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2013年10月28日 (月)

神経質礼賛 960.森田先生の奇行?

 森田正馬先生には奇行と思われるエピソードが数多くある。私が研修医になった時に大原健士郎教授からいただいた御著書『目でみる精神医学シリーズ 3 森田療法』(世界保健通信社)の「第1章 森田正馬の人と業績」の項にはそうした話が書かれていて強く印象に残っている。以下に紹介しておこう。


 
①以前にも紹介した「下されもの」の貼り紙(385話・拙著p.105)。診療所の玄関に患者から「もらってうれしいもの」と「もらって困るもの」を書いて貼っていた。うれしいものは(1)現金、(2)味噌、(3)醤油など。困るものは(1)メロン、(2)菓子 などである。日持ちがするものがよくて、メロンは胃腸が冷えるので困るというわけである。これにはいくつか別バージョンがあったそうで、状況に応じて使い分けていたらしい。写真に残っているものには、「一、困るもの 菓子 果物 特にメロン 商品券  二、困らないもの 卵、鰹節、缶詰、茶、金、りんご 三、うれしきもの 一輪花、チョコレート(瓶詰)、サンドウィッチ、女中に反物」と書かれている。森田先生の大好物は卵だった話は何度か書いた通りである。

この貼り紙は当時かなり噂となり、新聞にも「変な医者がいる」と書かれたほどだった。しかし、決してがめついわけではなく、好意が無駄にならないように、という徹底した合理主義からである。「うれしきもの」の最初に一輪花とあるのには、ほのぼのとしたものを感じる。高知県出身の大原先生はこの貼り紙は土佐人特有のユーモアだろうと考えておられた。

②庭の盆栽は患者さんたちが手入れをしていたが、正札が付けられたままにしていた。無粋のように思われるだろうが、これは、患者さんたちが盆栽の価値がわかるように、という配慮からだった。また、ニワトリやウサギを飼っていたが、イヌは飼わなかった。ニワトリは卵を産み、ウサギは毛皮や肉を利用できるがイヌは役に立たない、という理由からである。サルを飼っていたこともあるが、これは研究用だった。

③勤務先の婦長さんが昼食のおかずを作って職員にふるまってくれていた。みな「おいしい」と言って御馳走になっていたが、ある時、森田先生は「まずい」と言い放った。それ以来、婦長さんはおかずを持ってこなくなった。ある人がそう言った真意を聞くと、「ああ言わなければ婦長は毎日おかずを作り続けなくてはならない。私はそれをやめさせようと思ったのだ」と答えたという。

④一人息子の正一郎が結核のために亡くなった時、信頼する弟子(佐藤政治先生)に「跡継ぎをもうけるために、妾をもてないだろうか」と真顔で相談したという話がある。結局、妹の三男・秀俊(のちに三島森田病院を創立)を養子に迎えたが、その後、その兄も「一人っ子では養育に問題があるから」とやはり養子にしたという。

⑤熱海の旅館を買い取って旅館経営をしたことはよく知られている。医者仲間でも当時かなり話題になったようであるが、これは儲けるためではない。以前泊まったことのある患者さんの親類が経営していた旅館が経営困難に陥り、泣きつかれていきがかり上買ったものだった。患者さんの働く場として役立つし、自分が死んだ後、遺族の生活を考えてのことだった。

⑥最晩年は長く歩くことができなくなり、患者さんが押す小さな乳母車に乗って外出をしていた。タクシーでは店に入って買物をすることができない。その点小回りの利く乳母車は便利だった。患者さんたちは恥ずかしがって逃げ回っていたが、仕方なしに指示に従っていた。「恥ずかしかっただろう」と先生が尋ねて「平気だった」と答えると「恥ずかしくないはずはない。私だって恥ずかしいがこれが目的本位だ」というような指導をしておられたという。


 
 これらの行動は誤解されるだろうが、いずれも徹底した合理主義、相手を思いやるところから出発した行動であり、周囲の人への森田先生なりの愛情に満ちていると考えることができるだろう。

 

2013年10月27日 (日)

