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2013年5月31日 (金)

神経質礼賛 910.緊張しない人はいない

 先週の金曜日、博多の学会から帰っていろいろやりながらTVをつけていたら、NHKのスポプラという番組で、陸上の譜久里武選手を取り上げていた。譜久里選手は40歳以上では日本人でただ一人100m10秒台の記録を持っており、マスターズの世界大会に挑戦するのだという。譜久里選手は試合の時の緊張感を何とかしたい、緊張しないようにしたいと考えて、琉球舞踊の大家のもとを訪ね、緊張しないための極意について教えを求めた。ところが、その大家の言葉は「緊張しないようにすることはできない。私も緊張する」ということだった。

 緊張に関しては今まで何度か書いている(4話・5話・49話)通りである。有名なスポーツ選手や演奏家や歌手たちでもみな緊張する。緊張しない人はいない。緊張して心拍数が上がり血圧が上がるのは、自然な反応なのであって、俊敏に戦う、場合によっては危険からすばやく逃れるためには必要なことなのである。逆に緊張が足りなければ十分に力を出すことができない。実際、緊張が足りない時には油断してセリフを間違えたりすると言っている俳優さんもいる。ところが、特に神経質な人は、自分は気が小さくて緊張するからいけない、気を大きくして緊張しないようにしたい、と考えがちである。それは「不可能の努力」(570話)というものである。緊張しないようにとこだわればこだわるほど緊張が気になって逆効果になる。緊張するのは当然である、とあきらめて、緊張しながらも一生懸命に行動しているうちにいつしか緊張していることを忘れる。その時にはその人の最大限の力が発揮できるのである。

2013年5月27日 (月)

神経質礼賛 909.博多土産

 このところ、学会参加は日帰りが多く、今回は珍しく1泊したので、たまには病院にお土産を買って帰ろうと思っていた。帰りの新幹線に乗る前にすぐ買えるように、1日目の夜に博多駅のお土産品コーナーを神経質らしく下見しておく。4つの病棟、事務系、給食系、と6部門に約20-30人のスタッフがいるから、人数を考慮して買わなくてはならない。今は「博多通りもん」というお菓子がよく売れているらしい。「ひよこ」も昔から有名だ。休憩時間にお茶を飲みながら一口で食べられる程度のお菓子がベストである。いろいろ見た上で、20人分で済む部門には二鶴堂のミニバームクーヘンの中に小豆ようかんを詰めた「博多の女(ひと)」を、30人前後の部門には「博多の女」「博多餅」「飛梅物語」のお菓子の詰め合わせ「博多紀行」に決めた。

 学会2日目は専門医更新のポイントが最大限もらえる6時間を超えてキリの良いところで退出し、これまた1日目に下見しておいた博多駅地下の「めん吉」というラーメン屋に入り、極めて遅い昼食をとる。ラーメン580円に明太子御飯とミニギョウザ5個セット250円を付けた。「ニンニクは入れますか?麺の硬さはどうしますか?」と聞かれて「ニンニクなしの普通で」と注文した。とんこつスープだけれども意外とさっぱりしていて、麺はストレートの極細麺でとても「うまかー」である。思わず「替え玉」を追加したくなる味だ。それから駅近くのコンビニで乗車中に食べるサンドイッチと飲物を買う。後は計画通りにお土産を買っていく。なかなかの重量だ(帰宅して測ると4.4kgあった)。新幹線ホームには発車10分前に上がる。

 帰宅してもやることはいろいろある。まずは洗濯、そして翌日からの土日連続当直で着る物を揃える。郵便物やメールもたまっている。あれこれやってからブログを書き始めたが、0時を過ぎてしまい、いつも更新している金曜のうちには間に合わなかった。何もかも予定通り、というのはむずかしいものだ。

2013年5月25日 (土)

