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2012年9月21日 (金)

神経質礼賛 828.自然に服従し境遇に従順なれ

 17日敬老の日の朝TVをつけたらNHKニュース「おはよう日本」に85歳になられる渡辺和子さんが出演されていた。今年話題になっている御著書の題名にもなった「置かれた場所で咲きなさい」という言葉について語っておられた。30代半ばにして大学の学長を任されたが、人間関係の悩みもあり、自信喪失に陥った時に、ある宣教師から渡された詩の中に“Bloom where God has planted you.”(神が植えた所で咲きなさい)という一節があった。その言葉に「自分が変わるしかない」と目覚めたという。


 
 Bloom where you are planted.とも言い、そういう題名の歌もあるようだ。自然の植物の種は育つ場所を自分では選べない。風に運ばれてたまたま落ちた場所、鳥が実をついばんだ残りをたまたま落とした場所、そこに根を下ろし、葉を出し、育っていくしかない。日当たりが悪かったり、乾燥していたり、踏みつけられる場所かもしれないが、何とも仕方がない。人間の場合も境遇は選べないし、思ったほどには自由がきかないものである。


 
 森田正馬先生の色紙の中に「自然に服従し境遇に従順なれ」というものがある。この言葉もそれと相通ずるものがあるだろう。私の恩師・大原健士郎先生は森田先生の言葉について述べた著書『日々是好日』(白揚社)の中で、最初にこの言葉について書かれている。この言葉で言うところの「自然」とは自然界や自然現象ではなく、人間としての本性・あるがままの姿のことだ、と大原先生は言う。病気ではないかと不安になったり人前で緊張したりするのは特別なことではない。そして人間は誰でもいずれは死ななければならない宿命を持ちながら生きている。それは自然の摂理である。死ぬことを考えれば誰しも不安になるが、いくら悩んでも解決できないことだ。不安な気持ちを抱きながら、限られた人生をより有意義に、より楽しく生きようと努力し行動していくことが大切だ、と説いておられる。


 
 「柔順」について以前書いた(263)ように、かつて私は服従とか従順という言葉に何となく抵抗を感じていた。負けず嫌いの神経質人間ならばそう感じやすいだろうと思う。しかし、歳を重ねるごとにこの言葉の良さがわかるようになってきた。自分の境遇を怨んだり愚痴をこぼしたりいても何にもならない。与えられた境遇の中で限られた命を生き尽くしていくしかない、とようやくわかってきたところである。

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コメント

記事拝見しました。
「従順」より「柔順」のほうが、言葉の語感から、境遇に柔軟に順応していく感じを受けました。

gai様

 コメントいただきありがとうございます。
 私も同感で、従順よりも柔順の方が受け入れやすい感じがします。ただし、辞書の上では、どちらもほぼ同義のようですし、森田先生も両方使っておられます。

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