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2013年10月21日 (月)

神経質礼賛 957.カマキリ

 一昨日の土曜日は午前・午後とも外来担当だった。午前の診察が終わって待合室から外を眺める。数日前まで日中30℃あったのが、すっかり秋らしくなった。待合室の外の庭には枯葉が溜まっている。白砂風の庭なので、茶色い枯葉は目立ってしまう。昼食を食べてから、午後の外来が始まる前に枯葉を取り除く。ポツポツ雨が降り始めてきた。庭から建物のガラスを見ると緑色の虫がへばりついている。よく見るとカマキリだ。体長は6cm位である。今度は待合室側からガラス越しに見てみる。時々顔は動かしているが手足は動かさずじっとしている。裏側からカマキリを見るのは変な感じだ。斧を構えている精悍なカマキリもちょっと間抜けに見える。この場所は雨にぬれない所であり、小さな虫がよく飛んでくるのでそれを狙っているのだろうか。


 
 カマキリは肉食であり、時には自分よりも大きなハチやクモも食べてしまう。カエルやトカゲでさえ襲うことがあるという。交尾後に雌が雄を食べてしまう話はよく知られている。羽を大きく広げて威嚇することもある。自分よりも強大なものに向かっていくところから、「蟷螂(とうろう)の斧」というような言葉ができた。トンボ、マムシ、クワガタなどとともに縁起を担ぐ戦国武将たちに好まれて兜の飾りに用いられた虫の一つである。


 
 人間にもカマキリのように好戦的でハッタリの強い人がいる。負けず嫌いのくせにハラハラ・ビクビク・オドオドの神経質人間とは大きな違いである。私は若い頃、自分は気が弱くて情けない、肝の据わった何事にも動じない人間になりたいと思っていた。しかし、そうありたいと思ってなれるものではない。「花は紅 柳は緑」(3話、949話)である。気が弱くて損をしたところもある反面、得をしたところもずいぶんある。本来はカマキリの勇猛果敢さを示す故事からの言葉「蟷螂の斧」も、昨今は無謀な戦いを仕掛けて大失敗することを揶揄する言葉として使われている。今、自分がこうして生きていられるのはハラハラ・ビクビク・オドオドのおかげなのかもしれない。弱いまま、そのままで精一杯生きて行けばそれでいいのだ、と改めて思う。

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コメント

 先生、こんばんは。現在のカマキリの写真、なんとも言えないおかしみがありクスッとしてしまいます。私は、この秋カマキリの句を詠み句会にも出しましたが、箸にも棒にもかからない安易なもので、反省しているところでした。そんなときにこのお話を読ませて頂いた訳ですが、やはりカマキリはおもしろいと感じます。また、歳時記にあたってみると、先達はカマキリの姿を彷彿とさせる実に味わい深い句を詠んでいます。私にとって、「蟷螂」はすごく難しいけどそそられる季語となりました。
 
 先生は、「こうして生きていられるのは」とおっしゃいます。「大型台風」のお話でもそのようにお書きになられていて、それがとても印象的でした。私のある旧い友人は、「生きていければいい」と明るく言うのです。友人と私は境遇は違うけれど、その人も身体面・生活面において決して小さくない不安を抱えている筈なのです。昔から賢い人ではありました。一方の私は、症状や実生活上のつまずきが起こると、落ち込みおびえるか、あるいはせいぜいあるがままに頑張って乗り越えていかなきゃ、と理性で支えるかです。先生や友人のように、困難はあっても生きていることに感謝と素直な喜びを持っている人を私は心底まぶしく感じます。

anxiety様

 コメントいただきありがとうございます。

 必殺ハンターのカマキリさんも裏側から見ると迫力がないものだなあと思って、慌ててカメラを取ってきて写したのですが、そういう人間の方が可笑しいかもしれません。カマキリはこの時期の俳句にはうってつけの材料なのですね。

 つい、生きていられてありがたい、というような言葉が口癖のように出てしまうのは、いよいよポンコツになってきた証拠なのでしょうが、相変わらず神経質らしくオドオド生きています(笑)。

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