神経質礼賛 959.食は健康の元

 医食同源とはよく言われる。バランスの良い食事が健康の元になるというわけだ。精神的な健康についても食事は大切である。野菜や魚介類やオリーブオイルを中心とした地中海式食事法が健康に良いと言われているけれども和食だって負けていない。最近は和食の良さが見直されている。和食では野菜や魚介類に加えて豆腐類から植物性タンパク質が多く摂取できる。さらに緑茶を飲むので緑茶の効用も期待できるだろう。緑茶に含まれるうまみ成分のテアニンというアミノ酸はグルタミン酸の誘導体であり、リラックス効果・抗ストレス効果を持つと言われている。夕方から夜に濃いお茶を飲んではカフェインによる不眠をきたすおそれがあるけれども、朝から昼にかけては良い。ただし、和食では塩分が多くなり過ぎないように注意する必要がある。

 20世紀に入ってからω6系脂肪酸のリノールを多く含んだ油の使用が増え、DHAやEPAのようなω3系脂肪酸の摂取量が減って、アレルギーや大腸がんが増えたのではないか、という説がある。DHAはうつ病やアルツハイマー病に有効なのではないかと考える人もいる。うつ病と糖尿病とメタボリック症候群のリスクファクターがそれぞれ重なることから精神栄養学を唱える医師もいる。病気は種々の要因が重なってなるものであるから、ある特定の食品成分と病気との関連を直接明らかにすることはなかなか難しいが、健康に悪影響をもたらす可能性のあるものは控えるのが安全である。別に難しく考えなくても、肉類や油類の摂取を今より少し控えめにして和食中心の食生活を心がけていけば大丈夫であろう。また、テレビ番組で「○○が体に良い」とか「ダイエット効果がある」というと、そればかり食べようとする人がいて、スーパーでその商品が一時的に売り切れることがあるが、そればかりに偏っては逆効果である。何といってもバランスよく栄養を摂っていくことが大切である。

2013年10月25日 (金)

神経質礼賛 958.うつ病の起源

 先日、NHKスペシャル「病の起源」という番組で、うつ病を取り上げていた。進化の過程をみていくと魚類の段階ですでにうつ病が出現したという。天敵を察知するとストレスホルモンが分泌されて脳内の扁桃体が働き素早く危険回避の行動ができるようになっている。ところが、ストレスホルモンが出続けていると扁桃体は正常に機能しなくなり、魚でもうつ病といえる状態になってしまうのである。チンパンジーは集団で社会生活を営んでいる。伝染性の病気になったチンパンジーを長期間隔離していると、うつ病となり、孤独が強いストレスとなることが示唆される。さらに人類になると、例えばライオンに襲われて仲間が殺され自分も死にかけた恐ろしい記憶が残り、これがストレスを与え続けることになる。また、人間は言葉を使って他の人に伝えるため、それを聞いた人にも強いストレスを与えることになる。それでも、狩猟社会では猟で得た肉は皆で公平に分配されていた。そういう状況ではストレスはたまりにくく、うつ病にもなりにくい。ところが、農耕文化が広がってくると、持てる者と持たざる者と分かれ、それが強いストレスを生み出す。複雑な現代社会ではさらに貧富の差が大きくなっていてストレスも強くなっているというわけであり、不公平がうつ病の原因の一つとなっているという。


 
 興味深かったのは、不公平によるストレスについての実験で、お金を分配する時に、自分はもらいが少なく相手が多いとストレスになり、ほぼ同じだとストレスは少ない。これはよく理解できる。ところが、自分が多くて相手が少ないように分配した時にもストレスが大きいという。これについての解説はなかった。これは、被験者のパーソナリティによって差異が出るのではないかと私は思う。国民性も出るかもしれない。自分の物は自分の物・人の物も自分の物という感覚の図々しい人だったら、自分が多くもらってストレスになるはずはない。それに対して小心者の神経質人間だったら、「こんなにもらったら悪いなあ」と罪悪感に襲われたり「人から欲張りに思われはしないか」と心配したりして、ストレスが大きく出るだろう。


 
 番組では、脳に電極を入れて体内に埋め込んだ装置で電気刺激して難治性のうつ病を治療している海外の例を紹介していた。それとともに、長い間抗うつ薬などの大量の薬を服用してもよくならなかった人が、規則正しい生活を送り適度な仕事に就いて回復した国内の例も紹介していたことには好感が持てた。

