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2012年9月28日 (金)

神経質礼賛 830.ミツバチ

 9月20日付読売新聞に興味深い記事があった。ミツバチ飼育が「癒される」ということで不思議と人気なのだそうだ。飼っている人の話では「使命を全うしようとする姿が健気」「コツコツ蜜を運ぶ小さな姿に力が湧く」「一生懸命なミツバチに元気づけられる」ということで、うつや不眠がよくなったという。アニマルセラピーならぬインセクト(昆虫)セラピーではないか、と報じている。


 
 もっとも、インセクトセラピーとは言っても、昆虫ならば何でも良いというわけにはいかないだろう。多分、他の昆虫ではミツバチのようにはうまくいかないような気がする。飼う昆虫と言えば、カブトムシとかスズムシあたりが思い浮かぶ。子供が小学生の頃、せがまれてカブトムシの飼育セットを買ってきたことがあったが、結局世話は親の仕事だった。夜になると激しく動き回る習性があって、深夜の大きな物音に、癒しどころではなく不眠になってしまった。スズムシは私が子供の頃、父がもらってきて飼っていた。確かに美しい声を披露してくれて秋を感じさせたけれども、秋が深まるにつれて共食い(メスがオスを食べる?)が起きるのはかわいそうな気がした。うつの人がこれを見たらよろしくない。産卵してもふ化はダメで毎年もらってくるということを数年繰り返した記憶がある。


 
 ミツバチを飼っていると蜂蜜のお裾分けをもらえることになるので、これも飼っている人を元気にしてくれそうだ。あの神経質名探偵のシャーロック・ホームズも晩年は引退して養蜂業を営み、麻薬からも足を洗って健康的な生活になったことになっている(485話)。ビルや住宅が立て込んでいる我が家のあたりではミツバチ飼育はとてもムリではあるが、小さなミツバチたちがせっせと蜜を運んで働いている姿を想像しながら蜂蜜をなめて元気をいただくとしよう。

2012年9月24日 (月)

神経質礼賛 829.確認行為

 当直の夜、ようやく眠ったところに病棟からのコールがあって飛び起きる。注射の指示を出したが、その注射薬は病棟ストックにありません、と再度コールがあって、注射薬のアンプルを薬局へ取りに行き、病棟へ持っていく。さて、当直室に帰ろうとして、眠い状態でうっかり薬局の照明を消し忘れてはいないかと気になった。心配なので確認に行くと消し忘れはなかった。当直室に戻る途中、今度は薬局の注射薬の引き出しを出しっぱなしにしてはいなかったか、と気になる。しかし、私が普段から引き出しを出しっぱなしにすることはありえないし、こんなことで確認していたらまずい、それこそ強迫神経症(強迫性障害)になってしまうと思い、そのまま当直室に帰った。


 
 確認は失敗を未然に防ぎ、私たちの生活を安全にするのにとても役立っている。しかしながら、1回の確認では安心できずに2回、3回と確認するようになってしまうと、確認回数は際限なく増えていくことになる。確認が次の確認を呼ぶという悪循環を招くのだ。ついには確認行為のために生活に支障をきたすようになる。こうなると、確認は失敗を防ぎ生活を安全にするという本来の目的からはずれて、儀式化し、一時的な安心感を得るがための気晴らし行為すなわち「はからいごと」になってしまう。さらには家族を巻き込んで家族に確認行為の手伝いをさせるようになっては難治となる。確認してとりあえず安心を得たい、という気分はあっても、繰り返しの確認は無意味なばかりかさらなる確認欲求を招くだけであるのだから、目的本位にやるべき行動を優先してやっていくことが悪循環から脱却する解決法である。現在は強迫性障害に対してSSRIによる薬物療法が盛んに行われている。確かに薬は不安感を軽減してくれるけれども、それだけで治るものではない。確認行為はガマンして、目的本位に行動していくという本人の努力が必要不可欠なのである。

2012年9月21日 (金)

神経質礼賛 828.自然に服従し境遇に従順なれ

 17日敬老の日の朝TVをつけたらNHKニュース「おはよう日本」に85歳になられる渡辺和子さんが出演されていた。今年話題になっている御著書の題名にもなった「置かれた場所で咲きなさい」という言葉について語っておられた。30代半ばにして大学の学長を任されたが、人間関係の悩みもあり、自信喪失に陥った時に、ある宣教師から渡された詩の中に“Bloom where God has planted you.”(神が植えた所で咲きなさい)という一節があった。その言葉に「自分が変わるしかない」と目覚めたという。


