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2013年7月 1日 (月)

神経質礼賛 921.使えるものと使うもの

 625日付読売新聞家庭欄には、左のページに、自治体が「ごみ屋敷」対策、右のページに「老前整理」で身軽に、というタイトルの記事が並んでいた。高齢者のごみ屋敷は各地で問題になっている。東京都足立区は、ごみ屋敷対策条例を施行し、ごみの撤去費用を住人が負担できないと判断された時には区が肩代わりすることにした。ごみ屋敷は住人が孤立しているということであり、高齢者が生活に対する意欲や能力を失う「セルフネグレクト」(自己放任)が背景にあるという。ただでさえ、高齢者は限られた年金での生活のため、ものを所有することへの執着が強くなり、ものをため込みやすい。それに加えて体力や気力が衰えて片付けが困難になる。ごみ屋敷になってしまわないように、「老前整理」が必要になってくる。そのためには「使える」ものと「使う」ものを区別して、使えても実際には使っていないものは少しずつ処分していくことが必要だと記事には書かれていた。

 この記事は身につまされる思いがした。母が一人で住んでいる実家はごみ屋敷一歩手前である。母は空き箱や包装紙や袋の類は「使えるから」と何でもとっておいた。古い衣類も「もったいない」と捨てなかった。その結果、かつて私や弟が使っていたベッドの上には高々と古着の山が築かれ、廊下や階段にも空き箱が積み重ねられるという有様だった。さらに床の上には本や雑誌やいろいろな講習会でもらってきた資料類が積まれていた。今回、母が入院した約1カ月の間、週末に片付けとごみ処理をした。神経質の作業療法である。実家は3kmほど離れている。車が入れない路地に面しているため、まずは歩いて行って片付け、ごみ袋や雑誌や雑紙の束を門のところに並べる。一旦自分の家に戻って今度は車で来て近くの路上にハザードランプをつけて停車し、ごみ袋や雑誌・雑紙の束を急いで車に運び込む。雑誌・雑紙の束は古紙回収業者のコンテナがある所まで運んでそこに置いてきて、ごみ袋は自宅のごみ収集日に捨てるということを繰り返した。処分できたのは燃えるごみが45リットルごみ袋で30袋ほど、家庭画報とか料理関係の雑誌が200冊ほど、ほぼ同量の雑紙。大変な作業だったが、やっと全体の2-3割といったところである。母が退院して戻ってきたので、派手にやるわけにはいかないが、毎週足を運んで少しずつやっていく必要がある。私自身、使えるものと使うものの見極めをしなくては。新しい衣類を買ったら古いものは捨てる、「また見るかもしれない」といって何年も見ていない書籍・雑誌類は思い切って処分しなければなあ、と思う。

もちろん、「物の性を尽くす」という森田療法の考え方にあるように、物を大切に使い、その物の価値を最大限に高めることは大切である。しかし、使えても使っていない物たちに家の中を占領されるようでは困る。すぐに使わないものは買わない・もらわない、というように物を増やさないことも必要である。

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コメント

先生、おはようございます。
先日、お客さまの依頼で植木鉢の片付けに伺いました。80代の女性が終活したいので植物を減らしたいといわれました。別居しているお子さんは植物には興味が無いので、先ずは好きな方々に差し上げて、最終的には処分されるそうです。 最近は、このような仕事も増えました。私も身のまわりを軽くしていかなければ…と毎回考えさせられます。


お母さまのコレクション、私の母も同じです。箱や包装紙はお宝だそうです。 いつか私のコレクションも娘たちが片付けてくれるのかな…

ヒロマンマ様

 コメントいただきありがとうございます。

 丹精込めて育てた植物類だとご本人にとって思い入れが深くて、処分するにはかなりの思い切りがないとできにくいでしょうね。その御婦人は大切にしてきた植物のことも考え、御自分の亡き後にそれを処分しなくてはならないお子さんのことも考え、最善の選択をされたのでしょう。

 なるべく身の回りはスッキリさせておきたい、と思いながらもなかなか実現は困難です(笑)。

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