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2014年2月28日 (金)

神経質礼賛 1000.この命

 三島森田病院には次のような森田先生の色紙が保存されている。


 
この命 など姑息にて 安んぜん

唯この命 眞劔にして


 
       昭和二年八月 森田形外


 
 昭和2年、森田先生は52歳。この年の1月から劇作家・倉田百三が外来患者として毎週日曜日に受診するようになる。4月には京都の神経学会で精神分析の丸井博士と激しくやりあっている。7月には浅草松竹座に招待されて倉田氏脚本の俊寛の芝居を見ている。そして、この色紙が書かれた8月には家族ら7人で富士登山にチャレンジされている。結果的には5合目の宿で下痢になり、6合目付近でさらに体調が悪くなり、家族と分かれて強力一人が付き添って5合目に降りている。酒を飲もうとしたが、2,3杯しか飲めなかったと記している。8月を振り返って「晩酌スルコト多く、今月ハ 二十六回ニ及ブ」とある。年末には御家族とともに寝台車で大阪に向かいそこからは船で土佐に帰られている。喘息症状や腰痛に悩まされた時もあったようだが体調はまずまずであり、奥さんも息子さんもお元気であり、標題の歌を詠む状況とは考えにくい。

 昭和4年あたりから重症の肺炎にかかったり、喘息症状が重症となったり、喀血したりすることが出始める。昭和5年には一人息子の正一郎を亡くし、さらに昭和10年に奥さんに先立たれてからは体調が思わしくなかったが、それでも患者の治療と弟子の指導や執筆活動は続けていた。普段から「如何に生に執着して踠(もが)くか、僕の臨終を見て貰ひたい」と弟子に話していて、その通りの生き様・死に様を示されたのである。


 
 人間はいつかは死ぬ運命であるから、死の恐怖は誰にでもある。現世の栄華を極め、「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ藤原道長でさえ、晩年には死の恐怖に怯え、不安神経症(パニック障害)に悩まされた(413)。そして不安は決してなくならいものである。不安をなくそうと姑息な「はからいごと」をしたところで不安はなくならないばかりかさらに不安は強くなる。死を恐れながら、不安を抱えながら、今という時をものそのものになりきって真剣に生きて、生き尽していこう、この命を燃焼し尽そう、という姿勢が森田先生の色紙の歌には示されている。これは神経質だけでなく誰にとっても生きていく指針になるものだと思う。

 

 毎月10話ずつ書き続けてきた当ブログもついに通算1000話となりました。御覧いただきありがとうございます。皆様からいただくコメントは私自身とても勉強になりますし、新しい話題の発見にもなります。マンネリのきらいはありますけれど、神経症治療の主戦場・神経質を生かす場は何気ない日常生活の中にあることを御理解していただけるような話を書いていきたいと思っています。(四分休符)

2014年2月26日 (水)

神経質礼賛 999.森田正馬先生の性格

 こんな題名をつけると、「今更何だ。神経質に決まっているだろう」とお叱りを受けそうである。もちろん森田先生が神経質であったことは間違いないけれども、かなり大雑把で無頓着な面も持っていた。また、大変な負けず嫌いであり、粘着性があったということは、以前にも書いた通りである。大原健士郎先生は次のような点を指摘して、神経質ではなく循環気質や執着気質だった可能性も否定できないのではないかと疑問を投げかけておられる。

①本名は「まさたけ」なのだが、周囲の人々が言いやすい「しょうま」と呼ぶので自分でも「しょうま」になりきってしまい、ShMoritaとサインした点。

②著書で繰り返し発表した同一症例の年齢がまちまちである。

③しばしば胃腸を患い、「死」を予感し、恐怖におののきながら、回復すると養生はいい加減だった。好きなゆで卵は一度に10個食べ、カレーを2杯、3杯とお代わりし、妻が注意すると、勤務先の病院でゆで卵とカレーを食べていたという。晩年は3合の晩酌に制限されていたが、家族が酒を少なめに出さないよう、ガラス容器でチェックしていた。

