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2013年7月 5日 (金)

神経質礼賛 923.今でしょ!

 今年の前半、「今でしょ!」という言葉が流行した。予備校の人気講師の林修さんが「いつやるか? 今でしょ!」と言ったのが大ヒットしたのだ。それをもじって「いつ買うの? 今でしょ!」のような宣伝文句のCMやチラシをよく見かける。

 同じような言葉は以前からあった。40年以上前に中学の修学旅行で京都・大徳寺の大仙院を拝観した時、尾関宗園さんのお話を聞いて「いま頑張らずにいつ頑張る!」という熱い言葉に喝を入れられた心持がしたものだ。大仙院のホームページを見ると尾関さんは80を過ぎた今も意気軒昂の御様子である。


 
 今やらなくてはとわかっていながら、受験勉強はつらいものである。英単語や構文や古語の動詞・助動詞の活用や数学・物理の公式や解法や年表や・・・まずは暗記しなくてはならないものが多い。めんどうだなあ、嫌だなあ、と思うとますますやる気がしなくなる。私にも覚えがある。大学受験の勉強を始めたのは高校3年の夏近くになってからだった。それまでは試験のための勉強なんかしたくない、と言い訳して音楽ばかりやっていた。成績は奈落の底まで落ちていた。焦っても仕方がない。とにかくやっていくしかない、と腹をくくり、特に苦手な数学Ⅲは基本的な問題集から順にひたすら解いていったら不思議と問題がよく見えるようになっていった。結局は気分本位になってやるべきことをやっていなかった、という一言に尽きる。試験のための勉強なんかしたくない、というのは神経質の屁理屈・悪智だった。

 森田先生は次のように言っておられる。


 
 いやな事を、いやでなくしておいて、それから手を出そうとするのが、神経質の通弊でありずるいところである。試験勉強は、当然苦しい。それで勉め強いるという。もしそれが面白かった時には、試験道楽というべきである。その苦しいのを面白くありたいと思う時に、読書恐怖になるのである。

 苦しいながら、我慢して勉強するのを、柔順という。その柔順は、初めは、ほんのふりをするだけでも、ともかくも、実行しさえすれば、心のうちの感じは、どうでもよい。これを気分本位を捨てて事実本位になるというのである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.409


 
 受験勉強に限らず日常生活も同様である。逃げて先送りしたところでいつかツケが回ってくる。神経症も然り。症状が辛いからと、やらなくてはならないことを避けていては良くならない。対人恐怖や会食恐怖があっても、仕方なしに人前で話し、食事を共にする。パニック発作は恐ろしいけれども死ぬことはないのだから電車に乗ったり会議に出たりする。不潔なものが付いたような気がしても他の人と同じように行動して手洗いや衣類を洗う行為は我慢する。何度も確認したくなって後ろ髪を引かれる思いがしても戻らずに前へ進む。どれも「今でしょ!」であり、「いま頑張らずにいつ頑張る!」である。嫌だなあと思った今が勝負時なのである。

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