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2012年11月19日 (月)

神経質礼賛 847.旧岩崎邸庭園と森田療法学会

 17日(土)・18日(日)は東京大学で第30回森田療法学会が開催された。あいにく私は昨年の学会同様ちょうど土日当直勤務が重なっていて、土曜日の夕方までには病院に戻る形で参加した。

 朝、普段通りの時刻に家を出て、東京駅には820分頃着いた。学会受付開始の930分にはまだ時間がある。天気は朝から雨の予報だった。今にも降ってきそうだがまだ何とかもっている。JR御徒町駅で降り、不忍池周辺を少し散策する。木々の紅葉、陸に上がって羽づくろいしているオシドリたち。のどかな晩秋風景である。旧岩崎邸庭園に9時の開園時刻ピッタリにチケットを買って入場する。有名な建築家ジョサイア・コンドル設計の木造の洋館は外観が立派なばかりでなく、内装がすばらしい。ペルシャ刺繍の布張り天井、あの鹿鳴館もそうだったという金唐皮紙(きんからかわし)を張りつめた壁が目を引く。2階のベランダから広い芝庭を見渡すのは実に気持ちがよい。誰しもカメラに収めたくなる風景だが残念ながら撮影禁止の札があった。和館は書院造りで現在では入手困難な木材を使っているという。橋本雅邦の障壁画もある。見えないところにも贅を尽くしているのだ。外へ出ると山小屋風の撞球室がある。中の見学はできないが、洋館から地下でつながっているという。短いタイムスリップを楽しめた。旧岩崎邸庭園を出て坂を少し上がれば鉄門と呼ばれる東大病院側の通用門である。以前も東大での講演会に参加する時にこの坂を通ったことがある。今回、坂の途中にある看板を見て、これが無縁坂だと初めて知った。さだまさしさんの歌「無縁坂」が浮かんでくる。歌詞の中の薄幸な「母」は重い持病があって東大病院に通院していたのだろうか、などと考えながら歩く。今では東大病院は建て替えられて陰惨なイメージは払拭されている。

 会場の安田講堂入口は受付待ちの行列ができている。ちょうど第30回、しかも森田正馬先生の母校・東大での学会であるから盛況なのもうなずける。受付の混雑で開会は10分遅れた。講堂内を見渡すと、ざっと200300人位の参加者だろうか。最初のシンポジウムは認知行動療法最前線と森田療法の対話と題するもので、最近の認知行動療法と森田療法との共通点・相違点をわかりやすく論じたものでとても参考になった。

ランチョンセミナーでは、「おはなし」に込められた子どもの心、というテーマの講演を聞いた。森田療法学会で小児科医が講演するのは珍しい。「おむねの中でゾウさんがドンドンするの」と話した男の子は溶連菌感染症だった。抗生剤治療ですぐに回復し「ゾウさんは出て行った」と。喘息発作を起こした別の男の子は「胸にゾウが乗っている」と言い、発作が収まると「いなくなった」。ついでに「オジサンは何の仕事をしてるの?」と(笑)。朝の吐気・頭痛のため不登校になった女の子は「サナギはね、触ったり動かしたりすると死んじゃうの」と言い、母親が登校刺激をやめたところ、「今日から蝶になる」と言って学校に行き始め、フルート教室にも通うようになった。というような事例紹介や、ある映画の中で突然解雇された教師が子どもたちに動物の物語を話して別れや悲しみを語るシーンを通して、大人たちが子どもの「おはなし」に耳を傾け、豊かに想像をめぐらせてメッセージを読み取ろうとすることが大切だと論じていた。

 午後の一般演題を聞いている時間はないのでここまでである。会場の出入口には白揚社の販売コーナーがあって、私の本も並べてくれてあった。ちょうど編集を担当して下さったUさんが「店番」をしておられたので挨拶する。

 雨は大降りになっていた。赤門前を通り、イチョウの街路樹の下を歩いて丸ノ内線の本郷三丁目へと向かう。新幹線で三島駅に着いた時には雨風とも強くなっていた。さあ、これからが仕事だ。