神経質礼賛 908.聖福寺

 23日・24日と博多で開催されている日本精神神経学会に参加してきた。長時間にわたり学会場に釘付けされているので、福岡観光は難しい。神経質人間だった菅原道真(381話)ゆかりの太宰府へ行ければなあ、と思ったがその時間もなかった。それでも、どうしても行きたかった福岡市博物館には行くことができた。ちょうど日本最初の禅寺・聖福寺の寺宝の展示が行われていたからである。その中には仙厓さん(90・238話)のコーナーがあって、禅画や書や愛用品が展示されていた。仙厓さんの画を見ていると、ほのぼのとした心持ちになり、ついつい笑いがこぼれる。虎を描いてもどこか可愛らしい。いつまでも見ていたくなる。仙厓は荒れ果てていた聖福寺を中興した人でもある。「死にともない(死にたくない)」を繰り返し言って死んでいったと伝えられる。これは森田正馬先生も同じである。仙厓が亡くなる前に書き残した書があって、「来る時来る処を知り 去る時去る処を知る」と書かれていた。仙厓さんは、よく生きよく死んでいったと言えるだろう。博物館の常設展には倭の奴国の金印や黒田家の財宝が展示されていて、中学生の団体が見学に来ていた。

 学会の帰りに博多駅近くの聖福寺に寄った。観光寺院ではないから街中なのに静かな空気が漂っていた。夕方で、横の保育園に、子供を迎えにお母さんたちがやってくる時間帯だった。子供たちのシアワセ感が伝わってきた。

 

2013年5月20日 (月)

神経質礼賛 907.トコロテン

 普通、カレーライスやハヤシライスにはサラダが付き物である。ところが、勤務先の病院ではサラダの代わりにトコロテンが出ることがある。酢醤油がかけられ、トッピングは青海苔で、器の横に辛子が付いている。長年の習慣で、何とも思っていなかったのだが、よく考えてみると不思議な組み合わせである。カレーやハヤシにトコロテンが付いてくる食堂は皆無なのではなかろうか。近くの伊豆地方がトコロテンの原料・テングサの産地なので、地産地消ということなのだろう。トコロテンは関西地方では葛きりのように黒蜜をかけて、さらには果物といっしょに食べるのだそうで、どちらかと言えばカレーやハヤシの後には関西風にデザート感覚で甘味系にしたら良いのでは、と思ったりもする。

 トコロテンの大部分は水分で栄養価はほとんどないけれども、腸内で消化されない食物繊維による整腸作用が期待できる。自然のダイエット食品としてもっと注目されてもよいのではなかろうか。


 
 トコロテンという言葉からは「ところてん式」という連想が働く。ところてん式に進学し、ところてん式に卒業する、というように、何も勉強しないまま押し出されてくる高校や大学の卒業生を揶揄する言葉である。学校ならばところてん式に出てきても一応は卒業証書がもらえて高卒とか大卒として処遇されるメリットはある。しかし、神経症の治療法である森田療法は、たとえ入院しても、ただやったというだけではダメである。ところてん式に退院しても実生活に戻ったら何も変わっていなかったということになってしまう。たまに、あちこちの森田療法施設に入院していて、あれこれと施設の批評をする人がいるけれども、大切なのは理屈ではなく本人の実際の行動である。実生活の中で森田療法の考え方を実践する・・・症状があってつらくてもやるべきことをやっていく・・・ことができれば、本物なのである。

2013年5月17日 (金)

神経質礼賛 906.お風呂の順番

 皆様のご家庭では、入浴の順番はどうなっているでしょうか。昔の大家族時代だったら、家長たる夫あるいは年長者から入り、嫁は最後、なんていう風習があったけれども、現在は女性が先というところが多いのではないかと推測する。これに関しては残念ながら調査資料が見当たらなかった。わが家では妻か娘が最初に入り、汗臭い男どもは後、という具合である。たいてい私が最後に入って、簡単に浴槽を洗い、ゴミ収集日の前日には排水口のフィルターに溜まった毛を捨てている。

 前回述べたように、勤務先の病院の患者さんたちは週2回しか入浴日がないけれど、森田療法を行っている病棟では外作業で汗をかくので、毎日入浴あるいはシャワー利用が可能である。その順番では、いわば先輩にあたる古株さんが優先されている。ただし、森田療法の初めの絶対臥褥期は入浴ができない。一週間、一人で自分と向き合い、今までの人生を見つめ直して、あれこれと煩悶し尽くして心の垢を流した後、入浴する爽快感は格別だろうと思う。

