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2013年9月30日 (月)

神経質礼賛 950.しつけの言葉

 一風変わった研究がニュースに紹介されていた。神戸大学経済経営研究所の研究結果で、子供の頃、どのような言葉でしつけられていたかと年収との関連を調査したものだ。無作為に抽出した9万人のアンケートの中から仕事に就いている1万3千人余りのデータを集計している。しつけの言葉は8種類の中からの選択である。

「うそをつかない」ようしつけられた人の年収は平均448万円でそのようにしつけられていなかった人の平均年収398万円よりも50万円高かった。「他人に親切にする」「ルールを守る」「勉強する」ようしつけられた人はそうでない人よりも29万円から15万円高かった。そしてこれら4つの言葉すべてでしつけられた人の平均年収は479万円で4つの言葉のうち一つもなかった人の平均393万円との差は86万円にもなったそうである。また、「挨拶をする」「ありがとうを言う」というしつけは年収には関連がなかったという。

 もちろん年収が多ければいいというものではないけれども、年収は社会適応の良さを示す指標の一つと考えられるだろう。4つのしつけは社会集団の中で信頼され認められる上で特に重要なことのようだ。


 
 森田療法には再教育・しつけのしなおしという側面がある。森田先生の言葉には「事実唯真」などのすばらしい言葉があるが、わかりやすく患者さんを指導するのに用いた言葉は「物そのものになる」とか「なりきる」あたりだろうと思う。そして、そのようになるよう「見つめる」「手を出す」ということを言われた。先のアンケートの4つの言葉で言うと、そもそも神経質人間は嘘をつくのは苦手である。ルールには敏感できちんと守ろうとする。いやだなあ、と思いながらも不平を言いながらも、いざ始めればよく勉強する。欠けているのが「他人に親切にする」である。森田先生は、人を便利に幸せにするために手を出していくように指導されていた。そうなると、自然に「症状」も忘れることになり、人の役に立つ行動によって周囲の人々からの評価が上がることになる。さらに、自己中心的な親切にならないよう、「人に親切と思はれようとすれば 親切の押売りになり 人を悦ばせようとすれば 即ち親切となる」という色紙も書かれている。単に神経症を治すだけでなく、自然に社会適応力を高める教育だったのだと思う。

2013年9月27日 (金)

神経質礼賛 949.水辺の文学碑

 一昨日は精神保健相談のため、昼食後、保健センターに出かけた。午前中降っていた雨が止み、ちょっと時間があったので、三島駅から歩いていくことにした。三島は水の街である。駅南口から少し下って三嶋大社に向かう小川沿いの道にはライオンズクラズ寄贈の「水辺の文学碑」がある。黒い石碑はみな形が異なり面白い。三島にちなんだ和歌や短歌や小説などが刻まれていて、歩きながら数えてみると12あった。古くは室町時代の連歌師・宗祇の句「すむ水の 清きをうつす 我が心」。曇っていたので、芭蕉の句「霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き」であり、子規の句「面白や どの橋からも 秋の不二」のようにはいかない。新しいところでは、井上靖の小説や大岡信の詩を紹介する石碑もある。歩道には花が植えられている。

この道の主役は水鳥たちが泳いでいる小川だけれども、脇役の高く伸びた柳の街路樹もとても存在感がある。初期の記事に書いた「花は紅 柳は緑」(第3話、拙著p.123)の通りである。この言葉は、夏は暑く、冬は寒いのと同様、花は紅、柳は緑で、どうにもならない事実であり、あるがまま、ということである。私は、さらに、この言葉で、「花」は外向的で積極的な人の象徴、「柳」は神経質な人の象徴と解釈したい。「花」は鮮やかで咲いている時は注目されるがその期間は長くはない。「柳」は地味ではあるが一年中その風情を愉しませてくれる。強風にも枝をなびかせながら、枝葉を残す。渋い名脇役のような存在でもある。私も含めて神経質人間は、「自分は気が小さくて情けない」「何とか大胆になれないものだろうか」と考えがちだが、「柳」が「花」になれないのと同様、どうにも仕方ない。しかし、神経質にはその美点があるのだから、神経質の持ち味を生かしていけばよいのである。

