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2013年11月15日 (金)

神経質礼賛 965.鬼手仏心

 医学生時代、大学の臨床講義室に「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」という書が飾ってあったと記憶している。これは外科医の心構えである。一見、残酷なほど大胆にメスをふるうが、一生懸命に患者さんを助けたいという暖かい仏心からくるものだ、という意味である。


 
 これは森田療法にもあてはまることだと思う。家庭的な治療が行われていた森田正馬先生の所では、先生が父親、奥さんの久亥さんが母親の役割だったとよく言われる。久亥さんはできの悪い患者さんあるいは先生から疎んぜられている劣等生タイプのお弟子さんにとっては救い主であった。こっそり羊羹と番茶をふるまって励ましてもらったという患者さんの話もある。旧制中学の時に激しい症状に苦しんで森田先生のもとに入院を希望してきた鈴木知準先生は当初入院を断られ、久亥さんの「若いから何とかなるかもしれない」という救いの一言で入院を認められている。そして見違えるように回復し、やがて旧制浦和高校から東京大学医学部へと進学して精神科医・森田療法家となっていった。しかし、仏の久亥さんも、患者さんのためには鬼になる時があった。薬物療法が行われている現在でも強迫行為を伴う強迫神経症(強迫性障害)は難治であり、森田先生も強迫行為を伴う場合は「意志薄弱者」として治療対象外だった。とはいえ、強く頼まれてあるいはいきがかり上やむなく入院させるケースもあって、そうした患者さんを日常生活の中で厳しく指導していたのが久亥さんだった。


 
 五十七歳の不潔恐怖の婦人は、発病来二十二年で、所々の精神病院にも入院して来たが、余の所へ入院中、手を洗ひふける時、妻に洗面器を取り上げられて、縁側をヂダンダふんで往復しながら、泣き叫ぶとかいふやうな事もあッた。

 又二十歳の不潔恐怖の学生は、之も同じく妻に叱られ、泣き出したが「余りいふ事をきかなければ退院させる」といはれ、それから発奮して、間もなく全治し、学校も優等で卒業し、今は良い地位の職について居る。

 (白揚社:森田正馬全集第7巻p.752、『久亥の思ひ出』復刻版 p.50


 
 前半の女性は『神経質及神経衰弱症の療法』に症例15および38として登場する矢田部夫人である。長年精神病院に入院していたが、森田先生夫妻の厳しくも暖かい指導により症状がよくなったばかりでなく家事ができるようになって退院することができた。


 
 後半の学生さんは日記に次のように記載している。

 これまで、御命令に反して、前の家の水道で手を洗ツて居た事を、奥様に見付けられ非常なお叱りを受けた。退院させるといはれたけれども、今後は決して御命令にそむかない事をお誓ひして、漸くお許しを受けた。今日は僅に、飯を炊く前に洗ツた位で、苦もなく、それで済んだが、これ迄は実に、毎日二十回余も洗ツて居たのである。この様に手を洗はずに、楽に済んだのは、皆奥様のお蔭であツて、深く感謝する次第である。  第4巻 p.377


 現代の大学病院で行われている森田療法だと、まず本人の辛さを傾聴しそれに共感を示すというような対応をするのだろうが、それでこうした人たちが治るのだろうか。一見優しいようでも、本人のためにはならない。怖くてプールに飛び込めない生徒の話を聞いてあげて「怖いよね」と共感したところで、飛び込めるようになるだろうか。理屈抜きで飛び込ませて、実はやればできるのだ、という体験をさせるのが本人のためではないだろうか。鬼手仏心の精神や治療者の気迫といったものは、マニュアル化された現代の医療では一笑に付されるだけだろうが、神経症の治療には本当は大切なのではないかと思う。

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コメント

森田先生は『久亥の思ひ出』を書きながら涙流されたでしょうねweep
儲かる職業だから医師を選んだというような人たちには「気合」は面倒くさいし、そもそも意味が理解できないでしょうねshock

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 森田先生は一人息子の正一郎さんを亡くされた時には「思ひ出」を泣いては書き泣いては書きされたそうですが、奥さんの久亥さんに先立たれた時も同様だったようです。
 機械的に治療を行うのには「気合」は不要です。そのうち認知行動療法を行うロボットができるかもしれませんね。しかし、血の通った森田療法には気合いも心意気も必要ではないでしょうか。森田療法家に必要な資質は優れた教育者と同じだと思います。
 

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