神経質礼賛 970.あやかる
入院の森田療法では、他の患者さんの影響で良くなる、ということがある。あんな風になりたいなあ、というようにキビキビと行動し、神経質を生かして活躍している人を身近なところで見る。しかし、その人も自分と同じような症状で悩んでいたことを知ると、じゃあ、自分も頑張ればああなれるかな、とますます治療意欲が湧いてくるのである。入院しているメンバーの質が高い時には新たに入院してきた人もそれにつられて、仮にあまり森田療法に適さない人であっても良くなることがある。逆に症状を理由にして作業をサボって寝ている人だとか、頻繁に遊び目的の外泊をしているような人が多い時には、せっかく森田療法が適している人が入院してもヤル気をなくして治療効果が上がりにくいこともある。
外来で一対一の面接だけでは他の患者さんからよい影響を受ける機会がない。森田正馬先生や鈴木知準先生のように治療者が優れた神経質者であれば、薫陶を受ける効果はあるだろうけれども。以前、外来集団療法をやっていたことがあった。やはり、一見何でもないように見える人が神経症の悩みを抱えながら頑張っている姿を見て、自分も頑張ろうという意欲がわく効果は大きい。自然に、顔なじみになったメンバーが外来待合室でお互いに話をし合って励まし合うような場面も生まれた。しかしながら、平日の日中に集まれるのは学生さんや主婦や自営業の人であり、サラリーマンは参加しにくく、メンバーが揃いにくいという問題があった。
その点、森田療法の自助グループ「生活の発見会」ならば、全国各地で月1回の「集談会」が行われていて、症状を克服して充実した生活を送っている方々に接してアドバイスしてもらうことで、森田の効果を高めていくことができるのでお勧めである。
森田正馬先生のところでは、先生は大学の講義や他の病院の仕事などで忙しく、時には講演旅行のために2週間とか3週間とか不在の時もあったけれども、そんな時でもきっちり治療は進行していた。それは、奥さんの久亥さんや助手の先生たちの指導力が大きかったけれども、先輩患者さんの影響、そして月1回の形外会に参加する社会で大活躍している元患者さんの存在も大きかったと思う。
患者さんたちの憧れの的は黒川大尉という軍人さんだった。強迫観念のため集中困難となり、森田先生の治療を受けた後はすばらしく勉強や仕事がはかどるようになり、陸軍の軍人として出世していく。この人のことは症例として森田先生が発表しているし、雑誌「神経質」にも掲載されていたから、ああなりたいものだ、と多くの患者さんたちが思っていた。他にも鈴木知準先生(372話参照)や形外会の幹事を務めた山野井房一郎さん(660・661・662話参照)・水谷啓二さん(生活の発見会創始者)・行方孝吉さん(朝日生命社長、戦後の新生形外会会長)など神経質を生かして活躍している人たちに間近に接して受けた影響は大きいだろう。森田先生は次のように言っておられる。
まだよくならない人は、みな山野井君のような治った人にあやかればよい。あやかるとは、うらやましくて、その人のようになりたいと思い、その人の声咳にでも接する事である。このあやかるの反対は、寄せつけないで、排斥する事である。あの人は頭が良いから治った。自分は悪いから治らない。あの人は治るべきはずであるから、自分は意志薄弱であるから、とかいろいろのヒネクレをこねて、白眼をもって嫉視するような事である。こんな人は縁なき衆生といってなかなか治りにくい人である。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.209)
入院の人がよくなった。自分もあんなようになりたい。人が歌をよむ、自分も一つやってみたい。そんな心持を「うらやむ」といいます。自分もそんな風になりたい・少なくともその人の声咳にでも接していたいという事になる。それによって、自然にその人の感化を受けるようになる。何かの因縁をつけて、その幸福感のお裾分けを受けたいと思うのを「あやかる」とかいいます。それは誠に自然の人情であって、純なる心である。この心になると、神経質もズンズンよくなります。(白揚社:森田正武全集第5巻 p.618)
神経質を生かしている人にあやかればよくなること請け合いである。
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