 
 Bloom where you are planted.とも言い、そういう題名の歌もあるようだ。自然の植物の種は育つ場所を自分では選べない。風に運ばれてたまたま落ちた場所、鳥が実をついばんだ残りをたまたま落とした場所、そこに根を下ろし、葉を出し、育っていくしかない。日当たりが悪かったり、乾燥していたり、踏みつけられる場所かもしれないが、何とも仕方がない。人間の場合も境遇は選べないし、思ったほどには自由がきかないものである。


 
 森田正馬先生の色紙の中に「自然に服従し境遇に従順なれ」というものがある。この言葉もそれと相通ずるものがあるだろう。私の恩師・大原健士郎先生は森田先生の言葉について述べた著書『日々是好日』(白揚社)の中で、最初にこの言葉について書かれている。この言葉で言うところの「自然」とは自然界や自然現象ではなく、人間としての本性・あるがままの姿のことだ、と大原先生は言う。病気ではないかと不安になったり人前で緊張したりするのは特別なことではない。そして人間は誰でもいずれは死ななければならない宿命を持ちながら生きている。それは自然の摂理である。死ぬことを考えれば誰しも不安になるが、いくら悩んでも解決できないことだ。不安な気持ちを抱きながら、限られた人生をより有意義に、より楽しく生きようと努力し行動していくことが大切だ、と説いておられる。


 
 「柔順」について以前書いた(263)ように、かつて私は服従とか従順という言葉に何となく抵抗を感じていた。負けず嫌いの神経質人間ならばそう感じやすいだろうと思う。しかし、歳を重ねるごとにこの言葉の良さがわかるようになってきた。自分の境遇を怨んだり愚痴をこぼしたりいても何にもならない。与えられた境遇の中で限られた命を生き尽くしていくしかない、とようやくわかってきたところである。

2012年9月17日 (月)

神経質礼賛 827.ブルーライト

 ブルーライトというと何を連想するだろうか。最近多くなったクリスマスの青色LED電飾は幻想的で美しい。私くらいの年代だと、小学生の時に流行った「ブルーライトヨコハマ」の歌を思い浮かべる。そういった美しいイメージとは別に、ブルーライトの健康上の問題が指摘されていて、日経メディカル誌9月号の巻頭「今月のキーワード」のページにそのことについて書かれていた。

 光は波長が短いほど、つまり赤・黄・緑よりも青や紫の光の方が、エネルギーが高い。また、青色光は散乱しやすく色ズレが起きやすい。このためブルーライトは眼精疲労をきたしやすく、黄斑変性症を進行させやすいという。また、夜間ブルーライトに曝露されることでメラトニン分泌が影響を受けて体内時計が狂いやすく、睡眠障害をきたす可能性も指摘されている。


 
 近頃は低消費電力化のために発光ダイオード(LED)がTVやパソコンや携帯電話のバックライトに使われるようになってきた。室内照明も蛍光灯からLED電球やLEDシーリングライトに置き換えられてきている。ところが、以前(487)書いたように、白色LEDの正体は青色LEDであり、その周囲の蛍光体から得られた赤色光や緑色光などと合成して白色を作り出している。従って、白色とは言っても青色光成分を多く含んでおり、やや青みがかった冷たい白色になりやすい。そこでブルーライトの健康への影響が問題になってきたのだ。神経質人間としてはちょっと気になるところだ。


 
 まだブルーライトの健康への影響は研究が始まったばかりではあるが、LEDバックライトの画面を長時間見続けることは避けた方が無難だろう。安全性が確認されるまでは、子供の勉強部屋の照明をLEDシーリングライトに替えたり、机の上の蛍光灯スタンドをLEDスタンドに買い替えたりするのは、しばらく待った方が得策だ。

2012年9月14日 (金)

神経質礼賛 826.新しい睡眠薬ルネスタ

 今年、新たに発売となった睡眠薬がある。勤務先の病院でも今月から処方できるようになった。エーザイから発売されたルネスタ(一般名エスゾピクロン)という薬である。実は、従来からあったアモバン(一般名ゾピクロン)という睡眠薬を改良したものである。