④明らかに肺結核の症状がありながら、本人はそうは思っていなかったし、一人息子の正一郎が結核のために亡くなったのが自分の結核が感染したとは考えなかった。

 大原先生の疑問に対して、性格学の大家でもあった師の高良武久先生は「森田先生はクレッチマーの性格分類による分裂気質や循環気質などには当てはまらず、完成された神経質だったと考えるのが妥当である」と答えたという。大原先生は、森田先生の性格を両親の性格を受け継いだと理解された。厳格型の父親からは明晰な頭脳と創造性と洞察力を与えられ、溺愛型の母親からはユーモアと機転と人間愛を与えられた、ということである。


 
 神経質という性格も実は連続的なスペクトラムであって、神経質傾向が強い人から軽い人までいる。人は多かれ少なかれ神経質な面を持っていると言えるかもしれない。また、循環気質や執着気質あるいは粘着気質と混合している場合もあるだろう。だから、森田療法は森田神経質以外には全く使えない、というall or nothingではなく、神経質傾向が強い人にはピッタリ合うし神経質傾向が弱い人でも健康的な部分を伸ばしていくという考え方は役に立つ場合が少なくない。また、精神病であっても回復期のリハビリテーションには応用が可能である。最近の森田療法学会でも本来の森田神経質以外への応用に関する発表が多い。それはそれで大変喜ばしいことではあるけれども、理屈ではなく実際の行動に力点を置いた森田療法本来の特質が失われてしまうようでは困る。


 
 理屈でわかるよりも体験ができさえすれば治り、治りさえすれば、理論は容易にわかるようになるから、体験をさきにするほうが得策である。なお本人が神経質でない医者は、神経病の専門家でさえも、この心理がわからないから困る。(白揚社:森田正馬全集第5巻p.739


 
 完成された神経質の森田先生自身が患者さんたちの良い手本となって、再教育の効果を高め、治療効果を高めていたことは言うまでもない。

2014年2月24日 (月)

神経質礼賛 998.メールの引越

 昨年の10月に長いこと使っていたgooメールの事務局から平成26310日で無料メールを廃止するという通知が来た。プロバイダのメールと違って出先でも利用できる便利さからつい多用していた。有料メールに切り替えることは可能らしいが、支払方法がカードかNTTの電子マネーに限られているし、あっさり無料メール事業から撤退するくらいでは果たして有料サービスもいつまで続くか疑問なので、他の無料メールに変えることにした。仕事関係で使っている種々のサービスのメール連絡先は昨年中に切り替えた。さて、問題は受診箱・送信箱に入っているメールである。普段、Webメールが実際には自分のパソコン上ではなくサーバー上にあることを忘れがちである。500通ほどあって整理して保存するのは面倒そうである。ついつい先送りしているうちにもう2月も下旬になってしまった。神経質はこれではいけない。もっと早く手を付けなくては。やらなくてはならないことを先送りしてはますます嫌になってくる。半日がかりで受診箱・送信箱の保存メールを本文はテキスト形式のファイルで、添付の写真やPDFファイルは分けて整理保存した。最初は気が遠くなるような作業に思えたが、いざ手を付ければ、だんだん整理が進んでいく。残りが少なくなってくると元気が出てがんばりもきくものである。これでやれやれである。しかし、まだやることはある。よくメールのやりとりをしている人にはメールアドレス変更のお知らせをしてあるが、それほどやりとりがない人にはまだ連絡してない。順次これからやっていく必要がある。そして、メールの受信箱や送信箱に溜め込まないように神経質らしく普段から整理していかなくてはと思う。

2014年2月21日 (金)

神経質礼賛 997.幼弱性

 中年の女性が外来にやってきた。年齢不相応な衣装をまとっている。カルテを見ると、10年くらい前にも、他の先生が診ている。前回は不定愁訴のため内科や整形外科を受診したが何ともないと言われて受診したようである。今回は市販の鎮痛剤をたくさん飲んで内科にかかったが、幻覚があるようだから精神科に行くようにと言われて受診したとのことだ。もう幻覚はないと言い、子供っぽい話し方が目につく。念のため待合室にいた御主人を呼んで話を聞いてみると、やはり精神病ではなく、面白くないことがあるといろいろな「症状」を見せるヒステリーだと確信した。