景色と文学碑を愉しみながら歩いていくと三嶋大社である。さらに門前の道を南下していくと、市の施設の前に男の子と女の子が井戸から桶で水を汲む人形があった。花束を手にしたおばあさんがこっくりこっくり居眠りをしているのがユーモラスである。さらに南に歩いていくと、間眠神社という変わった名前の神社がある。まどろみじんじゃ、と読むのだそうだ。源頼朝が源氏再興を三嶋大社に祈願する際、仮眠をとった場所と伝えられる。ゆっくり歩いて30分ほどで保健センターに着く。ちょうど良い時刻になっていた。

2013年9月23日 (月)

神経質礼賛 948.続けること

 9月20日毎日新聞夕刊3面「人生は夕方から楽しくなる」というコーナーに草刈正雄さんが登場していた。私はNHK「美の壺」という番組で草刈さんを見ている。番組の顔である草刈さんは先代の谷啓さんに続いてトボケた雰囲気を出している。さらに今年はマキタの草刈機のCMに出て「俺は草刈だー!」と叫びまくっている。草刈さん、若い頃はモデル出身ハーフの2枚目俳優として引っ張りだこだった。しかし30代になって脇役が多くなり、カメラが自分の方を向いていないことが気になって悩んだ。そんな時、ラジオでアメリカ人の歌手が「成功より重要なことはやり続けること」と言っているのを聞いて吹っ切れたという。還暦を過ぎて「長いセリフを覚えるのが苦手になってきた」と語るが、相変わらず活躍し続けておられる。


 
 続けることの大切さを表す言葉に「継続は力なり」がある。受験生にはお馴染みの言葉だと思う。ネット上の情報では、大正から昭和初期に親鸞の教えを広めようとした宗教家・住岡夜晃の「讃嘆の詩」の中の言葉だというが、普遍的なことがらであるから、もしかするとさらに元になる言葉があるのかもしれない。

私たち神経質人間は、スロースターターである。やらなければならないことがあったり、良い考えが浮かんだりしても、ああこう屁理屈を並べてなかなか実行に移さない。ついつい先送りにしがちであり、森田先生が「神経質は重い車」とたとえた通りだ。しかし、一旦動き出したら今度は簡単には止まらない。完全欲が強い神経質性格が生きてくる。たとえ些細なことであっても続けていれば「塵も積もれば山となる」(仏教語)である。すぐに成果は出なくても続けていればそれなりのものが得られる。

2013年9月20日 (金)

神経質礼賛 947.雑穀

 月に1度くらいランチを食べに行く「夢蔵」(741話)という洋食店がある。ここのマスターは素材の味を生かすだけでなく健康にも配慮した料理を出してくれる。先日、食べに行ったらサービスランチ(スープ・サラダ・ドリンク付で900円)は「地鶏と帆立のリゾット」だったのでそれを注文してみた。リゾットの御飯は押し麦、黒米などの雑穀入りだった。洋食店の料理にありがちなくどさは全くなく塩分も控えめである。帆立の味がよく効いていて、少々和風テイストだ。五穀米などの雑穀入り御飯は食べ慣れていない私にも抵抗なくとてもおいしくいただけた。雑穀はビタミンB群やミネラル成分を豊富に含んでいる。


 
 我が家では、以前、家族の健康を気にする妻が、五分づきの米を買っていた。ちょうど白米と玄米の中間である。米も胚芽付きならばビタミンB群やミネラル成分を摂ることができる。ところが、弁当を持って行く子供たちから「うちの御飯は黒くて恥ずかしいから隠れて食べている」とクレームがつき、以後は七分づきの米を買うようになった。


 
 江戸時代、白米を多く食べた江戸在住の武士や町人を中心に江戸患いと呼ばれる脚気(ビタミンB1欠乏による末梢神経障害・心不全)が多発し多数の死者を出していた。脚気のために亡くなったと考えられる徳川将軍も何人かいる。江戸で蕎麦が流行ったのも経験的に脚気予防となるからだったとも言われる。明治時代になっても脚気の原因はわからず、東大学派の森鴎外は伝染病説を支持し食事が原因とは考えなかった。森鴎外が軍医をしていた陸軍では脚気による死者を多数出した。一方、慈恵医大の創始者・高木兼寛は食事に原因があると考え、パン食など白米に偏らない食事を提案した。それを取り入れた海軍では脚気の発生は激減した。「海軍カレー」も高木の発案と言われる。高木はタンパク質欠乏が原因と考えていたから正しくはなかったが、食事に着目したのは正しく、結果的には多くの生命を救うことができたのである。

