フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 954.秋刀魚(さんま)の塩焼き | トップページ | 神経質礼賛 956.土佐人気質 »

2013年10月14日 (月)

神経質礼賛 955.楽章間の拍手

 何年かぶりにコンサートを聴きに行った。桐朋音大の大学院生や大学院を出たばかりの若いピアニスト・ヴァイオリニスト・チェリストによるコンサートだった。プログラムはフランスの曲でまとめられていた。前半はよく演奏されるおなじみの小品・名曲が並び、後半のメインはドビュッシーのピアノ三重奏曲ト長調だった。私はドビュッシーのこの曲を実は聴いたことがなかった。18歳の頃の作曲であり、チャイコフスキーの影響を受けていて、印象派というよりロマン派といった方が近い作品だという。生前楽譜は出版されず長いこと埋もれていた曲なのだそうだ。初めて聴いてみると、美しい旋律が続き、素直にその中に浸れる名曲だと思った。若い演奏者たちの瑞々しい感性が見事に発揮されていてとてもよかった。ただ、地方での演奏会であるから、楽章が終わるごとに拍手が鳴り響き、静かな楽章の場合、余韻が拍手でリセットされてしまい、次の楽章とのつながりが切れてしまったのは残念である。演奏者もやりにくかっただろう。クラシックには馴染みがないけれども、たまたまおつきあいで来ている人も少なくないはずである。知らずに拍手してしまうのは仕方がない。特に少人数の室内楽では、指揮者がいる管弦楽曲と違い、楽章の間なのか曲が終わったのか判断しにくいだろう。かく言う私も、第3楽章が終わったところではまだ続きそうな感じがしたから拍手しなかったけれども、曲想によってはつられて拍手する恐れがあった。第5楽章まである曲は少ないし、第4楽章の最後はいかにも曲全体の〆という感じがしたし、(神経質らしく)チェリストが楽譜の最後のページを開いていたのを見て、安心して拍手することができた。プログラムの解説の中に「4つの楽章から成る」と一言書いておくか、アナウンスでその旨解説をしておくというような神経質があれば、楽章間の拍手は減らせたかもしれない。

« 神経質礼賛 954.秋刀魚(さんま)の塩焼き | トップページ | 神経質礼賛 956.土佐人気質 »

コメント

今回のテーマは怒りを共有できたような・・・happy01

コンサートに限らず観劇(を含む公共の場所)でも
客のマナーは難しいです。

「馬鹿な人間は」と書くと問題ですが、自分の立てる音に
無関心な人間は困りもんです。

願わくは主催者が前もって、マナーを明示するべきです。

映画館などでは菓子類も売っています。
飲み食いしつつ芝居見物の「幕の内弁当文化」ですから、
育ってきた環境で許容範囲が人それぞれなんですねshock ← いつもこの顔

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 クラシックのコンサート会場や映画館で、静かな場面での菓子ポリポリ、荷物ゴソゴソ、携帯電話から発せられる音、まさに内心、怒!怒!怒!であります。神経質が足りないのは困ったものです。神経質人間はその点人畜無害であります(笑)。咳のような生理現象はやむを得ないですが、ちょっと気配りすれば防げる騒音には全く腹が立ちます。
 相撲見物で幕の内弁当パクパクは迷惑ではないでしょうけれど。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 954.秋刀魚(さんま)の塩焼き | トップページ | 神経質礼賛 956.土佐人気質 »

最近のトラックバック

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30