うつ病の治療は薬だけではない。人は本来、自然治癒力を持っている。薬一辺倒ではなく、その人の持っている回復力を強めていく生活療法が本当は大切なのだと思う。いわんや神経症の治療では、薬よりも、生活療法とともに症状をあまり問題にしない姿勢を身に着けていくことが重要である。

2013年10月21日 (月)

神経質礼賛 957.カマキリ

 一昨日の土曜日は午前・午後とも外来担当だった。午前の診察が終わって待合室から外を眺める。数日前まで日中30℃あったのが、すっかり秋らしくなった。待合室の外の庭には枯葉が溜まっている。白砂風の庭なので、茶色い枯葉は目立ってしまう。昼食を食べてから、午後の外来が始まる前に枯葉を取り除く。ポツポツ雨が降り始めてきた。庭から建物のガラスを見ると緑色の虫がへばりついている。よく見るとカマキリだ。体長は6cm位である。今度は待合室側からガラス越しに見てみる。時々顔は動かしているが手足は動かさずじっとしている。裏側からカマキリを見るのは変な感じだ。斧を構えている精悍なカマキリもちょっと間抜けに見える。この場所は雨にぬれない所であり、小さな虫がよく飛んでくるのでそれを狙っているのだろうか。


 
 カマキリは肉食であり、時には自分よりも大きなハチやクモも食べてしまう。カエルやトカゲでさえ襲うことがあるという。交尾後に雌が雄を食べてしまう話はよく知られている。羽を大きく広げて威嚇することもある。自分よりも強大なものに向かっていくところから、「蟷螂(とうろう)の斧」というような言葉ができた。トンボ、マムシ、クワガタなどとともに縁起を担ぐ戦国武将たちに好まれて兜の飾りに用いられた虫の一つである。


 
 人間にもカマキリのように好戦的でハッタリの強い人がいる。負けず嫌いのくせにハラハラ・ビクビク・オドオドの神経質人間とは大きな違いである。私は若い頃、自分は気が弱くて情けない、肝の据わった何事にも動じない人間になりたいと思っていた。しかし、そうありたいと思ってなれるものではない。「花は紅 柳は緑」(3話、949話)である。気が弱くて損をしたところもある反面、得をしたところもずいぶんある。本来はカマキリの勇猛果敢さを示す故事からの言葉「蟷螂の斧」も、昨今は無謀な戦いを仕掛けて大失敗することを揶揄する言葉として使われている。今、自分がこうして生きていられるのはハラハラ・ビクビク・オドオドのおかげなのかもしれない。弱いまま、そのままで精一杯生きて行けばそれでいいのだ、と改めて思う。

2013年10月18日 (金)

神経質礼賛 956.土佐人気質

 森田正馬先生は単に神経質であるだけでなく、大変な負けず嫌いであり、粘着性があった。私の師の大原健士郎先生は、森田先生と同じ高知出身ということもあり、よく講演の際、土佐人は陽気で楽天的な反面、たぶんにしつこい面を持っている、と話しておられた。心理学者の宮城音弥は「黒潮の流れに沿って粘着気質が認められる」としている。また、土佐の精神科医 澤田淳は土佐人気質「いごっそう」(頑固で気骨のある男性を表す言葉)を闘犬型、長尾鶏型、チャボ型の3型に分類できるとしている。攻撃性の強い闘犬型の人物としては、岩崎弥太郎、浜口雄幸、吉田茂がいる。コツコツ辛抱強く尾長鶏を作り上げていくタイプには、牧野富太郎、寺田寅彦がいる。目立たないチャボ型は中江兆民、幸徳秋水が入る。坂本龍馬は闘犬型とチャボ型の混合なのだそうだ。澤田は森田先生を長尾鶏型に入れているが、大原先生に言わせると、森田正馬先生は辛抱強くしつこい面があると同時に攻撃性が強く負けず嫌いなので、闘犬型と長尾鶏型とが混じったものだと考えられる、とのことだ。


