フォト
無料ブログはココログ

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月29日 (金)

神経質礼賛 890.色黒の七徳

 女性の場合、古代から色白は美人の条件の一つとされてきた。「色の白いは七難かくす」という言葉がある。七難とは仏教の教えにある七種の災厄とも、単に「多くの」を示す言葉とも言われている。白は神聖さの象徴であり、「潔白」とか「白星」とかいうように良いイメージがある。もっとも、この言葉は、不細工な顔だけど色白だからごまかせている、という意味にも取られかねないので、女性本人に直接言うのはよろしくないだろう。


逆に、森田正馬先生は『生の欲望』の中で、「色黒の七徳」と題して次のように書かれている。


 
皮膚の色の黒いものの七徳とは、一には、汚れ目見えず、浸み際立たず、二に健康相に、三に女難・男難除け、四に強さうに見え、五に威厳あり、六に夜逃げするとき、人の目にかゝらず、而して其の第七徳とは、暗がりのために、我れツイ之を見落としたり。(白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.255



 一、二、四、五は確かに言える。男性ばかりでなく、現代の女性にも合点がいくところかもしれない。私も歳とともに顔にほくろやシミが増えてきて、もう少し色黒だった方が目立たなくてよかったかな、と思う。それに赤面が目立たないから、赤面恐怖にはなりにくいだろう。三は不明だ。六と七は、もちろんジョークである。


 
 今の若い女性たちのように色白になりたいと美白の化粧にこだわったり、逆に色黒になりたいと日焼けサロンに通ったり、ということはあるだろうけれども、色白も色黒も生まれつきの部分があってどうにもならない。


 
 人間の性格もこれまたどうにもならない。努力次第で変化する部分も多少はあるが、遺伝的に最初から決まっている部分と育った環境で決まる部分が大きい。どんな性格にも良さはある。それぞれの持ち味を生かしていく他はない。神経質な性格を嘆く必要は全くない。むしろ神経質は優れた面を持っているのだから、神経質の良さを大いに認め、その良さを生かしていけばよいのである。

2013年3月25日 (月)

神経質礼賛 889.健康長寿の食生活

 健康長寿を誇ってきた沖縄県だが、都道府県別平均寿命順位が25年前に比べて女性で1位から3位に、男性に至っては1位から30位に大きく後退しているという。若い人を中心に肥満度が高くなってきている。原因としてはステーキに代表されるアメリカ風の肉食の増加による脂肪と塩分の摂り過ぎ、清涼飲料などによる糖分過剰摂取、クルマ依存による運動不足などが挙げられている。

 りんけんバンドの歌に「一番くわっちー」(くわっちーとは御馳走の意味)という面白い歌がある。自分の家は裕福と言われているが一年中食べ物は「芋と豆腐とカラス小(グァー)」ばかり、この世の果てまで「芋と豆腐とカラス小」だという。この言葉が何度も出てきて頭に焼きついてしまう。カラス小って何だろうと疑問に思いながら20年以上経ってしまい、謎のままだ。豆腐と一緒に食べるスクガラス(アイゴの稚魚「スク」を塩漬けにしたもの)のことかなあ、と想像している。沖縄の伝統食はこの歌のように野菜と豆腐と海産物が中心だった。味も昆布ダシは利いているが塩分は少ない。そして貴重な豚や山羊をつぶして食べるのは特別な時だけだった。こういう食生活をしていれば、高血圧や高脂血症や糖尿病にはなりにくい。健康長寿の食生活である。しかし、若い人では「芋と豆腐とカラス小」では我慢できないだろう。

 現在の私たちの食生活をみると、昔に比べて魚よりも肉を食べることが多くなっていて、脂肪摂取量が増えている。冷凍食品やインスタント食品ではどうしても塩分を摂り過ぎる傾向にある。食は楽しみという側面もあるから、あまり気を使いすぎるのもいけないだろうけれど、健康のためには時々チェックしてみる必要がある。TPP参加により関税障壁がなくなって安い牛肉が日本になだれ込んでくると、日本人の食生活もさらに一変してしまうかもしれない。

2013年3月22日 (金)