 薬の化学構造式が同じでも、光学異性体と言って左手と右手の関係のように立体構造が鏡像関係にある2種類の薬は生体内での働きが異なる場合がある。近年は光学分割といって、薬として副作用が少なく有効な一方だけを選んで新しい薬を作る技術が進んでいる。抗菌剤のタリビッド→クラビット、抗アレルギー剤のジルテック→ザイザルという改良も同様である。アモバンでは服用後に長時間にわたり口中に苦みが残りやすかったが、ルネスタでは軽減されているという。また、アモバンは超短時間型睡眠薬であり、血中半減期はよく使われる7.5mg錠で3.66時間、最大用量10mg錠で3.94時間であり、少し短すぎるきらいがあった。ルネスタは短時間型睡眠薬に分類され、血中半減期は通常用いられる2mg錠で5.08時間、3mg錠で5.16時間と短過ぎず長過ぎない特性を持っている。ちなみに短時間型睡眠薬の代表選手と言えるレンドルミンは半減期約7時間である。

 ルネスタは依存性、翌日への持越しといった問題が認められず、長期投与による耐性形成、投与離脱時のリバウンドも認められないということで、2005年から発売されているアメリカでは睡眠薬としては初めて投与期間制限なしで処方可能となった薬剤である。 

とはいえ、他の睡眠薬と同様、重症筋無力症の人や急性狭隅角緑内障の人への投与は禁忌である。そして服薬後のもうろう状態や夢遊症状、一過性健忘は起こりうる。やはり精神病でなければ常用するのは感心しない。どうしても困った時の頓服にとどめた方がベターである。

特に神経症性不眠の場合は「自分は一睡もしていない」と思ってもどこかで眠っていて帳尻が合っているのだから、森田正馬先生が言われたように「眠りは与えられただけとる」・・・自分から求めて眠ろうとせず決まった7-8時間臥床していれば眠れようが眠れまいが問題ではない・・・という対応がベストである。

2012年9月12日 (水)

神経質礼賛 825.秋の雲

 9月の中旬だというのにまだ連日30℃を超える厳しい暑さが続いている。関東地方は水不足のため取水制限という話も出ている。しかし、空を見上げれば、青空に秋の雲が見えるようになってきた。すじ雲・しらす雲と呼ばれる巻雲、うろこ雲・いわし雲・さば雲とも呼ばれる巻積雲、ひつじ雲と呼ばれる高積雲。いずれも高い空にできる雲である。青空のキャンバスに白絵具で描かれたみたいだ。不思議な開放感がある。

 小心者の神経質人間はどうも下を向きがちだ。胸を張って肩をいからせ威風堂々というのは不得手である。人とぶつからず人にからまれずという生き方も悪くはないが、下ばかり向いているとショボくなる。私自身、ふと気が付くと背中が曲がっている、これはいけない、と時々背筋を伸ばす。たまには秋の高い空を見上げて、いわしの群れや羊の群れたちが移動していく様子を楽しんでもよいのではないだろうか。そして目線が上がるといろいろなものが見えてくる。通勤の際に通りかかる三島駅前広場に植えられているハナミズキに似たヤマボウシの木にはキイチゴのような赤い実が成っている。日大通りのイチョウ並木には早くも銀杏がたわわに実っている。本格的な秋はもうすぐだ。食べ歩きや美術館散歩が楽しくなる季節である。

2012年9月10日 (月)

神経質礼賛 824.いじめはなくならない

 

  大津市で同級生たちにいじめられて自殺した中学生の件が発覚してから、学校でのいじめが改めて問題になっている。8月21日付読売新聞に弁護士・大平光代さんの「いじめは必ず起こる」という記事が掲載されていた。大平さん自身、中学時代にいじめを受けて割腹自殺を図り、一命は取り留めたものの、いじめは収まらず、居場所を失って非行に走り、やがて暴力団組長と結婚し離婚する、といった波乱の人生を送ってきた。いじめられた子が安心できる居場所を作ること、わが子をいじめの加害者にしないためには「見つからなければ何をしてもいい」という考え方にならないように育てていくことが必要と述べている。学校側も「ふざけ合い」だとして見て見ぬふりをするのではなく、一線を越えたら毅然と対応していくことだと言う。この記事を読んでまさにその通りだと思った。大津市の事件でも、学校や教育委員会は必要な介入を怠ったばかりか、いじめの事実を隠ぺいし続けた。一部週刊誌の記事ではいじめた子供は優等生だという。そしてそのやり口は極めて卑劣で暴力団並である。

  いくら「いじめゼロ」とスローガンを掲げてもいじめがなくなることはありえない。大人の世界でもどこへ行っても多かれ少なかれパワーハラスメントがある。子供の世界は大人の世界の反映である。いじめはあるものとして、犯罪レベルにならないよう歯止めをかけることが重要だ。

