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2012年9月10日 (月)

神経質礼賛 824.いじめはなくならない

 

  大津市で同級生たちにいじめられて自殺した中学生の件が発覚してから、学校でのいじめが改めて問題になっている。8月21日付読売新聞に弁護士・大平光代さんの「いじめは必ず起こる」という記事が掲載されていた。大平さん自身、中学時代にいじめを受けて割腹自殺を図り、一命は取り留めたものの、いじめは収まらず、居場所を失って非行に走り、やがて暴力団組長と結婚し離婚する、といった波乱の人生を送ってきた。いじめられた子が安心できる居場所を作ること、わが子をいじめの加害者にしないためには「見つからなければ何をしてもいい」という考え方にならないように育てていくことが必要と述べている。学校側も「ふざけ合い」だとして見て見ぬふりをするのではなく、一線を越えたら毅然と対応していくことだと言う。この記事を読んでまさにその通りだと思った。大津市の事件でも、学校や教育委員会は必要な介入を怠ったばかりか、いじめの事実を隠ぺいし続けた。一部週刊誌の記事ではいじめた子供は優等生だという。そしてそのやり口は極めて卑劣で暴力団並である。

  いくら「いじめゼロ」とスローガンを掲げてもいじめがなくなることはありえない。大人の世界でもどこへ行っても多かれ少なかれパワーハラスメントがある。子供の世界は大人の世界の反映である。いじめはあるものとして、犯罪レベルにならないよう歯止めをかけることが重要だ。

動物の世界ならば弱肉強食。強者がエサを得て子孫を残せる。ニワトリが自分よりも弱いニワトリをつつくという行動(順位制)はよく知られている。人間にも動物として自分が生き残るためには他人を蹴落とそうとする本能がどこかにあるが、一方で弱い立場の人を助けようという心理も働く。ただ、最近の社会風潮を見ると、どうも後者の心理が弱まっているのではないかと危惧される。正直者がバカを見る、の社会になってはいないだろうか。TVの世界では勧善懲悪の時代劇やアニメが姿を消し、正義の味方はどこにもいなくなった。今を時めくお笑い芸人たちには、落語の世界のほのぼのとした温かい笑いは乏しく、人を嘲りこきおろすのが目立つ。匿名のネット世界では他者への攻撃同調がみられやすい。現代人は誰かを徹底的に叩いて留飲を下げたい、という願望に満ち溢れていると言われている。しかしながら、震災ボランティアとして黙々と瓦礫の片づけをしている若者たちの姿を見ると、今の日本もまだまだ捨てたものではないと思えてくる。弱者を助けようとする心を育てていくことが、いじめを無力化していく最大の武器だと思う。


 
 内向的でまじめでおとなしい神経質人間はいじめのターゲットになりやすい傾向があるだろう。やはり、ひどいいじめに対しては黙っていないで声を上げ、助けを求めることが必要である。いじめられたからといって決して卑屈になることはないし、間違っても命を絶とうとしてはいけない。

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コメント

子供 アニメで プログ検索中です。
最近のアニメ・ゲームは 戦いものも多いですね。幼児期 小学校 低学年が 見るア二メについて 少し 考えています。アニメ同好会(名前検討中
いじめ というのは 軽犯罪ですね。
軽犯罪の積み重ねは 重犯罪
になるのかなぁ? 日本の法律学というのは 大学の法学部から 学ぶのかなぁ?

村石太&花咲かじいさん様

 コメントいただきありがとうございます。

 私は「鉄腕アトム」や「エイトマン」などのアニメを見て育った世代です。それらの正義の味方たちは卑怯はいけないとか強きをくじき弱きをを助けるということを子供たちの頭脳に刷り込んでいたように思います。アニメが子供に与える影響は極めて大きいだろうと思います。

先生、こんばんは。
今の時代、学校側もいじめに対して、とても過剰に反応している気がします。
小1の娘の懇談会でも、いじめを問題に取り上げた話がよくあります。
ただ、いろいろな経験をしながら育っていくなかで、少し過保護すぎるのではないかと感じることがよくあります。
娘は0才から、保育園で過ごし、今は学校が終われば学童。先生がいても、お友達と過ごす時間が長いです。それだけ、色々な些細な揉め事が多くあります。
でも、それも自分以外の人と折り合いをつけて過ごすスキルアップになっていると、本当に感じます。
今のご時世、広場にいけば誰か遊ぶ人がいるというわけではなく、親は働いていないけど、かえって娘は幸せなのかな?と感じています。

アッシュ様

 コメントいただきありがとうございます。

 学校側が過敏に反応しても逆効果になるだけのように思います。今なら体罰教師と問題視されるでしょうが、私の小中学校時代には悪いことをしたら、本気で叱り、ゲンコツやビンタをくれる先生がいました。ゲンコツやビンタはまずいとしても、悪いことは毅然として阻止するという気概は必要です。そういう限界設定をした上で、(言葉の上だけでなく実際の行動として)命を大切にするとか人を思いやる心を育てる教育をしていくことだと思います。

 お嬢さんは保育園や学童保育に通われて、人にもまれながら立派に成長していかれることでしょう。時には人とぶつかったり、小さないじめにあったり逆にいじめをしてしまったりしながら、体験的に人との接し方を学んでいくものだろうと思います。おっしゃるように「もめごと」も必要なことです。

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