神経質礼賛 888.菜の花

 一昨日の春分の日の朝は当直明けで帰るという珍しいパターンだった。駅方面から出勤してきた人たちを降ろした職員送迎車に乗り込んだところ、運転手さんから「すみません、もう一人迎えに行きますので」と言われて、病院よりもさらに山の上の住宅地から出勤する看護師さんを迎えに行くのにそのまま同乗することになった。ちょっとしたドライブである。富士山を望む「見晴台」という地名だけれども、春霞のためか黄砂のためか霞んでいて、あいにく富士山は見えない。その代わり、鮮やかな黄色に輝く菜の花畠を見ることができた。文部省唱歌「朧月夜」の歌詞「菜の花畠に入日薄れ・・・」を思い浮かべる。この歌は格調高い定型詩に日本人好みのほぼ「ヨナ抜き音階」の旋律がマッチしていて激しく郷愁をそそる。日が沈んだばかりの菜の花畠は薄暗がりの中で黄金色に輝いてきっと幻想的な光景だろうなあ。与謝蕪村の俳句「菜の花や 月は東に 日は西に」もそんな景色から生まれた句なのだろう。この時期、料理に茹でた菜花が添えられることがあって本格的な春の到来を感じさせる。

 黄色は心理的には気分明快・開放感をもたらすとされているし、風水では金運をもたらす色とされている。私たち神経質人間は、目立たない無難な色を好みがちだ。私のシャツやネクタイも地味な白・青・グレー系が多い。たまには菜の花を連想させるような鮮やかな衣類やグッズを身につけて気分転換を図るのもよいかもしれない。

2013年3月18日 (月)

神経質礼賛 887.山頭火

 昨年末の1224日、NHKで「放浪の俳人 山頭火 現代に響く魂の言葉」という番組が放送された。ビデオに録っておいたが、よい番組だったのでさらにキャプチャーしてパソコンにも入れてある。山頭火の句に触れて心の危機を脱することができた人たちの話を交えながら山頭火の生涯と名句を紹介していくという番組で、種田山頭火役を神経質人間の竹中直人さん(105話・484)が好演していた。果てしない道を僧衣でトボトボと一人歩いていく山頭火の姿は「どうしようもないわたしが歩いてゐる」「まっすぐな道でさみしい」そのものだ。最後に住んだ松山の一草庵には「濁れる水の流れつつ澄む」の石碑がある。これは死の1か月前の句であり、苦悩の末につかんだ澄み切った水のような境地に達した句である。あるがまま、の心境ともいえるだろう。私は「捨てきれない 荷物のおもさ まへうしろ」の句に惹かれた。家康公遺訓「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」(209話)にもあるように、捨てられない心の荷物は増える一方である。悟りきった禅僧のように重荷を捨てることはできないけれども、前後にぶらさがる荷物の重さを感じながら生きている限り一歩一歩歩いて行こうと思う。

 うつ病になり希死念慮にさいなまれたあるサラリーマンは休職中に図書館で山頭火の句集を読み、「生死(しょうじ)の中の雪ふりしきる」という句に自分を重ね合わせて涙した。苦しんでいるのは自分だけじゃない、すべての人間や動物は生死を賭けて今を生きているのだと。まだ服薬は続けているが、今では仕事を休むこともなくなり、出勤前には「だまって今日の草鞋(わらじ)穿く」の句を心に浮かべて、とにかく今日一日何とかやればよい、という思いで革靴をはいて家を出るという。

 書店にTown Mook『人間 山頭火と放哉』(徳間書店750円)という雑誌があって、手に取ってパラパラ見ているうちに欲しくなって買った。種田山頭火(1982-1940)は尾崎放哉(1885-1926)とともに荻原井泉水の門人で自由律俳句の俳人であり、酒で身を持ち崩し、出家して放浪した点は共通だが、作風は「動」と「静」で異なっていると言われている。山頭火は山口県の裕福な家庭に生まれたが、父親は家を顧みず愛人と遊び歩くような状況で、母親が自殺し、大きなショックを受けた。早大文学部に進学するも神経衰弱にかかって中退。その後、家業の酒造所が破産し、妻とは離縁。睡眠薬自殺を図ったこともある。自虐の念に苦しみ吐露した句は、自らの弱さを素直にさらけ出していて、とても共感できる。神経質人間はしばしば落ち込んでは「自分はダメだ」という思いにさいなまれる。そんな時には山頭火の句を読み、山頭火のように果てしない道を一人で歩いている自分を想像してみると、「この道しかない春の雪ふる」という気持ちになり、とにかく歩いて行こう、という元気がわいてくるのではないだろうか。