 森田正馬先生も中学生の時に家出して上京し、自活しようとしたが、脚気のために歩けなくなり、やむなく帰郷して復学したということがあった。もし脚気がなかったら、森田先生は医師ではなく技術者になっていたことだろう。

 現代ではさすがに脚気になる人はめったにいない。しかし、アルコール依存症や極度の偏食の人には時として起こる。点滴治療を続けているうちに起きることもあるので油断はできない。

 毎日食べる御飯は体を維持する元である。甘い白米はおいしいけれど雑穀も味わい深いものだ。健康を考えて時々雑穀入りの御飯にしてみてもよさそうである。

2013年9月16日 (月)

神経質礼賛 946.大型台風

 昨夜は強い風による揺れと大きな雨音で何度か目が覚めた。大型の台風18号が直撃するような予報が出ていたため、一昨日の夜のうちにベランダに出ているサンダルやゴミのペールボックスを屋内に入れ、玄関外の自転車と陶器製の傘立ては風で倒れる心配のない場所に移動しておいたのだった。懐中電灯やラジオなどは普段から地震対策で用意してあるので特に準備する必要はない。このあたりは神経質に準備するに越したことはない。昨日の日中はほとんど雨が降らず、これなら出かけてもよかったと思ったほどだが、夜には急に風雨が強くなってきた。台風は予想進路の西側を進み、今朝8時に豊橋市に上陸した。京都・滋賀・福井に大雨特別警報が出て「ただちに命を守る行動をとって下さい」とのアナウンスが流れた。TVのニュースでは、嵐山の渡月橋付近の様子が何度も映され、いつも修学旅行の生徒で賑わう土産物店のあたりは浸水していた。

正午頃には雨も上がり、天気は回復してきた。やれやれ、と思っていたら3階の廊下に水漏れ発見。天井を見るとダウンライトの周囲に水滴が付いているのでそこから水漏れしたものと思われる。とりあえず状況をカメラにおさめ、ダウンライトの電球型蛍光灯を外して当分はスイッチを入れないことにする。一体どこから水が入ったのか全くわからない。住宅メーカーのサービスセンターにメールを入れておく。今日は祝日だし、対応してもらえるのは明日以降だろう。実家の様子が心配なので電話してみると、雨漏りはあったが特に被害はなかったとのことでホッとする。家の中を掃除し、外のゴミを拾う。夕焼けがきれいで、これからは秋らしい日々が期待できそうだ。こうして生きていられるのはありがたい。日々是好日の文字が頭に浮かぶ。

2013年9月15日 (日)

神経質礼賛 945.路線バスの車内事故

 普段は片道3km位のところ、例えば実家までは歩いて往復するのだが、今年の夏の暑さは厳しかったので、暑さに負けて、行きは歩いても帰りはバスに乗っていた。冷房が効いていて、ほっと一息という感じだった。

 敬老の日を前にした9月14日の新聞各紙には、転倒などによる路線バス内での重傷事故がここ4年間に270件あり、その8割が60歳以上の高齢者だったとの記事が載っていた。「ん、60歳以上の高齢者?・・・自分も近いうちにその中に入るのか、他人事ではないなあ」と思う。発車時や停車時に転倒事故は起きやすい。当地のバスの運転手さんは、停留所が近くなると必ず「完全に停車するまで座席に座ってお待ちください」と言うので、途中で席を立つ人はあまりいない。もたついて他の乗客に迷惑をかけないようにという気配りから早めに席を立つと危険が大きい。足が不自由な人が席を立って降車するまで、せいぜい10秒か長くても20秒程度であるから大した時間ではない。迷惑なのはむしろ、小銭を持たずに乗車した神経質が足りない若い人が支払に時間がかかる方である。私はせっかちなので、降りる一つ前のバス停を出たら運転席近くに立つようにしていたが、そろそろ安全を考えて停車してから席を立つようにしようと思う。年齢や体力に応じた神経質の使い方をしていく必要がある。