 すでに長いこと当ブログを読んでおられる方あるいは拙著を御覧になった方は御存知だと思うが、ヒステリーについて再度書いておこう。森田正馬先生は、神経症を(森田)神経質とヒステリーに大別しており、ヒステリーは子供あるいは子供っぽい人格の人に起こるとしている。小さい子供は嫌なことがあると「頭が痛いよー」「おなかが痛いよー」と言って泣くことを考えるとわかりやすい。ヒステリーには失立、失声などの転換症状と、記憶喪失などの解離症状があるが、その心理機制として、「疾病利得」「疾病逃避」がある。つまり、病気だと、周囲が優しくいたわってくれるし、嫌なことをやらなくて済むのである。ちゃっかり生活保護を受けているヒステリーもいる。「症状」のために嫌なことがら逃れられるとなると、ますます治るはずがない。

 人格の未熟さと言う面では境界性(ボーダーライン)パーソナリティ障害はさらに重症である。知的には十分に大人であっても葛藤を処理する精神的能力は赤ちゃんレベルなのである。それに比べるとヒステリーは幼稚園から小学校低学年レベルと言えるだろう。

 もっとも、神経質も症状にとらわれているうちは大人の人格とは言いがたい。中学生・高校生レベルかもしれない。神経質にみられる未熟さ、つまり観念的・依存的・自己中心的なところを「幼弱性」と言うことがある。


 
森田先生は形外会の場で、親鸞や法然やキリストの法悦について述べた後に次のように言っておられる。

 ここで神経質の全快した諸君も、この法悦に似たものがある。心機一転により、たちまちにして全快する事が多い。自分が治るとともに、同病相憐むところの他の患者たちをも治したい心が当然起こるのである。もし単に自分が治ったというだけで、犠牲心が発動せず、自分の打明け話が恥ずかしいとか、人に知られては損害になるとかいう風では、まだその人は小我に偏執し、自己中心的であって、本当に神経質が全治しているのではない。本当の法悦の味を知らない人の事であります。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.47

 互いに他の人の苦痛に共鳴し同感する事が神経質の治る第一歩であるのであります。(同第5巻p.50


 
 人の役に立つ人間となるように行動していけば自然と幼弱性から脱却して立派な大人の人格になる。そして、神経症の症状も自然に消退しているのである。

2014年2月17日 (月)

神経質礼賛 996.雪の中の出勤

 一昨日の土曜日の朝、家を出る時は雨だった。首都圏の雪のため電車に遅れが出るとのことだったが、始発電車に乗っているので定刻通り三島駅に着いた。駅前に出てびっくり、雪が積もっているではないか。そしてみぞれ交じりの雨だ。普段は自家用車で通勤している人まで、雪が積もって車が家から出せなかったということで、病院行の送迎ワゴンに乗ろうと駅で待っていた。しかし、なかなか来ない。私は外来担当日なので遅刻するわけにはいかない。いつもは駅前に何台か止まっているタクシーは見当たらない。1時間に1本出ている路線バスがチェーンを装着してバス停に入ってきたのでそれに乗った。バスの運転手さんに状況を聞くと、「雪が積もっていて行けないので途中までですよ」と。それでも仕方ない。行けるところまで行ってもらい、バスを降りて歩く。歩道は水分を多く含んだ「かき氷」状であり、なかなか思うように進めない。人が通ってできた足跡の穴には水が溜まっている。転ばないように気をつけて歩き、山のふもとのスーパーまでたどり着く。普段ならここから病院まで歩いて登って行けば20分だけれど、今日は多分1時間はかかるだろうなあ、外来診療の開始時間スレスレかなあ、いや遅刻かなあ、と思っているところに運よく病院のワゴン車が降りてきた。おかげですぐに病院まで送ってもらうことができた。運転手さんの話だと、雪が積もっていて病院の敷地から道路に車を出せるまで雪かきに1時間以上かかったということだ。道路の片側には雪で動かなくなった車が累々と止まっていて、片側通行状態であり、非常に危険である。放置された車はすべて山の方向を向いている。病院よりもさらに山の上に行ったところにその名も見晴台という地名の住宅地があって、そこに住んでいる人たちが、昨夜の仕事帰りに坂を登りきれずに車を置いて歩いて帰ったのだろう。病院に着くと、もう患者さんが来ている。病院からずっと奥に行った雪が1m近く積もっている町から通院してきたという。頭が下がる。