動物の世界ならば弱肉強食。強者がエサを得て子孫を残せる。ニワトリが自分よりも弱いニワトリをつつくという行動(順位制)はよく知られている。人間にも動物として自分が生き残るためには他人を蹴落とそうとする本能がどこかにあるが、一方で弱い立場の人を助けようという心理も働く。ただ、最近の社会風潮を見ると、どうも後者の心理が弱まっているのではないかと危惧される。正直者がバカを見る、の社会になってはいないだろうか。TVの世界では勧善懲悪の時代劇やアニメが姿を消し、正義の味方はどこにもいなくなった。今を時めくお笑い芸人たちには、落語の世界のほのぼのとした温かい笑いは乏しく、人を嘲りこきおろすのが目立つ。匿名のネット世界では他者への攻撃同調がみられやすい。現代人は誰かを徹底的に叩いて留飲を下げたい、という願望に満ち溢れていると言われている。しかしながら、震災ボランティアとして黙々と瓦礫の片づけをしている若者たちの姿を見ると、今の日本もまだまだ捨てたものではないと思えてくる。弱者を助けようとする心を育てていくことが、いじめを無力化していく最大の武器だと思う。


 
 内向的でまじめでおとなしい神経質人間はいじめのターゲットになりやすい傾向があるだろう。やはり、ひどいいじめに対しては黙っていないで声を上げ、助けを求めることが必要である。いじめられたからといって決して卑屈になることはないし、間違っても命を絶とうとしてはいけない。

2012年9月 7日 (金)

神経質礼賛 823.ショウガ

 先日スーパーでウィルキンソンのジンジャーエールが目に留まった。500ml入りペットボトルで売られていて、どんな味か興味があって買ってみた。ラベルには辛口のようなことが書かれている。さて、実際に飲んでみると・・・本当に辛い。強烈な刺激で眠気も吹き飛ぶ。そして、後までショウガの辛さが口に残る。ジンジャーエールってこんなに辛いものだったのかなあ、と首をかしげる。


 私はショウガの味と香りは大好きである。冷奴や素麺、しめ鯖やイカやカツオの刺身に添えるショウガは必需品だ。特に地元の名物・生シラスにはショウガ醤油がよく合う。ガリは寿司の相棒として欠かせないし、チェーン店の牛丼に乗せるいかにもチープな紅ショウガも似つかわしい。時には根ショウガをそのままかじるのもよい。


 殺菌効果があるショウガを薬味として使うのは先人たちの経験に基づいた知恵だと思われる。また、ショウガは古くから生薬・漢方薬の成分として用いられてきた。健胃・強壮・消炎・鎮咳効果などがあるとされる。根をそのまま乾燥させた生姜(ショウキョウ)と蒸してから乾燥させた乾姜(カンキョウ)があり、これらを含む漢方薬は少なくない。代表的な漢方薬の葛根湯にはショウキョウが含まれている。

子供の頃、風邪をひいた時に、すりおろしたショウガに砂糖を加えたショウガ湯を飲ませてもらうと、体が温まり、ノドの痛みが楽になり、咳もおさまる感じがしたものだ。抵抗力が弱っているようなことがなければ、普通の風邪に抗生剤や強力な解熱剤は不要である。害あって益なしだ。神経質人間としては薬の副作用は気になる。ショウガ湯の良さを見直してもいいのではないだろうか。

2012年9月 3日 (月)

神経質礼賛 822.森田病棟の貼紙

 かつて三島森田病院の森田病棟に貼られていた注意事項を書いた紙が残っている。ボロボロで茶色く変色して判読しにくくなっているが、次のような内容である。(実物は縦書き。「起床後」とは入院後1週間程度の絶対臥褥が終了してから、という意味である)


 
起床後の注意事項

一.臥床時間は七時-八時間を超えないこと.

二.自室に閉居しないこと 日中は外に出ること.

三.洗面後と就寝前、古事記音読のこと.

四.日記は毎日夕食後に書くこと.

五.起床時二三日は空を仰ぐこと高い所に登ることを禁ず.そして漸次作業にはいっていくこと.

六.体操したり散歩したり口笛を吹いたり放歌したり等すべて氣を紛らはせる所為を禁ずる.

七.読書外出等は医師の指示に従うこと.

    日記に読書許可或は外出許可と云う様に医師が記入する.

八.他人の日記をみないこと.