 森田先生の時代は家長制の時代だったから、当然、お風呂の順番は決まっていたように思うかもしれない。しかし、そのような順番はなく、汚さずにきれいに入る者から入ればいいということになっていた。絶対臥褥明けの患者さんは「きれいに早く入る」ことを先輩患者さんから指導されていた。不潔恐怖の人は入浴に時間がかかるから、森田先生の奥さんに叱られる、ということがあった。森田先生の家族や女中さんたち、そして患者さんたちが入浴したのだから、効率よく入る必要があった。そういう中で、いやおうなしに早く入るとなるとあれこれ気にしている暇はなく、不潔恐怖に対する治療効果も大きかったはずである。先生と一緒に入浴して、薫陶を受けた患者さんも少なくなかった。そして、湯水は無駄なく使い、燃料の薪も効率よく使う、「物の性(しょう)を尽くす」・・・その物の価値が最大限に発揮されるように使う・・・を学ぶ場でもあった。入浴も含めて、生活のすべての場面が森田療法だったのである。

2013年5月13日 (月)

神経質礼賛 905.入浴回数

 精神科に長期入院している患者さんたちには水虫などの白癬症が多い。抗真菌剤の軟膏やクリームを塗ってもなかなか治らない。爪白癬をきたしている人もよく見かける。重度の人には内服剤を3か月から半年くらい服用してもらうこともあるけれど、改善は難しい。閉鎖病棟では週2回しか入浴日がなく、入浴を拒否する患者さんもいるし、入浴しても体をきれいに洗えない人もいる。それが白癬症の一因になっているのではないかと思っている。看護スタッフは大変だけれど、毎日足浴させてから抗真菌剤を塗布していると1カ月くらいでずいぶんよくなるケースがある。

 自分一人の時はシャワーで済ませることがあるけれど、普段、何気なく毎日入浴している。学生時代、東京で銭湯を利用していた時には、夏場は週4回、冬場は週3回にしていた。洗面器とタオルを持って5分位歩いて行くのは(特に雨の日は)ちょっと億劫だし、銭湯の料金も年々値上がりしたから、そうそう毎日は行けなかった。今なら学生アパートはバス付が当たり前になっていて、容易に毎日入浴することができるだろう。

 普通は週に何回入浴するものだろうか。知りたがりの神経質ゆえ調べてみた。ちょっと古いデータだが、2004年に時事通信社が成人男女2000人を対象に調査したものがある。それによれば、毎日入浴する人が77.2%、週3-4回が11.1%、週5-6回が5.4%、週2回が2.7%、週1回が1.6%、ほとんど入らないが2.0%だったという。地域差もあるようで、毎日入浴する率は、北海道では47.2%、北陸では48.0%と全国平均より低かったが、これは、冬場の寒さが影響しているのではなかろうか。ともあれ、この調査では入浴が好きという人が75.8%で、どちらかといえば好きの17.8%を加えれば、ほとんどの人は風呂が好きなのだ。

病院での入浴は介助を要する人が多いため、かなりのマンパワーが必要である。でも、できることならば、週3回くらいは入浴できるようになるといいなと思う。

2013年5月10日 (金)

神経質礼賛 904.腰痛への対処法

 最近の腰痛への対処法について、891話に書いたが、このほど発売された日経メディカル5月号にさらに詳しい記事が掲載されていた。昨年11月に発行された「腰痛診療ガイドライン」では、痛みに応じた活動性の維持が機能回復や再発予防に有効であるとしている。重篤な脊椎疾患を疑う危険信号のない初診腰痛患者に対してすぐに画像検査をする必要はないとし、急性期であっても運動療法を強く推奨している。実際、非特異的急性腰痛(いわゆる「ぎっくり腰」)で受診した患者を追跡調査した研究によれば、安静群では1年後までの再発率が32%だったのに対し、活動群では再発率が16%と少なかったという結果が出ているという。患者が腰痛を恐れて痛みを回避しようとする恐怖回避思考がかえって機能障害を招き、再発を高めると考えられている。さらに、別の研究では、体幹筋力強化ストレッチを行った運動群と薬物療法群を比較すると、両群とも痛みが改善し、改善効果には差がないことが示されているそうである。運動と薬の効果は同じというわけである。


 
 この腰痛への新しい対処法は、うつ病にも言えることだと思う。かねてから私はうつ病に対してむやみに安静をすすめるのは不適切だと考えている(312話・328)。エネルギーが枯渇した状態のうつ病に安静・休養が必要なのは言うまでもないが、回復状態に応じて適度な作業療法のようなリハビリが必要である。必要以上に安静を続けていては、機能低下を招き、回復が遅れることになる。特に、新型うつ病と呼ばれるようなタイプの「うつ病」に安静を勧めては逆効果になる懸念がある。場合によっては仕事が最良の薬ということもありうるのである。