病院のあたりで雪が積もるのは数年に1回。これまで車が動けないほど降ることはなかった。それが、今年はもう2回目である。私のように、普段雪に慣れていないと戸惑ってしまう。とにかく神経質に安全第一である。事故のないように気をつけたい。

2014年2月14日 (金)

神経質礼賛 995.タイツ

 また厳しい寒さが戻ってきた。先週の土曜日、首都圏は大雪のため交通マヒに陥った。私が住んでいる街では雪は降らなかったが、勤務先の病院は山の中腹にあるので、かなり雪が積もって、夕方にはチェーンを付けた自動車でも動かなくなり、職員の帰宅困難者が続出。やむなく院内に泊まった職員が10名ほどいたとのことである。

 寒さが残る今週の火曜日は親戚の葬儀に参列することになった。私は真冬でも「ももひき」を穿いたことがなかった。薄いトランクスの上にそのままズボンである。CM(♪アツギのタイツでスッタカタン、スッタカタン)でお馴染みの「アツギのタイツ」を幼稚園の時には男子も穿かされていて、どうも体にまとわりつく感じが嫌だった記憶があるためだろうか。しかし、妻から強く言われて息子が高校時代に使っていたものを借りて穿くことになった。ももひきとは言ってもユニクロで販売されているヒートテックタイツと称するものでミリタリー調の模様であり、洒落ている。穿いてみると・・・確かに寒さを凌ぐ効果は抜群である。暖かい、と言うよりは寒さが気にならない、という感覚である。それに加えて礼服の両ポケットには普段使わない使い捨てカイロを入れたから、寒さ対策は完璧であり、長時間の葬儀に対応することができた。頭寒足熱。下半身の保温を図るのが効率的である。「夏は暑く・冬は寒い、花は紅・柳は緑(あるがまま)である」(白揚社:森田正馬全集第5p.643)とはいうものの体調管理上、寒さ対策も必要である。

 さて、問題はこれからどうするかだ。寒さが凌げるのは良いけれど、まとわりつき感はやはり気になる。「もう若くないんだから冬は毎日穿いたら」と妻はたたみかける。そして、昨日、「はい、1日早いバレンタインのプレゼント」と渡されたのがユニクロのヒートテックタイツだった。1290円が990円になっていたそうだ。防寒だけでなく静電気防止効果も謳っている。真冬の寒さが厳しい時限定で穿くことにしようか、と思っている。

2014年2月10日 (月)

神経質礼賛 994.破邪顕正

 「現代のベートーヴェン」と言われた全聾の日本人作曲家の作品が実は他人の作であり、しかも全聾というのは嘘らしい、という話が新聞報道されている。実際に作曲をしてきた音大非常勤講師が自白して明るみに出た。すでに作品はコンサートで演奏されCD化されて販売され、その作品をソチオリンピックでフィギュアスケートのBGMに決めて練習してきた選手もいる。影響はいろいろな方面に波及している。

 音楽の偽作については「カッチーニのアヴェマリア」(351話)に書いた通り、名のある歴史上の作曲家名をつけてのちの作曲家が発表したものがよく問題になる。かつては音楽愛好家の王侯貴族が作曲家にお金を払って作曲させて自作として発表することもあった。そうした作品であっても、良いものであれば、真の作曲者名で「○○の様式による」とか「○○風の」というような表現にして、演奏され愛され続けていく。しかし、今回の件のように、全聾の障害を乗り越えて作曲しているという架空の美談に乗っかって演奏されCDが販売されていたとなると、いくら良い曲であっても悪質度が高い詐欺に等しく価値を大きく損ねてしまう。