 
 今週、漫画家・やなせたかしさんの訃報が流れた。御存知アンパンマンの生みの親である。やなせさんの郷里・高知県香美郡は、以前書いたように森田先生の出身地でもある(842)。やなせさんは漫画家としては極めて遅咲きだった。漫画家になったのが30過ぎ。大きなヒット作品が出ないまま50を過ぎて描き始めたアンパンマンは大人たちには不評であり本もあまり売れなかった。しかし、弱っている人に自分の顔をちぎってあげて元気を与えてくれる心優しいヒーローは、純粋な気持ちを持つ幼稚園児たちの心をしっかりつかんで、やがて不動の人気作品となった。アンパンマンを取り巻くサブキャラクターたちも、ほのぼのとした雰囲気を醸し出して愛されている。

やなせさんも森田先生と同様、「いごっそう」であり、独立独歩の精神で辛抱強く自分の考えを貫き通して偉業を成し遂げたのだと思う。そして、亡くなるその日まで病気を抱えながら仕事を続けておられた。まさに生き尽されたのである。


 
 私たち神経質人間は、土佐人ではなくても「いごっそう」的な面をもっている。意地っ張り、強情者である。その特性を生かして、森田先生ややなせさんのようにコツコツ粘り強く仕事をしていきたいものである。


2013年10月14日 (月)

神経質礼賛 955.楽章間の拍手

 何年かぶりにコンサートを聴きに行った。桐朋音大の大学院生や大学院を出たばかりの若いピアニスト・ヴァイオリニスト・チェリストによるコンサートだった。プログラムはフランスの曲でまとめられていた。前半はよく演奏されるおなじみの小品・名曲が並び、後半のメインはドビュッシーのピアノ三重奏曲ト長調だった。私はドビュッシーのこの曲を実は聴いたことがなかった。18歳の頃の作曲であり、チャイコフスキーの影響を受けていて、印象派というよりロマン派といった方が近い作品だという。生前楽譜は出版されず長いこと埋もれていた曲なのだそうだ。初めて聴いてみると、美しい旋律が続き、素直にその中に浸れる名曲だと思った。若い演奏者たちの瑞々しい感性が見事に発揮されていてとてもよかった。ただ、地方での演奏会であるから、楽章が終わるごとに拍手が鳴り響き、静かな楽章の場合、余韻が拍手でリセットされてしまい、次の楽章とのつながりが切れてしまったのは残念である。演奏者もやりにくかっただろう。クラシックには馴染みがないけれども、たまたまおつきあいで来ている人も少なくないはずである。知らずに拍手してしまうのは仕方がない。特に少人数の室内楽では、指揮者がいる管弦楽曲と違い、楽章の間なのか曲が終わったのか判断しにくいだろう。かく言う私も、第3楽章が終わったところではまだ続きそうな感じがしたから拍手しなかったけれども、曲想によってはつられて拍手する恐れがあった。第5楽章まである曲は少ないし、第4楽章の最後はいかにも曲全体の〆という感じがしたし、(神経質らしく)チェリストが楽譜の最後のページを開いていたのを見て、安心して拍手することができた。プログラムの解説の中に「4つの楽章から成る」と一言書いておくか、アナウンスでその旨解説をしておくというような神経質があれば、楽章間の拍手は減らせたかもしれない。

2013年10月11日 (金)

神経質礼賛 954.秋刀魚(さんま)の塩焼き

 もう10月中旬になるというのに昼は30℃前後の厳しい残暑が続いている。しかしながら、スーパーの鮮魚コーナーには三陸沖で獲れたという秋刀魚たちが氷水の中で鮮やかな銀色に輝いている。一昨日の夕食に塩焼きで食べた。大根おろしとの相性は抜群である。明日の病院食の献立も秋刀魚の塩焼きになっている。秋刀魚は秋の味覚の代表選手である。


 
 子供の頃から秋刀魚の塩焼きは好物だったけれど、はらわたは苦手だった。ところが大人になってみるとはらわたを取り去った秋刀魚ではどうも物足りない。ちょっとほろ苦いはらわたがこの上なく美味に感じられるようになった。はらわたの中に鱗が混じっていることがある。神経質ゆえ、これは何だろうかと以前から疑問に思っていた。秋刀魚の鱗は極めて取れやすく、水揚げの際に剥がれてしまう。それを秋刀魚自身が水と一緒に飲み込んでしまったものだという。それと、はらわたの中に赤い細糸のようなものが入っていることがあり、これは人間には無害な寄生虫なのだそうだ。加熱調理してあれば食べても問題ない。つい最近、秋刀魚の刺身を食べて食中毒になったという新聞記事があった。これはアニサキスというイカ・サケ・アジなどに寄生する寄生虫が原因で、激しい腹痛をきたし、内視鏡で除去するしかない厄介な寄生虫である。そうそうあることではないけれども生食は避けて塩焼きを楽しんだ方が無難である。