2013年9月13日 (金)

神経質礼賛 944.13日の金曜日で仏滅

 今日は13日の金曜日しかも仏滅である。気にならない人にとっては何でもないだろうが、迷信だとわかってはいても神経質な人は気になりやすいだろうと思う。

 キリスト教圏の国々で13という数字が忌み嫌われるのは、キリストの13番目の弟子ユダがキリストを裏切って密告してキリストが磔刑となったからだと言われているが、なぜ13日の金曜日が縁起が悪いのかについてはハッキリしない。ちなみにイタリアでは17日の金曜日が縁起が悪く、スペインでは13日の火曜日が縁起が悪い、という話もある。

 日本では結婚式はなるべく大安や友引の日を選び、縁起の悪い仏滅の日は避けるのが普通である。友引の日は火葬場が休みで葬儀はできないことが多い。すっかり日本人になじんでしまっている六曜が中国から日本に入ってきたのは鎌倉・室町時代あたりというが、これほど定着したのは意外にも第2次世界大戦後なのだそうである。

 考えてみれば、年平均2回近く、最低年1回は必ず13日の金曜日はある。かつ仏滅というのはその6分の1とすれば3年に1回近くはありそうだ。歴史上、その日に大惨事が起きているとは考えにくい。何か惨事が起きてそれがたまたま13日の金曜日だったりすると、関連づけて考えたり記憶に残ったりしやすいだけのことである。

   
神経質人間は物事に慎重なのは良いのだが、気が進まないことを先送りしてしまう傾向がある。そのために仕事が溜まってしまったりチャンスを逃したりする。その言い訳は13日の金曜日とか仏滅とかの迷信に近いレベルのことが多い。今日は13日の金曜日で仏滅だから縁起が悪いのでまた今度にしよう、と思っている方は思い切って今日やるとよい。神経質にとっては、思い立った日が吉日。そしてそれを実際に行動に移せば大吉である。

2013年9月 9日 (月)

神経質礼賛 943.プラセボ効果

 今年の5月に福岡で行われた精神神経学会学術総会の時に聴いた加藤敏先生の教育講演が、このほど送られてきた精神神経学雑誌(115巻8号)に掲載されていた。講演の時の演題とは少々変わって「プラセボ効果の吟味と精神療法の再評価 うつ病に力点をおいて」という題名なっていた。加藤先生は序論で、「薬物療法が大きな力をもち、これが治療のすべてであるかのような風潮さえ出ている昨今の精神科医療をみるにつけ、いかなる治療においても暗黙のうちに精神療法過程が作動している可能性に注意を向けたい」と述べておられる。

 プラセボ(偽薬)効果とは、本来は薬理作用のない物質であっても、効果を示すことである。現代では説明と同意の原則により、プラセボが処方されることはほとんどなくなっている。ちなみに、最近は薬によって起こりうる副作用の説明を詳しくするため、プラセボと逆のノセボ効果が出てしまい、薬の効果が発揮できないということも起こっている。

 以前にも、抗うつ薬開発の際の最大のライバルはプラセボだという話を書いた。新薬開発の際には、二重盲検試験と言って、医師も患者も実薬かプラセボか知らない状況で薬を処方して結果を出し、実薬がプラセボに対して統計的に有意な効果を示さなくてはいけない。ところが、プラセボが意外に良い成績を上げてしまうため、開発担当者たちは苦労することになる。用量を変えたり、服用する時間を変えたりして、プラセボに勝てるような条件を作り出してどうにか承認・販売までこぎつけた薬ばかりである。

 加藤先生はプラセボ効果に関する最近のいくつかの海外での生物学的研究結果を紹介した上で、精神療法、心理社会支援などの非薬物療法が、脳内神経伝達物質に直接作用する実際の薬と同様な作用をする可能性がある、とし、精神療法の意義をあらためて認識する必要がある、と結論づけておられる。