 書籍の世界でもゴーストライターが存在する。芸能人や政治家や新興宗教関係者が出す本はゴーストライターが書いていることが多いのではなかろうか。ありがたがって読むことはない。

 いずれにせよ、長い時間が偽物を消し去って本物を選んでくれることだろう。


 森田正馬先生の色紙に「破邪顕正」(仏教の言葉で、誤った見解を打ち破り、正しい見解を打ち出すこと)と書かれたものがある。明治大正時代には神経症は神経衰弱と呼ばれ、不治の病と恐れられていた。そして高額な料金のかかる種々のインチキ療法が行われていた。森田先生は当時有効だと考えられていた治療法をすべてやり尽くした上で、使えないものは捨て、使える部分は生かし、独自の工夫を行って「余の療法」すなわち森田療法を編み出したのである。破邪顕正はまさに森田先生の姿勢そのものだったように思う。

2014年2月 7日 (金)

神経質礼賛 993.注文の多い料理店

 宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』の結末はどうだったかなあ、と気になる。山猫の化物に食べられてしまったのか、それとも助かったのだったかな。あるいは結末は書いてなくて読者の想像に任せる形だったか。ずいぶん昔読んだ本なので思い出せない。図書館へ行ったら確認してみようと思いつつ、このところ行く機会がなくて、そのままだった。ネット上の「青空文庫」に入っているのを見つけて読んでみる。

 京都森田療法研究所の岡本重慶先生は長年三聖病院で森田療法を行いながら大学教授として教鞭を取ってこられ精神分析にも精通された方である。そして同研究所のホームページ上に先生のオリジナルな研究成果を公表しておいでである。森田療法と仏教や禅との関係、森田先生とかかわりがあった人物に関する研究が中心となっている。通常の森田本にはあきたらない方々にはぜひ一読をお勧めしたい。2013.9.9付の研究ノート「森田療法と移行対象」という興味深い御発表の中に「5.注文の多い料理店(宮沢賢治)と森田療法」とあり、その中で、森田療法の患者を二人の若者に、森田療法の治療者を案内人の猟師に、病院を「注文の多い料理店」に譬えていてとても興味深かった。我執の夢を見ている神経症患者たちは自分たちの欲をかなえてくれそうな治療者(猟師)に依存するが、治療者は途中で姿を消してしまい、不快な症状をなくして快を求めようとしていた患者たちは療法を通じて現実へと向きを変えられてしまう。治療者も病院も移行対象というわけである。そしてこの本が出版された大正13年という時代について言及されている。宮沢賢治は「都会文明と放恣な階級に対するやむにやまれぬ反感」からこの作品を書いており、森田正馬は大正時代の都会文明の中に現われた神経質に注目して森田療法を創始した、と述べておられる。

 童話には必ず子供たちに伝えたいテーマが隠されている。ピカピカの鉄砲を担いでやってきたイギリスかぶれの都会の若者たちは、案内人の猟師をたのんで山奥深くに入るが獲物は得られず、猟師とはぐれ猟犬たちが死んでしまってもいくら損したという金銭勘定しかしない。自然の恐ろしさを忘れて気楽に軽装備で登山して遭難する現代人にも通じるところがありそうだ。化物の料理にされる寸前だった若者たちを助けてくれたのは死んだと思っていた猟犬たちだった。そして猟師が与えた団子で空腹を満たして、宿に戻り都会に帰っていく。自然の豊かさと恐ろしさ、金の力で何でもできるという万能感を持つことの愚かしさが賢治の伝えたかったことではないだろうか。

 賢治自身のように「ほんとうのみんなの幸」(『銀河鉄道の夜』に出てくるジョバンニの言葉)を探求して生きていくことは常人には難しい。しかし、森田先生の言われた「己の性(しょう)を尽くす」「物の性を尽くす」から始まって「人の性を尽くす」となってくれば、我執の夢から覚めているのである。


 
移行対象:精神分析家ウィニコットが提唱した概念で、赤ん坊の最初の「自分でない」所有物で内的体験と外的世界との間を「橋渡し」する対象(北山修)。赤ちゃんや幼児が大事に握りしめているタオルや人形などがこれにあたると考えられる。