 
 秋刀魚は栄養たっぷりだ。サプリメントとして人気の高い、血液サラサラ効果を持つEPA(エイコサペンタエン酸)や悪玉コレステロールを減らすDHA(ドコサヘキサエン酸)を多量に含んでいるし、ビタミン類ではビタミンB12とビタミンDが豊富である。まさに中高年にはピッタリの食材である。薬やサプリメントを飲まなくても、おいしく健康になれるのだからこんなにいいことはない。そしてサイフにもやさしい。年々短くなっていく貴重な秋、もうしばらく秋刀魚の味と香りを楽しみたい。

2013年10月 7日 (月)

神経質礼賛 953.ネット断食

 勤務先の病院には児童や思春期を専門とする精神科医がいないので、そうした方はなるべく専門家がいる施設を受診するように受付でお勧めしているのであるが、最近、不登校の子が母親に連れられて受診した。いじめにあっているわけではなく、本人も学校には行きたいと言う。問診や簡単な心理検査からはうつ病や初期の統合失調症などの疾患は否定的である。生活状況を聞いてみると、スマートホンでインターネットをやっていると寝るのが深夜になってしまい、どうしても朝が起きられない、ということである。最近、学校の先生と相談して、夜はスマホを自分の部屋に置かないようにしようという話になった、というので、実際にその方法をやってみることとし、特に薬を処方することはせずに睡眠のリズムを作る上での一般的注意を説明するにとどめた。


 
 「みんなが持っている」「ないと仲間はずれにされる」と言われると親は弱い。簡単にスマホを買い与えてしまう。スマホは従来のゲーム機や通話だけの携帯電話と違い、常時高速インターネット接続のパソコンである。文字情報や画像だけでなく、大容量の動画も見ることができる。そして次から次へと新しいソフト(アプリ)を追加することになる。この便利道具にハマったら、抜け出すのは大変だ。体の一部のように持ち歩き、いつも使っていなければ気が済まないような大人も増えている。健康上、精神衛生上、よろしくない。ネット依存・スマホ依存が問題になっている。夜間に画面を見続けていたのでは睡眠障害の原因となり、昼夜逆転の生活に陥りやすい。それに、「LINE」をめぐり犯罪に巻き込まれる例もある。子供の使用は制限した方がよいのでは、と思う。最近ではネット依存の子供たちを合宿させて「ネット断食」をさせようなどというプランもあると聞く。最初に書いた子供の場合は夜間限定プチネット断食といったところであろうか。


 
 ここ20年ばかりの間にインターネットや携帯電話が普及して私たちの生活は一変した。とても便利で豊かになった反面、それらに縛られ過ぎて心のやすらぎが損なわれしまった部分もあるのではないだろうか。私は神経質なので、どこかへ行く時にはついネットで地図や電車・バスの時刻を調べまくってしまう傾向がある。時にはネットから離れて自然を楽しんだり、事前にネットで調べずに行き当たりばったりの小旅行でハプニングを楽しんだりすることも必要なのかもしれない。

2013年10月 4日 (金)

神経質礼賛 952.自転車タイヤの虫ゴム

 子供が高校時代に通学用に使っていた自転車はいわゆるママチャリである。今ではあまり乗らなくなった。たまに妻が車で出かけている時に私が乗ってみることがある。ところが後輪タイヤに空気を入れても1日も経つと空気が抜けてしまうようになった。どうやらパンクではなく、バルブの不良が原因ではないかと考えた。バルブの虫ゴムが劣化して空気漏れをするという話はよく聞く。ダメでもともと、虫ゴムを100円ショップで買ってみた。やってみてうまくいかなければ自転車屋に持ち込むつもりだった。