 ましてや、神経症に安静は論外である。仕事を見つけて行動していくのが治療になってくる。病気に逃げ込んでいては、いつまでたっても治らない。

2013年5月 6日 (月)

神経質礼賛 903.痩せるサプリはご用心

 

 以前、うつ病のため外来で他の先生にかかっていた男性が数年ぶりに受診した。前日も受診していて食欲不振、嘔吐を訴え、内科を受診するように言われて内科に行ったら異常ないと言われたとのことである。私は初めてお会いする人なので、いろいろと聞いてみたが、仕事上のストレスは特になく、家庭的にも問題は見当たらない。すると、一緒についてきた母親が「これ言っていい?」と本人に言う。本人が渋い顔をしたが、聞きただすと、知り合いの看護師さんに勧められて痩せるサプリを1か月前から飲み始めたのだそうだ。肥満を気にしていて、その看護師さんから、「痩せたらいいコを紹介してあげるから」と言われて、高いサプリを買って飲んでいるという。確かに食欲が落ちて嘔吐するくらいだから、「痩せるサプリ」というのは嘘ではないのだが、「いわゆる健康食品」による健康被害、と言う方が適切であろう。まずはそのサプリを止めて様子を見るようにと指示した。

 

 テレビ番組あるいはテレビCMにはダイエット効果を謳った健康食品やサプリがよく登場する。こうした痩せるサプリの類による健康被害は後を絶たない。中国製のダイエット食品により多数の利用者に肝障害を起こし、死亡者まで出て問題になったことがある。この食品からはフェンフルラミン、乾燥甲状腺末などの医薬品が検出された。別の製品には中枢性の食欲抑制剤が含まれていて、血圧上昇や頭痛の副作用を示すものもあった。厚生労働省はホームページ上で「医薬品成分が検出された製品リスト」を発表して注意を喚起している。しかし、医薬品が検出されないハーブでも肝障害・下痢・嘔吐・動悸・頭痛などの障害をきたすケースもある。ハーブや自然の生薬だから安心、というのは大間違いである。高いお金を出して健康を損なうようではバカバカしい。神経質の皆様はこうした痩せるサプリを買われることはないだろうが、痩せるサプリは御用心、である。痩せたければ、時間はかかるけれども、食べるものに気を配り、適度に運動する、という生活習慣の改善が一番確実で健康的である。

 

2013年5月 3日 (金)

神経質礼賛 902.日本史上最強のパワースポット?

 前話の結婚披露パーティー。開始1時間半前に会場で音出しができるというので、それに合わせて行こうと思ったが、さらに1時間ほど早く浜松駅に着いた。そこで、例によって、ミニミニツアーである。

 今年の1月30日付読売新聞に歴史学者・磯田道史さんの「古今をちこち」というコラムがあり、「浜松に史上最強の霊地」と題する記事だった。浜松城はかつて現在の地より400mほど東側にあり引間(ひくま)城と呼ばれていた。そこの城主・飯尾氏の配下の松下氏が曳馬ノ川辺で猿そっくりの少年を拾ってきた。尾張出身16歳の「猿」は3年間ここで働く。最初は草履取だったが働きが良いのでやがて側近に抜擢され出納管理まで任されたが、同僚たちのいじめに遭い、見かねた松下が帰国の銭を与えて暇を出した。これが木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉だった。この城が落城した後に主となったのが徳川家康である。家康はこの地に1年間住んだ後、城を拡張し、浜松城とした。秀吉と家康。二人が寝起きして天下人への道を歩み出した地は現在の浜松市中区元城町111の2。そこに浜松東照宮がある。日本史上最強のパワースポットでありながら、全く知られておらず、参拝客も少ない。しかし、秘かにここに参拝して成功した社長が何人もいる、と磯田さんは書かれている。

