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2014年2月 3日 (月)

神経質礼賛 992.鬼は内

 今日は節分。大きな神社では豆まきが行われ、どこの幼稚園・保育園でも大人が鬼に扮して子供たちが豆を投げつける行事が行われる。我が家でも妻は毎年節分の豆を買ってくるが、歳の数だけ豆を食べる、というのは大変なので私はパスである。固い豆で歯が欠けたり詰め物が取れたりする心配の年頃である。

 邪気を払うため「鬼は外 福は内」と叫んで豆をまく。当たり前のように思うけれども、「鬼」にちなんだ地名や苗字の家庭では「鬼は内 福は内」なのだそうである。もっとも、考えてみれば「鬼」にちなんだ地名や苗字でなくても、「鬼」も「福」も自分自身であって、表裏一体のものなのではないだろうか。

 森田療法では「死の恐怖」は「生の欲望」と表裏一体であると考える。そして神経質者は人一倍生の欲望が強いために死の恐怖も強くなりやすい。誰もがいつかは死ななくてはならないのだから、死の恐怖をなくそうと思ってもなくなることはない。だから森田療法では死を恐れながらも生の欲望に沿って建設的な行動をしていくように指導していくのである。

 神経症は現代の精神疾患の分類では不安障害の範疇に入る。いろいろな症状の神経症があるけれども、すべて「不安」が根底にある。豆をまきながら「不安は外 安心は内」と叫びたい方もおられるかもしれないが、不安は決してなくなるものではないし、不安をなくそうなくそうと無駄な努力をすればますます「とらわれ」の悪循環にはまって「不安は逃げれば逃げるほど追いかけてくる」になってしまうのである。不安はあっても仕事をみつけて行動していれば、不安はいつのまにか気にならない存在となっている。そして症状も忘れてしまうのである。

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コメント

四分休符先生


お久しぶりです。
ご多忙の中、コメント申し訳ありません。

試験につきまして、合格する可能性は模試等から低いと言わざるを得ません。
直前まで学習をするつもりですが、客観的に厳しいという事実は変わらず、体が思うように動かず、情けない限りであります。

先生の神経質を生かされた生活態度から大変多くの事を学ばせていただきました。記事1000回達成とても楽しみにしております。

お忙しい中申し訳ありませんでした。
いつか先生に良いご報告が出来るよう努力したいと考えております。

神経質なmedical student 様

 いよいよ本番が近くなってきましたね。
 模試でいくら良い成績を上げても本番がダメなら意味がありませんし、模試がいくらダメでも本番で結果を出せば良いのです。
 もう、後ろは振り返らず、厳しくても何でも前進あるのみです。頭に入らないように感じても体が動かなくても、やれるだけやるしかありません。
 体調管理に気をつけて本番に臨んで下さい。

 節分、そして昨日は立春。今日、こちらは雪が降っていますが、もう春なのですね。「山頭火」のお話で出てきた「この道しかない春の雪ふる」を改めて味わっております。

 私も、いまの職業に就くために国家試験を経ました。やはり緊張が強く、試験当日のどうにもならない緊張に備えて、薬を起床時、試験開始1時間前、~、と段階的に処方されてしまいましたが(使わずに済みました)、超直前期の勉強は、とにかくこの一問、次の一問、次の三問、という気持ちでした。試験を受けて、一瞬心臓に石でもぶつけられたようなショックを覚える難問もありましたが、「終了」と言われるまで、試験問題にしがみついていました。全国の神経質受験生の健闘を祈らずにはおられません。

anxiety 様

 コメントいただきありがとうございます。

 ここ3日ほど厳しい寒さが続いています。勤務先の病院がある三島では雪は降りませんでしたが、箱根の山々は雪が積もって白く見え、御殿場や伊豆方面から来た車の屋根は雪をかぶっていました。
 立春と同時に入学試験シーズンですね。anxiety様と同様、私にも試験の思い出はいろいろあります。大学入試は第一志望校に振られっぱなしでした。まさに負けっぱなしの青春です。最初の大学卒業後4年間の会社員生活の末に受け直した医大の入試では緊張しながらも不思議と澄み切った気持ちでした。白装束で切腹の刻を待つサムライにも似ていました。まさに一問一問とにかくやるだけ、という心境で、それが実力以上のものを引き出してくれたのかもしれません。自分はダメなのではないかと心配している受験生の皆さんには開き直ってぜひ力を出し切っていただきたいものです。

四分休符先生 立春を迎えても各地の大雪のニュースを見ていると、春よ早く来いと願いたくなるこの頃です。

 私も節分の豆まき(我が家では毎年やっています)の時、「不安は外」「安心は内」と声を大に言いたい気持ちでした。心に不安な事、心配事があるとそれだけに神経がいってしまいまさにとらわれの悪循環になってしまいます。
 「不安は逃げれば逃げるほど追いかけてくる」本当にそれは実感できます。
 心を強く持つという事は難しい事なのでしょうか。あるがままにはなかなか実行できません。
 
 不安というものは、人生の中では誰もが持ち続けるものだと思います。
 

 不安をいだきながら緊張の中で試験を受けている受験生の健闘を祈らずにいられません。

洋子 様

 コメントいただきありがとうございます。

 また厳しい寒さが戻り、首都圏も雪による交通マヒで大変です。(スギ花粉と黄砂は困るけれども)早く春が来てほしいですね。

 不安常住。不安は何ともなりません。今、ソチ・オリンピックに出場している選手たちも「楽しんできます」と口では言っても、本当は不安と緊張を抱えながら競技に臨んでいるのです。ただ、ひとたび競技が始まれば競技に「なりきる」ことができるのです。
 受験生の皆さんも選手たちにあやかって、不安や緊張があっても「なりきって」力を発揮していただきたいものです。

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