2013年3月15日 (金)

神経質礼賛 886.ティッシュペーパー

 連日、天気予報の花粉予報は「非常に多い」が続く。今がスギ花粉のピークだそうだ。内服薬を飲んで、点眼薬と点鼻薬を使っているが、抑えきれずにクシャミ連発、眼のふちは真っ赤である。我が家は「花粉症だよ全員集合」状態なので、この時期、ティッシュペーパーの消費が激しい。1日平均1箱くらいずつ減っていく。ホームセンターで安い時にまとめ買いしているからストックは十分にある。在庫管理も神経質の仕事である。

今のボックスティッシュは便利だ。1枚使えば、さあまたどうぞとばかり次が出てくる。日の光が差し込んでいる時によく見ると、勢いよくペーパーを抜き取ると、紙繊維のほこりが高く舞い上がる様子が観察できる。これを吸い込んでまた刺激になってクシャミが出てしまうことも考えられる。ペーパーを抜く時は、ゆっくりと抜いて、なるべくほこりを出さないように気をつけた方がよいだろう。

 ボックスティッシュは使い終わって捨てるのに意外と場所を取る。箱なしタイプもあるけれど、かえって割高だったりもする。妻が捨てると箱をそのままグシャっとつぶすのでゴミの体積が増える。箱を一旦広げてからつぶせばペチャンコになって場所を取らないし、透明の指定ゴミ袋の端に入れておけば中身隠しにもなる。ほんの5秒か10秒でできることである。

2013年3月11日 (月)

神経質礼賛 885.方丈記

 近年、方丈記がちょっとしたブームだという。昨年がちょうど方丈記誕生800周年にあたること、東日本大震災後で種々の災害の記録とも言える方丈記が注目されたことがあるだろう。一頃は大きな書店に方丈記コーナーができていた。遅まきながら私も角川ソフィア文庫の武田友宏編『方丈記』を買ってみた。ビギナーズ・クラシックス日本の古典、の名の通り、角川文庫の古典シリーズもずいぶんソフトになったものだ。活字が大きくて老眼にやさしい。全体を37章に分けて、それぞれ、まず現代訳→原文→解説という構成になっているので、取っつきやすく、少しずつ読んでいきやすい。解説・付録を含めても200ページ足らずである。

 作者の鴨長明(かものながあきら・通称かものちょうめい1155-1216)が生きた時代は、平安時代・貴族の世から鎌倉時代・武士の世への大きな変化があった時期にあたる。保元の乱(1156)、平治の乱(1159)、平清盛太政大臣(1167)、平家滅亡(1185)、鎌倉幕府(1192)と歴史上の大きな出来事が続いた。それとともに、安元の大火(1177)、治承の辻風(竜巻)(1180)、養和の飢饉(1181)、元暦の大地震(1185)、と大災害が続き、伝染病の流行もあって、多くの死者を出し、長明はそれを目の当たりにして、無常観を深めていった。

 長明は下鴨神社の宮司の息子として生まれ、わずか七歳にして従五位下の位階を与えられた。しかし、父親が亡くなって後を継ぐことができず、結婚生活も破綻し、大きな挫折を味わう。さらに三十歳の時には住んでいた祖母宅を追われてしまう。長明にとっては和歌と音楽が生きがいだった。和歌の道では後鳥羽院に認められて、和歌所の寄人(和歌の選者)に任じられ、歌合の際には藤原定家に勝ったという記録も残っている。しかし、後鳥羽院が長明をある神社の宮司にさせようとした厚意に反して、長明は大原に隠棲してしまう。さらには日野に方丈の庵を作り、そこで方丈記を書き上げた。この庵については詳しく記述していて、分解して車2台で運ぶことが可能な構造になっているのが面白い。四畳半サイズのワンルームだけれど、南側には竹の簀子・・・今風に言えばウッドデッキがあり、東側には1mほどの庇を伸ばしてかまど・・・キッチンを設置していて、簡素ながらよくできている。折り畳み式の琴と組み立て式の琵琶も持っていた。自然に囲まれて季節のうつろいを感じながら、シンプルライフ・スローライフを愉しむのにふさわしい作りだったようだ。この方丈は災害や戦乱にまみれた無常の世を生き抜くために長明が開発した強力なツールだったと言えるかもしれない。

