身体に力が戻らないような状態でした。あるとき、不図したことで今の仕事を目指すようになり、私は約3年の準備期間を要しました。その準備はとてもきつかったので、心身ともにいろいろな症状・苦痛を味わったのですが、その一方で私はぐんぐん良くなりました。自分を偽らない目標を得て、その実現にむけて夢中になっているうちに、頭のてっぺんから足の先まで力が行き渡ったような感じでした。あれは「生の欲望」の復元力だったのでしょう。

先日、(仮)六つ星を頂きましてありがとうございました!あまり上手でないのですが、はりきって料理したいと思います。

anxiety様

 コメントいただきありがとうございます。

 私自身、痩せたダルマさんみたいなもので、しょっちゅうグラグラしていますが(笑)、倒れても何とか起き上がっています。

 anxiety様が3年間じっと準備された、というのは神経質の粘り強さゆえだと思います。普通ではなかなかできることではありません。これからも苦痛がなくなるわけではないでしょうが、苦楽共存。倒れても復元力で起き上がれば良いのです。神経質を生かしていけば豊かな実りある人生になっていくことと思います。

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