 
 この話はうつ病についてだったが、神経症(不安障害)についても言えることのように思う。今では新規抗うつ薬SSRIなどによる薬物療法が治療の前面に出てしまっている。エビデンスを追及するあまり、精神療法は隅に追いやられ薬物療法一辺倒の風潮がある。しかし、本来、うつ病が自然治癒したりプラセボで治癒したりするのと同様、神経症も薬なしで治りうるものである。レジリエンス(927話)を強化する森田療法がもっと広く知られることが望まれる。

2013年9月 6日 (金)

神経質礼賛 942.やせ蛙負けるな一茶是にあり

 9月1日、読売新聞日曜版の一面「名言巡礼」には水面に浮かぶ葉の間からこちらをじっと窺っているようなカエルの写真が大きく載っていた。江戸時代の俳人・小林一茶(1763-1828)旧宅近くの田にいたカエルだという。今回は一茶をテーマにした記事であり「優しさも欲も あるがまま」という見出しがついている。二面には一茶出生の地・長野県信濃町が紹介されていた。今年は一茶生誕250年ということで記念イベントが企画されているらしい。

やせ蛙の句は一茶を代表する句の一つである。雌を取り合って雄同士が激しく争う蛙合戦。やせ蛙は形勢不利だ。思わず「負けるな」と心の中で叫ぶ一茶。やせ蛙に自分自身を投影し、自分に対しても負けるな、と言っているようにも思える。蛙を題材にした句は他にもある。「悠然として山を見る蛙かな」のような蛙でありたいと思いながらもそうはなりきれない一茶だった。一茶は熱心な浄土真宗の信者であり、「あるがまま」を体現した子供や動物を愛していたのだ、と著明な研究者は言う。一茶は小さな弱い立場のものに光を当てる優しさを持っていた反面、父親の遺産相続で弟と長年争い続けたという面も持っていた。また、反骨精神も感じさせる句もある。高い感受性と優しい繊細な心を持ち、それでいて負けず嫌い、といった性格が考えられ、一茶も神経質だったと推察できよう。

一茶は家庭的には恵まれなかった。3歳で母を失い、8歳の時に家にやってきた継母にはなじめなかった。14歳の時、江戸に奉公に出て、25歳の時に俳諧を学んだという。50歳の時に故郷に帰り、52歳で結婚。4人の子供が生まれるが、いずれも幼くして亡くなり、さらには妻も病死してしまう。一茶も脳卒中になり、半身不随・言語障害となってしまう。2番目の妻とは離婚。64歳にして3番目の妻と結婚し、一茶の死後に娘が生まれる。子孫を残そうとする執念はすさまじかった。もちろん俳句も作り続けたわけで、神経質らしい強い「生の欲望」を持ち、それを生かした人だったと言えるだろう。そして、見出しにあるように「あるがまま」に生きた人でもあった。

2013年9月 2日 (月)

神経質礼賛 941.神経質vs蜘蛛の巣

 8月の中頃、蜘蛛が隣家の木と我が家の2階ベランダの間に大きな巣を作った。早朝に新聞を取り込みに行く時に気が付いてこちら側の糸を切って巣を壊すのだが、次の朝にはまた立派な巣が張られている。朝蜘蛛を見ると縁起がいいなどというジンクスはハズレである。2mほど離れた空中をどうやって移動してまた巣を張るのか、いろいろ考えても謎である。建設中のところを見たいものだ。害虫を駆除してくれるのはありがたいが、家の前の目立つところに巣を張られたのでは見苦しいので、さすがに放ってはおけない。神経質としては対策を考えなければ。そのためにはまず敵を知れである。

 蜘蛛については2年ほど前に書いたことがある(712話)。蜘蛛の巣には環状の横糸と放射状の縦糸がある。横糸には粘液がついており、それで獲物を捕らえる。縦糸は粘液がついておらず、蜘蛛自身が通路として使っている。縦糸はべとつかないので、切りやすい。縦糸を指で切る。高くて手が届かない所は箒で切る。

ドラッグストアやホームセンターには蜘蛛の巣消滅ジェットなるスプレーが売られている。これは殺虫成分に加えて防水スプレーのようにシリコーンコートする成分が入っていて、巣を作られたくない所にスプレーをかけておくと1か月くらいは防止効果があるのだそうだ。いよいよどうしようもなければスプレーを買ってくるとして、当分は神経質と蜘蛛との根競べである。

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