長明はどんな性格の持主だったのだろうか。育ちの良さからくる純粋さ、生真面目さ、自尊心の強さがあるが、徹底的に争わずに引いてしまうあたりをみると、強力性と弱力性が入り混じった神経質性格なのではないかと私は思う。隠棲したとはいえ、時々街に出ることもあり、常に世の中に関心を持ち続けていて、ひきこもりの隠者とはまた異なる面を持っている。後世の読者を意識して書いた方丈記は長明の「生の欲望」のあらわれだったのではないだろうか。

2013年3月 8日 (金)

神経質礼賛 884.乾電池による火災

 先日、家電量販店における火災のニュースがあった。火元は乾電池回収ボックスだという。あまり知られていないが、乾電池が原因の火災は時々あるらしい。

 今回の火災がそうかどうかはわからないが、特に危険なのが角型積層電池の006Pである。同じ側に+極と-極が並んでいるため、金属面に触れるとショートしやすい。昔の紙巻や合成樹脂巻の乾電池だったら危険は少なかったが、現在の単3などの乾電池は金属外装なので006P電池の電極側に触れるとショートする恐れがある。また、単1のように大きな電池の電極が触れてもショートするかもしれない。ボタン型電池と一緒にするとさらに危険だ。006Pはコンパクトで9Vの電圧が得られるので、昔はよく小型ラジオに使われていた。現在は単3や単4が主流になってあまり見かけなくなった。我が家にある電池使用製品の中では台所のクッキングスケール(料理秤)にだけ使われている。ちょうど寿命がきて新しい電池に交換したが、古い006P電池の電極側はショートしないようにセロテープを重ね張りしておいた。私が住んでいる地区では乾電池の廃棄は市に電話予約して「燃えないゴミ」収集日に回収してもらうことになっている。それまでの間、袋に入れておいてショートして発火するようでは困るし、回収後に発火する心配もある。念には念を入れ、ということならば、単3や単4電池の電極にもテープを張っておくと安心である。数多くの乾電池を同じ袋に入れれば、006Pでなくても回り回ってショートする恐れもあるからだ。

 メーカーや販売店、そして行政側でも電池による発火事故について周知してほしい。これを読まれた神経質な皆様は少なくとも006P電池を捨てる際には電極側にテープを貼ってショートを防止してほしいと思う。

2013年3月 4日 (月)

神経質礼賛 883.携帯型心電計

 毎年、勤務先の健康診断の際に心電図をとってもらっている。自動診断では正常と出てもよく見れば右脚ブロックがある。疲労がたまっている時にはPVC(心室性期外収縮)が頻発することもある。そこで、奮発して自分の健康管理目的に携帯型心電計を買ってみることにした。私はネット通販はあまり好きではない。実物を見て買いたいし、初期不良があって交換する際には店に持ち込んだ方が話が早い。しかし、さすがに心電計は電気屋の店頭にはないのでネット通販を調べた。オムロンHCC-801という機種で、本体にオプションの心電図印刷ソフトとSDメモリーをセットにして27500円。午後にamazonで注文したら、その日の夕方に発送したというメールが届き、次の日の午前中には送られてきて、対応の早さに驚いた。これでは家電量販店が苦戦するわけだ。本体の大きさは121mm×65mm×24mmで重量130g。ポータブルのハードディスク位の大きさである。電源がアルカリ単4電池2本というのはありがたい。ボタン電池は廃棄が困難だし、充電式だと2、3年でバッテリーの寿命がきてバッテリー交換に苦労する。