 虫ゴムとは細いゴムチューブなのだが、長さ40cmのものが3本も入っている。交換する際には2cm少々あれば十分なので、こんなにあっても仕方ない。とりあえず交換法に書いてあるように2.2cmに切り、自転車のタイヤからバルブをはずす。ナットを緩めるのにはラジオペンチを用いた。そして古い虫ゴムを抜き取り、新しい物を被せる。実物を見れば、なるほど、こういう弁構造なのだ、とよく理解できる。盲端の横に孔があいていて、それをゴムチューブで覆ってある。空気入れから入った空気は孔からゴムチューブを膨らませて、チューブの端から抜けてタイヤに入る。しかしタイヤの空気はゴムチューブに邪魔されて孔から戻れない。作業時間は10分もかからず容易にできた。空気入れでタイヤに空気を入れてみると、虫ゴムが新しいためか、今までに比べて力が要る。そして、無事、タイヤ復活である。

 修理の類は何でも業者に頼めばやってくるが、素人でも簡単・安価にできることもある。神経質の眼でよく観察し、見極めをつけて、できそうならばやってみることである。

2013年10月 2日 (水)

神経質礼賛 951.生きる力

 

 先週の水曜日、正知会(しょうちかい:924話参照)の会長さんがお一人で病院に森田正馬先生の資料探しにおみえになった。その時、「帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんの『生きる力 森田正馬の15の提言』という本を読まれましたか?その中に絶対臥褥は嫁と姑といざこざがあった時に一方が3、4日臥褥する土佐の風習からきていると書いてあるんですが、聞いたことがありますか?」と尋ねられた。その本が出ているのは新聞広告で知っていたが、精神科医の作家が書いた本だけれども森田療法家ではないはずだよなあ、そのうち本屋に並んでいたら見てみよう、くらいに思ってそのまま忘れていたのだった。その日の帰りに書店の端末で検索すると、在庫なしとなっていた。高い本ではない(1050円)から、帰宅してからアマゾンで注文する。

 

 本が届いて早速開いてみると、その絶対臥褥の話は6ページに書かれていた。正知会の会長さんが言われた通りであった。臥褥が終わると双方が歩み寄って良い嫁姑関係になるのだという。絶対臥褥のルーツが土佐の風習にあるという話は森田先生の本にも書いてないし、私が知る限り森田療法関係書にも書かれていない。もし、大原健士郎先生が御存知だったら高知県人としてきっと本に書かれたはずである。だからその風習は土佐でもそれほど一般的ではなかったのかも知れない。森田先生は若い頃、呉秀三教授の命を受けて「土佐の犬神」について高知県の各地を調査して回ったことがあって、その際にそうした風習を知った可能性がある。森田先生は神経症の治療に当時のありとあらゆる治療法を試された。そしてだめなものを捨てて役に立つものを拾った。さらに改良に改良を重ねていった。初期の論文では絶対臥褥の期間を4日間としているものもあるので、土佐の風習からヒントを得た可能性は高いだろう。その後、多くの症例に使ってみて、臥褥期間は1週間に延び、現在の森田療法でも1週間となっている。

 


 
 この本の著者は「正馬の提言は、普通人においてこそ、より強力な効果を発揮する」と考えておいでである。選んだ15の言葉についても、神経症の治療と言うより一般人の人生訓として役立つことを意識して書いておられる。一昨年、私はメンタルヘルス岡本記念財団の講演会で、一通り森田療法について説明をした後で、森田療法には単に神経症の治療というだけではなく、東洋思想をベースとしてよりよく生きるための指針を示している面があり、その究極の言葉は「己の性(しょう)を尽くし、人の性を尽くし、物の性を尽くす」つまり「生き尽くす」だと考えている、と話した。この本の筆者も15の言葉の中で「生きつくす」を最後に持ってきていて興味深かった。200ページとやや薄い本の中で、森田先生が東大の学生時代に神経衰弱・脚気と診断され、たまたま仕送りもストップして「親の面当てに死んでやる」と死ぬ気で猛勉強したら症状は消失し試験も好成績だったというエピソードを3回も書かれていたり、正岡子規のエピソードも繰り返し出てきたりするのがちょっと気にはなるが、画家・香月泰男の話はとても印象深かった。森田先生の考え方を一般の人々に理解してもらうという意味では良書だと思う。

 

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