 バスで行くならば浜松城公園前で降りて道路を渡り、ホンダプリモの裏になる。浜松駅から歩いても20分足らずの散歩道だ。かつての繁華街を歩いていくと、日曜日の昼近いというのに人通りは少ない。郊外大型ショッピングセンターに客を奪われてデパートが破綻したり撤退したりで商店街もシャッターが目立つ。寂しい限りである。案内板はないが浜松東照宮に入る所には道路に石碑が立っている。鳥居に向かって歩く。いかにも小さな町内の神社、といった感がある。境内には自治会の防災倉庫が立ち並ぶ。しかし、手水舎には神社の来歴が書かれた看板があり、本殿脇には「権現道」と書かれた石碑がある。私も日本史上最強のパワースポットを参拝する。出世は無縁なので家族の健康を祈っておいた。

浜松は風の街であり、年中強風が吹いている。そのため凧揚げには適していて浜松まつりの凧揚げは大変有名である。パーティー会場のアクトシティへ向かう道も強風が吹き荒れていた。自転車で通りかかった老婦人の帽子が吹き飛ばされたので拾ってあげる。地図のコピーをバックから出して見ようとしたら、会費に用意した新札が1枚吹き飛ばされてしまった。あれよあれよと言う間に通行車の間をぬってお札は片側2車線道路を渡っていく。中央分離帯のところで引っかかったように見えたので車の流れが切れた時に追いかけようとしたが、さらに反対側に飛ばされていったので、諦めた。これはパワースポットの霊力だろうか?賽銭が少な過ぎると神経質権現・家康様(11話・207話)のお怒りによるものか? ともあれ、飛ばされたのが千円札1枚だったのが救いである。

2013年5月 2日 (木)

神経質礼賛 901.久々の白ネクタイ

 歳が多くなってくると、通夜と葬式、年忌の法事に出ることが多くなる。黒ネクタイの登板回数が増える。それに対して、白ネクタイは、近い世代の友人や従兄弟たちの結婚式はとうの昔に終わっているので、日の目をみることがない。

 そんな中、久々に白ネクタイの出番が来た。日曜日に、浜松医大の同期でオケのホルン奏者かつトレーナーだったK(352話に登場)の結婚披露パーティーがあった。同期とは言え、社会人から医大に入り直した私に比べれば8歳年下、まだ40代後半であり、公的な病院の放射線科部長をしている。毎年、K君からの年賀状には「結婚まだです」と書かれていたが、今年は違った。結婚式は今年の正月にすでに済ませ、今回の披露パーティーは音楽仲間の演奏会を兼ねるという企画だ。彼から1曲演奏を頼まれていて、候補曲5曲の中から彼に選んでもらった結果モンティ作曲「チャルダシュ」になった。

 開始時刻の1時間半前から会場で音出しができるというのでその前に会場に到着。すでに後輩のトロンボーン奏者が練習していた。私も準備する。伴奏CDはいきなり始まらないように短い無音トラックを加えておいたのは神経質のなせる業である。音量をチェックしてOKだ。後は奥さんのピアノ教室の生徒さんたちがリハーサルをする。1時間ほどロビーで待機してから受付を済ませる。プログラムが受付に貼ってあって、それを見て少々ビビる。私の出番はだいぶ後の方になっていた。医大オケのメンバーたちと久しぶりの再会で話も弾む。

 パーティーは新郎新婦入場・祝辞・ケーキカットの後は演奏会となった。まず、弦楽器メンバーがチャイコフスキー作曲「弦楽セレナード」第1楽章の超短縮版とモーツァルト作曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第1楽章を演奏。次に管楽器メンバーの合奏があった。子供さんたちが大勢いることに配慮して「忍たま乱太郎」テーマ曲もあった。トロンボーン奏者はかなりの難曲に挑戦していた。奥さんの友人のピアニストたちの演奏も入る。ピアノ教室のかわいい生徒さんたちが6手(3人)連弾・8手(4人)連弾の曲を披露。そして、私の出番である。緊張するけれども始まってしまえばとにかく弾ききるだけである。下手な演奏ながら「なりきる」ことはできて、皆さんに喜んでいただけたようだ。さらに40名から50名もいようかという中高年男女の団体が入場してきた。奥さんが関係する合唱団のメンバーで、「大きな古時計」「よろこびの歌」などを披露してくれた。〆がK君のホルン、奥さんの伴奏でモーツアルト作曲ホルン協奏曲第3番の第2楽章「ロマンス」だった。これからもお二人でロマンスを奏でていってくれることだろう。

 やっぱり白ネクタイは気持ちがいいものだ。

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