 使い方は液晶画面の指示に従って、右手の人差し指を本体の指電極に当てて握り、左乳頭の下5cm位のところに反対側の胸部電極をしっかりと当てて、測定ボタンを押すだけである。計測中の心電図は液晶画面に表示され、30秒程度で測定終了。簡易判定が表示される。さらにSDメモリーをはずしてパソコンにセットし、印刷ソフトを使えば、プリントできる。このプリントには、計測した時の状況を書く欄があるため、その時の自覚症状などを書き込んでおけば、医療機関を受診する際に役に立つ。普通の心電計は手足に電極をつながなければならず、さらに胸部誘導も記録するとなると胸部に6個の電極を付ける必要があって電線だらけだが、この機種では一切電線がないのが優れている。

 すでに家庭用の血圧計は5千円以下で買える。手軽な小型の手首式もある。我が家にも一台あって、自分専用に手首式も持っている。今では中高年者の家庭には一家に一台あると思われる。心電計はまだまだ値段が高いし、心電図の知識がある程度は必要ではあるけれども、せめて1万円を切るようになればもっと普及するだろう。医療機関で安静時に測定するだけでなく、実際の生活の中で運動後とか飲酒後とか入浴後とかであっても随時チェックできるのはとてもよいことだと思う。自分の健康は自分で守らなくては。

2013年3月 2日 (土)

神経質礼賛 882.梅

 私が住んでいる街にはビルに挟まれた小さな天満宮がある。その前を通ってみたら、梅の花が咲き始めていた。今のところ三分咲きといったところだ。神経質人間だった菅原道真(381話・拙著p.223-224)は、「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)」の歌にあるように、梅を愛したことで有名である。彼を祀った各地の天満宮(天神さん)には必ずといってよいほど紅梅と白梅が植えられている。桜の花に比べると、まだ寒いうちから静かに咲く梅の花は神経質にとても似つかわしいような気がする。

 「桃栗三年、柿八年」という言葉はどなたも御存知だと思う。芽が出てから実が成るようになるまでかかる年数から、何事も成就するまでには年月がかかるという喩えである。この言葉には実は続きがあって、「梅は酸い(すい)とて十三年」あるいは「梅は酸い酸い十六年」なのだそうだ。梅は桃、栗、柿よりもずっと実がなるまで年数がかかるのである。

 神経質人間はスロースターターの上に、あちこち寄り道してしまう。症状もその寄り道の一つである。しかし、一旦目標を定めて動き出せば今度は簡単には止まらない。粘り強く努力を重ねてついには実を結ぶ大器晩成型なのである。努力しても他の人のように成果が出ないからといってガッカリすることはない。普通の人よりも年月がかかるだけのことだ。地道にやっていれば結果は後からついてくる。

2013年3月 1日 (金)

神経質礼賛 881.中華風しゃぶしゃぶ

 我が家で冬から春先にかけてよく登場する人気メニューは中華風しゃぶしゃぶである。普通の鍋料理は子供たちが嫌う。ある時、新聞に出ていた中華風しゃぶしゃぶのレシピを見て、妻が試したところ、子供たちもこれならいい、ということで定番メニューとなった。

 土鍋で湯を沸かし、ごま油と市販の中華だしを入れる。各自の器にはすきやき同様に生卵を入れ、好みで豆板醤(トウバンジャン)と醤油を加えてかき混ぜ、刻んだ細ネギを加える。後は、土鍋を卓上コンロで加熱しておき、豚バラ肉しゃぶしゃぶ用、チンゲン菜、白菜、太ネギ、豆腐、しいたけなどを各自鍋に入れて食べていく。しゃぶしゃぶとは言っても太ネギと豆腐としいたけは時間がかかるので、しばらく鍋に入れておくことになる。豚肉とごま油と豆板醤の相性は抜群である。最後にもう一度中華だしを鍋に入れ、適量の醤油を加え、ラーメンを入れて〆にする。ここでは神経質な私がラーメン奉行(?)を務める。それぞれ麺の硬さの好みが違うので、茹で加減には注意している。

 このメニューのよいところは、安上がりで栄養満点であり、体がポカポカに温まり、家族の話も弾む点である。欠点は、時間がかかるので休日の前夜しかできないことと、ごま油のニオイが部屋に充満して翌朝まで残ってしまうところである。あと1か月くらいは、この中華風しゃぶしゃぶを楽しむことになる。

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30