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2012年12月21日 (金)

神経質礼賛 857.3日後に来い

 年末になって、将棋の米長邦雄さんの訃報が流れた。一昨日の新聞にはその死を惜しむ多くの著名人の声が載っていた。米長さんについては「運と不運」ということで紹介したことがある(783話)。米長さんは少々パフォーマンスが過ぎるかなという感もあったが、それも自分を目立たせることで将棋界を一般に広くアピールしたいということだったのだろう。

毎日新聞には米長さんと親交のあった、萩本欽一さんの談話が載っていた。ある時、萩本さんが「お弟子さんが随分たくさんいるけど、怒ることはないのか」と尋ねたら、米長さんは「すぐに怒ると、言わなくていいことまで言ってしまう。だから『3日後に来い』と言う。3日たつとほとんど怒らなくて済む」と言ったそうである。


 以前に紹介したことがある森田正馬先生の言葉を思い出す。


 
 私の郷里の土佐の武士道の戒めに、「男が腹が立てば、三日考えて、しかるのち断行せよ」という事がある。それでよい。そうすると、初めのうちは頭が、ガンガンして、思慮がまとまらないが、追おいとこのようにすれば、相手はどう、自分はどうという事がわかってきて、それが二時間も半日も続くのは、容易な腹立ちではない。私のいわゆる「純なる心」の修養ができれば、「心は万境に随(したが)って転じ」で、決して長く続くものではない。もし続けば、それは当然、続かなければならぬ重大事件であるのである。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.275


 
 怒りをぶつけたのでは、ますます怒りは強まってしまう(247話)。怒りはそのままにして、他のことをしていれば、「感情の法則」(442)の通り収まっていくものだ。ある女流棋士の扇子に「よく戦うものは 怒らず」と書いてあるのを見たことがある。トッププロ同士の対戦では、勝負が「指運」で決まることがあるが、そういう微妙なところではメンタル面が影響することも考えられる。米長さんは厳しい修羅場を数多く乗り越えているうちに自然と怒りのコントロールをされるようになったのだと思う。

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コメント

先生、こんばんは。

いかなる感情も、時間と共に変わっていくことを知ると、心が楽になるように感じます。

辛いことがあっても、日々いきるために、何となくでも過ごしていればいいのだと分かりました。

たまにゾワゾワさんがやってくることもあります。
でも、あんなにゾワゾワさんに恐怖を感じていたのに、苦手だなぁというくらいにやりすごすことができるような。

森田療法で出会えた考え方は、仕事や子育て、ひいては生き方までにも役立てることができそうです。

先生のブログを初めて拝見してから2回目の年越しを迎えます。

今、私が頑張れているのも、先生のお蔭です。
これからも、楽しくて学べるブログ拝見していきます。

アッシュ様

 コメントいただきありがとうございます。

 ゾワゾワさんにはあまりお会いしたくはありませんが、やってきてもお相手してあげないでいると、そのうち「なんだ、つまらなーい」とどこかへいなくなってしまうことでしょう。ゾワゾワさんは苦手なままでよろしいかと思います。

 森田療法のすばらしいところは、単なる神経症(不安障害)の治療法を超えてよりよく生きていくための指針を示していることです。それが少しでも示せれば、と思っています。

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