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コメント

先生、こんばんは。今度、旧岩崎庭園を見学へ行きます。ツアーなので、何処まで見れるのか分かりませんが楽しみです。


東大病院へは23年前に見舞いに行きましたが暗くて寂しかった記憶がありました。新しくなったのですね。赤門付近も紅葉して綺麗でしょうね…


子供のお話は不思議と興味深くなります。例えが可愛くて熱心に聞いてしまいます。

ヒロマンマ様

 コメントいただきありがとうございます。

 東京の都心にも、異次元空間みたいなところがあるものです。朝1番で他の見学客が全くいなかったのでとても良かったです。和館の中には喫茶コーナーもありました。
 赤門付近のイチョウはかなり黄色になっていました。校章にイチョウの葉を使っている東大にふさわしいですね。東京ツアー、楽しんできて下さい。

先生、こんばんは。

 強行軍の森田療法学会へのご参加、お疲れ様でした。私も、この20日間で研修が3つもあり、その内の一つは・・他の仕事で頭が一杯で、申し込んだことをウンと後悔しながら、仕方なしに参加でした。でも、行ってみたら、わざわざ遠くまで聞きにきたかいがあったと思う内容で、講師からも良い刺激を受けました。気分本位にならずによかった! 私も忙しいのを一人前にこなせるようになりたいです。
 
 旧岩崎邸庭園は私も行ったことがありますが、とても素敵ですよね。「異次元空間」という表現はぴったりです!東大も含め本郷は私の好きな街です。古く、低い家並みが残り、樋口一葉、宮沢賢治、坪内逍遥など多くの文人が暮らしたところでもあり、風情豊かです。一葉が通ったという質屋、伊勢屋も残ります。坂道は私の散歩の楽しみの一つなのですが、本郷は良い坂が多く、その名も情緒的なのです。無縁坂、菊坂、鐙坂、炭団坂(たどん)・・鐙坂なんかは本当に良かったです。

あぁ、また旅心がフツフツとなってきました。頑張って仕事をして、年内にまた出かけようと思います。

anxiety様

 おはようございます。コメントいただきありがとうございます。

 anxiety様も大忙しですね。神経質は少々忙しいくらいがベストです。あれもしなくては、これもしなくては、とハラハラしながらいろいろ気を配って動いている時が、最大限の力を発揮できます。森田正馬先生の色紙に「四方八方に気を配る時、即ち心静穏なり 自転車の走れる時、倒れざるが如し」とあります。でも、たまには休符も入れましょうね(笑)。

 旧岩崎邸庭園は行かれたことがあるのですね。東大のすぐ近くにあって穴場的な名所だと思いました。東京は名前の由緒を知りたくなるような坂が多いですね。私はまだ、樋口一葉記念館を訪れたことがないので、一度行ってみたいと思っています。
 

 先生、こんばんは。

 先生、ご助言を頂き、感謝致します。そうですよね、忙しければ「ハラハラしながら」でいいのですよね。私は、色々なことを並行してやるのが苦手で下手なのです。かなり大変な仕事でも、A1つなら、そのAを不様ながらも粘り強くやるのですが、たとえ簡単な事であっても、BもCも、というのがなかなか出来なくて困ります。周りの人々が皆淡々と(そう見えるだけ?)多くの仕事をこなしているのを、驚嘆しながら見ています。このままでは仕事の範囲が広がらないと思い、最近意識はしているのですが、なかなか上手くいきません。無闇に焦り、気持ちに余裕がまったくなくなってしまいます。でも、思いました。「私は超不器用」、それが事実。その事実からスタートする。ハラハラしながら2つ、3つの仕事をやってみる。そのトライを続け、試行錯誤することからいつか一人前になれる。

