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2013年8月16日 (金)

神経質礼賛 936.死の恐怖

 もう長年、外来に通院している神経症の患者さんがいる。抗不安薬と睡眠薬が処方されている。今週は珍しく「すみませんが今日は話が長くなります」と言うので何が起こったのかと聞いてみると・・・。「夜になると自分が死んだらどうなるのかと気になって不安で不安でしょうがないんです。それで姉のところに電話しちゃうんです。うつ病になっちゃったんでしょうか」ということだ。

 この人は結婚歴はなく単身生活である。趣味もなく酒もたばこもやらず、ひたすらまじめに働き続けてきた人だ。数年前、仕事中に大きな事故に遭い頭に重傷を負って入院したが後遺症は残らずに済んだ。退院後はすぐに出社し、休むこともなかった。そんなこともあって、会社側からは定年後も嘱託で働いたらどうだ、と勧めてくれたが、本人は同情されているようで嫌だと60歳で定年退職してしまった。こういう人が退職すると、ひきこもってしまったりアルコール依存に陥ったりしやすい。何か趣味を探すとかボランティアをやってみるとよい、と私は勧めていた。時間を決めて散歩をしたりフィットネスクラブに通ったりして調子が良いようだったのだが、クラブに昼間に行くと、自分より年配の人ばかりで、老人のデイサービスに行っているみたいで嫌だと思い、トレーニングマシンを購入してクラブには行かなくなった。すると、ひきこもり傾向となり、夜になると死の恐怖に怯えるようになってしまったのである。


 
 以前、400話に書いたように、「死は恐ろし 恐れざるを得ず」という森田正馬先生の色紙に書かれた言葉がある。


 
 「死ぬるは恐ろしい。生きるのは苦しい」。言い換えれば、「死を恐れないで、人生の思うままの目的を、楽々とし遂げたい」という事になる。これが神経質の特徴であって、無理にも、自然に反抗しようとする態度になり、死は当然恐ろしい。大なる希望には、大なる苦痛・困難があると、極めて簡単な事を覚悟しさえすれば、それだけで神経質の症状は、強迫観念でもなんでも、すべて消失するのである。既に神経質の全治した人には、これが簡単に理解できるが、まだ治らない人には、全く嘘のような法螺のような話である。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.183


 
 この人の場合、外に出なくなって、自分自身の方に注意が向いてしまい、注意集中→感覚の鋭化→意識の狭窄→注意集中→・・・という精神交互作用と呼ばれる悪循環が起き、不安に強くとらわれるようになってしまったのである。うつ病ではないか、と心配しているがしっかり食欲はあり体重も減っていない。「うつ病ではなくて、もともとの神経症が一時的に悪くなっただけのことで心配することはない。家の中に籠っていないで散歩したりクラブへ行って人とおしゃべりするのが最良のクスリ」と話しておいた。

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コメント

先生、こんばんは。 私は病気になった時にいろいろ考える時間が出来て、死のことも考えました。 以前は子供たちが成人していなかったので、この子供たちはどうなるのか不安でした。自分の死は怖くないのですが、家族の生活が一番気がかりでした。
今は、みんな成人したので心配はなくなりました。いつかは、なくなる命ですから、その時まで大切に生きようと思いました。後、何十年後には欲張りになってまだまだ長生きしたいんだと言っているかも知れませんね。私の祖母がそうでしたからね…

ヒロマンマ様

 コメントいただきありがとうございます。

 そうですね。やはり自分よりも子供は何とか元気でいてほしいと思いますね。人間の死亡率は100%でいつかは死ななくてはなりません。できるだけ自分も楽しみ人を楽しませ、そうして生き尽くすことができたら最高ですね。大いに欲張りになりましょう。

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