九.患者同志で病氣の話をしないこと.


 
 さすがに第三項の古事記音読は私が勤務し始めた時にはもう行われていなかった。ただし、森田正馬先生の教えを直接受けた指導員の田原あやさんが存命中は、第一項と第二項は厳しく指導されていた。そもそも病室は畳部屋だったから昼休みに短時間ごろ寝することはあっても昼間から本格的に寝てしまうことはなかった。現在は一部屋4名のベッド部屋となり冷暖房完備だしカーテンで仕切ることができるので、体調が悪いと称して作業をさぼってベッドにもぐり込む者が出るし、昼食後は昼寝の時間になってしまっている。また、第八項にあるように、かつては作業に専念するために、読書は作業に集中できるようになってから許可されるという具合だったが、現在はその制約はなく、漫画でも週刊誌でも最初の絶対臥褥が終われば自由であり携帯電話があればゲームで遊ぶこともできる。外出外泊は少なくとも1カ月程度たってから許可だったものが、近頃では最初から土日は自宅に外泊して「休養」するというような輩もいる。これではせっかくの入院森田療法の効果も大きく減弱してしまう。だらだら1年も2年も入院する位なら、主として統合失調症の方々を対象とした作業所に通所して就労を目指す方がより実質的である。本来の入院森田療法に近づけて厳しくすれば入院治療に適合する人がいなくなり、緩め過ぎると森田療法らしさが失われて何をやっているのかわからなくなる、というジレンマは、数少なくなった森田療法入院施設が抱える共通の問題だろうと思う。


 
 ともあれ、この注意事項の第一項は規則正しい生活の第一歩である。夜眠れなかったからといって昼寝をしていては、不眠が改善されない。眠れても眠れなくても7時間横になっていれば疲れは取れるのだからそれでよい、と割り切ることが神経症性不眠の処方箋である。気分の良し悪しにかかわらず必要な行動をしていくという意味では第二項も大切である。第九項は、森田療法の立場からすれば神経質は病気ではないので、症状のグチをこぼさないで健康人らしくしていくということである。リズミカルな古典の名文を音読するということは心身の健康にプラスになるだろうから、第三項の古事記でなくとも他のものを音読してもよいだろう。

古い貼紙ではあるが、神経質人間の生活に役立つことが書かれていると言えるだろう。

2012年9月 1日 (土)

神経質礼賛 821.トイレットペーパー

 今日9月1日は防災の日。先日、南海トラフ地震の際の津浪予測が発表されて、自宅や勤務先が津浪被害に遭わないか心配されている方も少なくないだろう。津浪の際にはとにかく迅速に安全な所に避難して命を守る他ない。普段からいろいろな場合を想定して避難場所を考えておくことが大切である。

仮に自宅の被害がなかったとしても、大地震では電気、水道、ガスが止まってしまう。神経質で心配性の私は2ℓミネラルウオーターを3箱ほど買い置きして、古い物から順に飲用や製氷用に使っている。他に日常生活の中で、切らしたらとても困ったことになるのがトイレットペーパーである。これまた18ロールを5-6パックは常備している。これなら災害時に店頭からトイレットペーパーが姿を消しても3-4カ月は持ちこたえることができるだろう。内側の芯を抜き取って内側から紙を引き出すようにして、台所ではフライパンや鍋の油汚れを拭き取るのにも利用できるから、活躍の場はトイレだけではない。災害時にも種々の汚れを拭き取るのに使えそうだ。


 
 トイレットペーパーが普及したのは水洗トイレになってからである。私が小学校低学年の時はまだ学校(木造校舎)のトイレは汲み取り式でトイレには黒っぽい色のちり紙(いわゆる黒チリ)が置かれていたものである。物を徹底的に大切に使い切る森田正馬先生の診療所では古新聞を「落とし紙」として使っていた。再生紙として加工する工程なしに直接古紙利用していたわけである。


 
 現在ではトイレットペーパーも色つき、香りつき、絵模様つきなどいろいろある。受験生用に英単語が印刷されたものも売られている。たかがトイレットペーパーと侮るなかれ。アメリカの大学では社会学や心理学の教材でもあるという。日本のようにカッターが付いた立派なホルダーではなく海外では単に芯を通す棒があるだけということも多い。そうなると、2方向、表向きにセットするのと裏向きにセットするのとどちらがいいか、ということを大学生に議論させるような授業もあるそうだ。それぞれのメリットとデメリットを真剣に議論するらしい。

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