私も樋口一葉記念館にはまだ行ったことがなく、行ってみたいと思っています。記念館から子規庵へ歩いて行けるみたいなので、以前方向音痴で行けなかった金杉通りを回って子規庵へ・・など計画を立てるのは楽しいです。

anxiety様

 いくつもやらなければならないことが重なるとひどく焦るのは私も同じです。私の勤務先の病院には4つの病棟がありますが、それぞれの病棟の看護師さんから、日々、患者さんに関する報告や指示受けがアットランダムに発生します。事務方からは書類書きの依頼がきます。ケースワーカーさんからは患者さんの御家族や転院中の患者さんに関する情報が入ってきます。そうこうしていると外来患者さんから直接外線電話が入ります。まれには、警察署から通院中の患者さんについての照会があります。外来診察日で外来患者さんが多い日にはパニック寸前のことがあります。しかし、聖徳太子ならばいざ知らず、凡人の私ですから、優先度が高いところから一つずつやっていくしかありません。本当にハラハラドキドキです(笑)。ただし、神経質のよいところで、書類書きは原則、その日のうちに全部処理しておきますし、紹介状など、いずれ発生するであろう仕事は早めに準備しておきますので、スタッフからは喜ばれているようです。

 「周りの人々が淡々と多くの仕事をこなしている」は、神経質に特有な「自分だけが苦しい、人は何の苦もなくこなしている」という「差別観」ではなかろうかと思います(私もついそう思いがちだとよく反省しますが)。ブログの中で何度か引用した森田先生の言葉を記しておきましょう。

通信療法・「自分を強く主張出来ない」に対する回答
 「番頭の方が自分より優秀」とかいはるゝのも、之も当然の事で、俗に「餅は餅屋」と申します。商売は番頭・飯の加減は女中・縁日の日をよく知る事は小僧等、皆それぞれに敬意を表して、自分から問ひ習へば差し支へない事です。「番頭は幾ら仕事がつかへても平氣」といはるゝのは、この見方が、神経質の殆ど全く自己中心的の特徴であります。「雪の日や、あれも人の子樽拾ひ」を、常人は「可愛想に寒からう」と感じます。然し神経質は「小僧は寒いことも知らない」といって、自分ばかりが寒く、世の中の人は、皆強いから、寒くないと信じます。「唯見れば何の苦もなき水鳥の足にひまなきものと知らずや」と云ふ様に、番頭でも、忙しい時は、ハラハラし・或は腹立たしくも・主人にも・くってかゝりたくもありますが、只素直に我慢して居るので、唯見ればこそ、フワフワと浮いて居る水鳥のやうに思はれるだけの事です。(白揚社:森田正馬全集第4巻p.491)

先生、こんばんは。ご返信、どうもありがとうございます。

 先生のお仕事の様子をお話頂いて、私はとても感激しています!すごくお忙しそうですね、めまいがする思いです。そして、先生はハラハラドキドキしながら、お仕事を進めていらっしゃるのですね。お伺いすれば、それが自然だと思いました。先生はきっと泰然とされているんだろうなぁ、と私は勝手に想像することがありました。そうではないのですね。動じない、というのではなく、「只素直に我慢して居る」ということなのですね。

まさに「差別観」でした。私は、最近は自分を「差別観」に立っていると捉えることはありませんでした。「もう、この点では大丈夫」と、どこかで思っていたのかも知れません。恥ずかしいです。先生、ご指摘下さいまして本当にありがとうございます。せっかくご指摘頂いたのだから、私は少し利口になるよう努めたいと思います。「素直に我慢する」ことができるようになれば、私はかなりラクになると思います。そして、これはいろいろな場面で応用が利きそうな気がします。

 また、神経質の活かし方の具体例を教えて頂き、ありがとうございます。書類をその日の内に処理する、ということは、最近何話か前に書かれていましたよね。私は、そこは真似出来ています!役所から毎日配信されてくるメルマガがあるのですが、それはその日の内に目を通し、必要な情報はリスト化するようにしています。貯めないようになりました(笑)。

anxiety様

 私の師匠だった故・大原健士郎教授は患者さんたちの前でよく「神経質で悪いことは何一つないんだよ!」と言っておられました。神経質性格を生かすかどうかで、その人の人生は明暗全く別のものになるだろうと思います。森田先生の治療を受けたある患者さんは日記の中で次のように記しています。

(二十三歳・帝大文科学生・赤面恐怖・読書恐怖 の日記より)
 先生と神経質患者との境は紙一重である。紙一重をへだてゝ、一方は明るい生の欲望に燃え、片方は、暗い死の恐怖に喘いで居る。(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.126)


神経質性格を宝の持ち腐れにしないように、お互い努力していきましょう!

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