2014年2月 3日 (月)

神経質礼賛 992.鬼は内

 今日は節分。大きな神社では豆まきが行われ、どこの幼稚園・保育園でも大人が鬼に扮して子供たちが豆を投げつける行事が行われる。我が家でも妻は毎年節分の豆を買ってくるが、歳の数だけ豆を食べる、というのは大変なので私はパスである。固い豆で歯が欠けたり詰め物が取れたりする心配の年頃である。

 邪気を払うため「鬼は外 福は内」と叫んで豆をまく。当たり前のように思うけれども、「鬼」にちなんだ地名や苗字の家庭では「鬼は内 福は内」なのだそうである。もっとも、考えてみれば「鬼」にちなんだ地名や苗字でなくても、「鬼」も「福」も自分自身であって、表裏一体のものなのではないだろうか。

 森田療法では「死の恐怖」は「生の欲望」と表裏一体であると考える。そして神経質者は人一倍生の欲望が強いために死の恐怖も強くなりやすい。誰もがいつかは死ななくてはならないのだから、死の恐怖をなくそうと思ってもなくなることはない。だから森田療法では死を恐れながらも生の欲望に沿って建設的な行動をしていくように指導していくのである。

 神経症は現代の精神疾患の分類では不安障害の範疇に入る。いろいろな症状の神経症があるけれども、すべて「不安」が根底にある。豆をまきながら「不安は外 安心は内」と叫びたい方もおられるかもしれないが、不安は決してなくなるものではないし、不安をなくそうなくそうと無駄な努力をすればますます「とらわれ」の悪循環にはまって「不安は逃げれば逃げるほど追いかけてくる」になってしまうのである。不安はあっても仕事をみつけて行動していれば、不安はいつのまにか気にならない存在となっている。そして症状も忘れてしまうのである。

2014年2月 2日 (日)

神経質礼賛 991.迷惑メールの判断基準は?

 私が以前使っていたノートパソコンで今は子供が使っているものが、先々週の日曜日の朝、画面のバックライトが点灯しなくなった。画面の角度を変えると点いたり消えたりしていて、そのうち全く点かなくなったので、内部のケーブル断線が考えられた。購入後4年弱である。別料金を払って5年保証に加入していたので、保証書を引っ張り出した。連絡先の電話は平日のみと書かれていたため、とりあえずメールを送ったが、その保証を担当している会社のホームページを見てみたら現在は365日24時間対応とのことだったので電話してみた。サービスセンターへの電話は大抵つながらないものと諦めていたが、運よくすぐ繋がり対応も良かったので安心した。連絡票をメールで送るのでそれに記入して宅配便の着払いでパソコンを送って下さいということだった。ところが、なかなかメールが来ない。その日の夜遅くになってたまたま迷惑メールのフォルダを見たら、そこに入っていたのである。

 たまに必要なメールが迷惑メールに入れられていることがある。内容的には全く普通のビジネス文書で特にいかがわしい内容でなくても、である。その割には題名からして明らかにいかがわしい内容の迷惑メールがフィルタにかからず平気で普通の受診メールに入ってくる。いったい、どういう基準で振り分けているのだろうか?ハッキリした基準は明示されていない。一説によると、メールサーバーがブラックリストに入っている場合とか文面を迷惑メール判断スコアで点数化して一定以上の場合というが、本当のところはわからない。フリーメールでなくプロバイダのメールを使えばよい、という説もあるけれども、私の場合はプロバイダのメールでもやはりビジネス文書がスパムメール扱いされて発見が遅れたり、明らかな迷惑メールが受信ファイルに入ったりしているので同じである。うっかり重要なメールを見落としたり捨ててしまったりすることがないように迷惑フォルダの内容も神経質にチェックしてみる必要がありそうである。

 パソコンの方はこちらから発送して8日後に修理済みで戻ってきた。液晶パネルを交換したとのことで、修理代約7万円は保証適用のため無料だった。ほっとする。

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